三章1 聖魔反転
「俺は、魔王を倒す」
カイルとの間に静寂が漂う
周囲から聞こえる町の喧騒が、やけに遠く聞こえた
「何でお前、そこまでして――いや、そもそもどうやって魔王を倒すつもり…」
「理由なんてどうだっていいだろ、それより、早く魔王の居場所を教えてくれ、それとも、魔王は何処にいるのか分かっていないのか?恐らく、あまり時間が無い、なるべく早く行動しないと」
俺は未だ戸惑うカイルの返答を促す
「いや、魔王の居場所って…この町からでも見えるだろうが、何言ってんだ」
え?なんだって?
なにやら耳を疑う発言が飛び出た
「…え?なに、この町からでも見えるって…どこよ?」
「お前、やっぱり寝ぼけてるだろ、ここからでも見えるだろほら。というかこの町に馬車で来たときにも一回見てるじゃないか」
そう言ってカイルが指差した方向を見ると、でっかいパルテノン神殿的な神々しい建物があった
町に入るときに見えた例の神殿である…え?あれがそうなの?
どう見ても魔王なんて物騒な奴の住処には見えない、むしろ天使とか神とかがすげー住んでそうな感じだ
何この世界、魔王はあんな綺麗な神殿に住んでるものなの?いや、魔王はおどろおどろしい城に住んでるだろってのはただの固定概念か、思い込みは良くないもんな
「はー…なんかよく分かんねーけど、とにかくあれが魔王城なんだな。なぁ、魔王ってどんな奴なのか見たことあるか?やっぱ強ぇのか?」
「俺も見たことはないんだが、すげー強いらしい。大昔に一度あったらしい、魔王が攻めて来たことがな。そして人間を大規模な洗脳にかけようとしたんだそうだ」
「洗脳、か……魔王っぽいな、それで、その後はどうなったんだ?」
「結局洗脳は出来ずに終わったそうなんだが、それに怒った魔王が癇癪を起して暴れたんだそうだ、暴れた魔王を誰も止めることが出来ず、周囲に甚大な被害を残したらしい。それ以来、魔王は城から出てこず、モンスターを使って俺たち人間を襲わせるようになったんだそうだ」
…何て奴だ、傍若無人とはこいつのためにあるような言葉だろう
勝手に人類を洗脳しようとして、それが上手くいかなかったからといって今度はモンスターを使い人類を襲うだなんて
だが、何故今まで魔王は直接攻めてこなかったのに、今になって攻めてくるようになったのだろう
今回目の前の浮かんだ文字はこれだ
《魔王に襲われる世界を救え》
各地の人間の生還 +
魔王の撲滅 +
侵攻の阻止 +
敵前逃亡 -
この世界そのものが魔王の毒牙にかかろうとしています
助かった人間の数に応じて点数が加算されます
敵前逃亡し世界が魔王色に染まると、大量のマイナス点が加算されます
魔王に襲われる世界を救え
侵攻の阻止
世界そのものが魔王の毒牙にかかろうとしています
この三つから、やはり魔王が直接的に手を下してくるのではないかと推測できる
丁度おあつらえ向きに魔王城なんてものがここからでも見える位置にあるのだ、やっぱりここは、魔王城に赴き、魔王と戦うべきだろう。あちらに攻め込まれて後手に回るよりは、先にこっちから攻め込んだ方が良いだろう
大丈夫だ、俺ならやれる、ドラゴンを倒した時に使ったあの力…あれを使えば、魔王だって倒せるはずだ
「…なるほど、そんなおっかない奴なら尚更倒さなくちゃな」
「ミナマエ、お前本気なのか…?本気で魔王を倒すつもりなのか?」
「あぁ、最初に言っただろ?俺は魔王を倒すってな」
「そうか…本気なんだな…ならもう、俺から言うことは何もない。どうせ止めても行くんだろうからな」
「っは…分かってるじゃないか、じゃ、時間もないしな、俺はもう行くぜ」
「…そうか…なぁ、また、戻ってこいよ?お前との言い争いっていうか、その、何だ…上手く言えねぇけど、お前と一緒にふざけ合うの、割と楽しかったぜ」
カイルがそっぽを向いて若干顔を赤くさせながら、そんなことを言ってくる
「いやお前何てこと行ってくれてんの?それ明らかに死亡フラグだろうがよ、俺の。何なの、密かに俺を殺したいのお前?」
「は?何だよそのフラグって」
「おい何すっとぼけてんだよ、今時フラグを知らないフリとか流行んねーから。つーか今はこんな話して時間を無駄にしている暇はないんだよ、俺はさっさと魔王城に行かねーと」
