第7話 能力の限界
「何年ぶりかしらね、アキラ」
「大学合格の報告には行ったかな」
「そうそう。元気そうでよかったわ」
俺たちを出迎えてくれたのは、九州に住んでいるはずの父方の祖母だった。
どうしてここにいるのかはわからないけど、これで昔からの疑問は解消されそうだ。
「いつからこの世界に」
「貴方たちが今通ってきた道は、一番最初に私が開通させた道よ」
「つまり、別のところにも道がある」
「えぇ」
「それほど頻繁に行き来を」
「いいえ。数年に一度といったところね。こちらとあちらの世界では、時間の流れる速さが違いすぎるのよ」
浦島太郎的なものか。
浦島太郎は戦前からある物語なのだから、おばあちゃんに影響を与えていてもおかしくない。
問題は、おばあちゃんの書いたものが現実になる点だ。
「ジュノー、ご苦労様でした」
俺たちのやりとりを黙って聞いていたジュノーさんに、おばあちゃんがそう言って微笑んだ。
「もったいないお言葉」
「ここから先はアキラと二人で話をさせてちょうだい。貴女の部屋はそのままにしてあるから、そちらで休んでいて」
「わかりました」
「アキラはこちらへ」
ジュノーさんを退室させ、おばあちゃんが俺を部屋の奥へと手招く。
旧時代的なソファに腰を下ろした俺は、目の前のテーブルに置かれた琥珀色の飲み物をすすめられる。
「美味しいわよ」
「お茶……かな」
「こちらでよく飲まれる抽出茶。まぁ、味はアイスコーヒーのようなものね」
「アイスコーヒーか。シロップはないの」
「甘味料は必要ないわ」
「そう」
お代わり自由のアイスコーヒーだな、味は。
少し酸味の出てきたアメリカンコーヒーをただ冷ましただけの味に近い。
飲み干すことを諦めた俺は、すぐさま話を聞くことにした。
「それで、話っていうのは」
「アキラは、どの程度まで能力のことをわかっているのかしら」
「どの程度って聞かれてもね」
自分の能力だって完全に把握してるわけじゃない。
ましてや他人の能力なんて漠然としたイメージしかない。
「おばあちゃんのは、書いたものが現実になるって聞いた」
「性格には、書いたことが不特定の誰かに実際に起こる能力よ。もちろん、対象を特定するための言葉も添えれば、かなりの確率で特定させることはできるわね」
それがおばあちゃんの能力か。
異世界を作ったのではなく、異世界に渡る道を開通させたというほうが正しそうだ。
「俺の能力は事象の確率が見れること。その確率をいじることもできるって感じかな。確率をいじると別の何かに確率の変動が起きるし、その連動してる事象までは把握できない」
「へぇ。そういう能力まで生まれるのね」
「能力が生まれるって、どういう意味だよ」
俺がそう尋ねると、おばあちゃんは俺に待っているように告げ、部屋の外へと出て行った。
「どうも、妙な具合だよね」
しばらくして戻ってきたおばあちゃんの両腕には、かなり使い込まれた感じのすごい量のノートがあった。
「それは」
「これは私が今までに書いた物語」
ノート何冊分だよ。
まぁ、かなり幼い頃から能力に気付いていたらしいから、書き続ければこの量になるのも当然か。
何十年分だもんな。
「私はね、知りたかったの」
「何を」
「物語の続きを」
「物語の、続き」
エンディングのその先か。
ハッピーエンドの後には何があるって本もあったな。
「世界は主人公や敵役だけじゃ成り立たないわ。わずかな出番しか与えられない脇役にも、本当は主人公と同じだけの人生がある。社会を構成する一人ひとりに物語があって、本編には何一つ関わり合いのないところにも、同じ世界で生き続けるキャラクターがいる」
「まるで同人誌だな」
「そうね。今はそのような二次創作も流行っているのよね。九州にいる時には、即売会にも足を運んだわ」
「それで、その能力で物語を書き続けたんですか」
「まぁ、今となっては書くことも少なくなったけどね」
「でも、この世界は」
「世界が実現すれば、その成立のために世界は修正されていくようよ。今の私の望みは、修正されていく世界で生きるキャラクターを見続けること」
そう言うと、おばあちゃんは開けていた冊子を閉じた。
手垢に汚れたそれは、想像以上に重く、表紙の文字はかすれていた。
「まぁ、アキラの物語を見届けるまでは死ねないけど」
「俺に、何かを書く能力はないよ」
「いいえ。生きているだけで、それは物語なのよ」
手渡された冊子を受け取った俺に、おばあちゃんはそう言った。