俺はそう言ってカイルに背を向け、一人魔王城に向かって歩いていく
町の中は、未だ町人たちの楽しそうな喧騒が鳴り響いている
俺も一緒にこのお祭り騒ぎを楽しみたかったが、そういうわけにもいかない、点数のためにも、この世界の為にも、俺は魔王を倒し侵攻を阻止しなくてはならない
後ろ髪を引かれる思いで町を後にする
俺は後ろを振り返らない
振り返ってしまったら、この決意が鈍ってしまう気がしたからだ、だから、後ろで俺の名を呼ぶカイルの声にも、ただ手を上げてひらひらと振るだけに留めた
「ここが、魔王城か…」
町の中からも見える位置にある位なので、魔王城までは直ぐに着くことが出来た
町と魔王城がこんなに近い場所にあって、町の皆は不安にならないのだろうか。もうずいぶん前から魔王は城から出てきていないからと、警戒していないのだろうか
近くから見た魔王城は、やはり神々しいオーラを放ち、とても魔の者の住処には見えない、だがここには、確かに魔王がいるはずなのだ、気を引き締めていかなければ
「勝手に入って良いんだろうか、封印とかそういうのがあって、この扉を開けてはならないとかって展開じゃないだろうな…」
城の入口にあたる扉には、それらしい封印のようなものも、鍵もかかっていないように見える
いやそもそも、封印なんてものがあって、魔王がこの城に封印されているのだとしたら、魔王が攻めてくるなんてクエストは出現しないはずだ
そう考えた俺は、ゆっくりと扉を開けていく。扉は思ったより重く、もうずっと開閉していなかったのだろう、軋む音をやけに響かせながら開いた
「誰も居ない…奥にいるのか?」
よくあるRPGの王様の城みたいに、中はとても煌びやかな装飾が沢山施されていた
絢爛豪華という言葉がとても良く似合う
扉を開け中に入ると、見える範囲には誰も居なかった
いや、何処かに隠れて待ち伏せていて、いきなり襲い掛かってくる気かも知れない、気を緩めては駄目だ
俺は張りつめた緊張感を保ちながら、奥へと進んでいく
すると、他の扉よりもひときわ豪華な扉が見えた、あからさまな位に何かありそうな、そんな雰囲気の扉だ
恐らく魔王がいるとしたらこの扉の奥だろう、俺は意を決して扉を開ける
すると中には、玉座に座り、こっちを見て驚愕の表情を浮かべる人物が居た。こいつが、魔王か?
女…だろうか?いや、美形の男にも見えなくもない
白銀の長い髪をしており、そいつの頭上には、天使の輪っかのようなものが浮かんでいる
背中からは純白の羽が生えており、真っ白な服を着ている
胸の辺りが膨らんでいる、どうやら女のようだ
「…天使?」
率直な感想だった
こいつが魔王とはとても思えない、だが、こんな場所にいるのだ、こいつが魔王なのだろう
魔王は玉座から立ち上がると、おもむろにこっちに近付いてくる
(…来るか)
「ねぇ君今何て言った?何て言った?ねぇ、あぁ何時以来だろう、そう呼んでもらえたのは。でも君、あのクソ野郎と似た臭いがするね、どうしてだろうね、ねぇ何で?」
魔王は俺に近付いてきて矢継ぎ早に言い立てる
…顔が近い
何だこいつ、いきなり…いや、いきなりここに来たのは俺の方か
「と、とにかく…女性がクソ野郎とか、そういう言葉使いは良くないんじゃないですか?」
後ずさりながらそんなことを言う
…俺はいったい何を言っているんだ
魔王の迫力に押されて訳の分からないことを口走ってしまった
言葉使いとかどーでもいいだろうが、俺はこいつと戦いに来たんだぞ?その相手の言葉使いを注意するとか、俺は何をやっているんだ
「何て優しいんだ君は…僕の言葉使いを気遣ってそんな風に言ってくれるなんて…そんなに優しい君から、どうしてあのゴミ虫野郎の臭いがするんだろう…でも大丈夫、僕は女じゃないからね」
魔王は相変わらず俺に詰め寄りながら、俺の臭いを嗅いでいる。何なんだこいつは、本当にこいつが魔王なのか?何だか違う気がしてくる
というか今、さらっと問題発言が飛び出したぞ
…女じゃない?
つまり、こいつは男――
「あ、ちなみに男でもないからね、僕たちに性別はないのさ、いや、両方あると言った方が正しいのかな?」
こいつ、何を言って――
「何たって、天使は両性具有だからね」