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ゼロじゃない  作者: 峻祐
7/10

第7話  能力の限界

「何年ぶりかしらね、アキラ」


「大学合格の報告には行ったかな」


「そうそう。元気そうでよかったわ」


 俺たちを出迎えてくれたのは、九州に住んでいるはずの父方の祖母だった。

 どうしてここにいるのかはわからないけど、これで昔からの疑問は解消されそうだ。


「いつからこの世界に」


「貴方たちが今通ってきた道は、一番最初に私が開通させた道よ」


「つまり、別のところにも道がある」


「えぇ」


「それほど頻繁に行き来を」


「いいえ。数年に一度といったところね。こちらとあちらの世界では、時間の流れる速さが違いすぎるのよ」


 浦島太郎的なものか。

 浦島太郎は戦前からある物語なのだから、おばあちゃんに影響を与えていてもおかしくない。

 問題は、おばあちゃんの書いたものが現実になる点だ。


「ジュノー、ご苦労様でした」


 俺たちのやりとりを黙って聞いていたジュノーさんに、おばあちゃんがそう言って微笑んだ。


「もったいないお言葉」


「ここから先はアキラと二人で話をさせてちょうだい。貴女の部屋はそのままにしてあるから、そちらで休んでいて」


「わかりました」


「アキラはこちらへ」


 ジュノーさんを退室させ、おばあちゃんが俺を部屋の奥へと手招く。

 旧時代的なソファに腰を下ろした俺は、目の前のテーブルに置かれた琥珀色の飲み物をすすめられる。


「美味しいわよ」


「お茶……かな」


「こちらでよく飲まれる抽出茶。まぁ、味はアイスコーヒーのようなものね」


「アイスコーヒーか。シロップはないの」


「甘味料は必要ないわ」


「そう」


 お代わり自由のアイスコーヒーだな、味は。

 少し酸味の出てきたアメリカンコーヒーをただ冷ましただけの味に近い。

 飲み干すことを諦めた俺は、すぐさま話を聞くことにした。


「それで、話っていうのは」


「アキラは、どの程度まで能力のことをわかっているのかしら」


「どの程度って聞かれてもね」


 自分の能力だって完全に把握してるわけじゃない。

 ましてや他人の能力なんて漠然としたイメージしかない。


「おばあちゃんのは、書いたものが現実になるって聞いた」


「性格には、書いたことが不特定の誰かに実際に起こる能力よ。もちろん、対象を特定するための言葉も添えれば、かなりの確率で特定させることはできるわね」


 それがおばあちゃんの能力か。

 異世界を作ったのではなく、異世界に渡る道を開通させたというほうが正しそうだ。


「俺の能力は事象の確率が見れること。その確率をいじることもできるって感じかな。確率をいじると別の何かに確率の変動が起きるし、その連動してる事象までは把握できない」


「へぇ。そういう能力まで生まれるのね」


「能力が生まれるって、どういう意味だよ」


 俺がそう尋ねると、おばあちゃんは俺に待っているように告げ、部屋の外へと出て行った。


「どうも、妙な具合だよね」


 しばらくして戻ってきたおばあちゃんの両腕には、かなり使い込まれた感じのすごい量のノートがあった。


「それは」


「これは私が今までに書いた物語」


 ノート何冊分だよ。

 まぁ、かなり幼い頃から能力に気付いていたらしいから、書き続ければこの量になるのも当然か。

 何十年分だもんな。


「私はね、知りたかったの」


「何を」


「物語の続きを」


「物語の、続き」


 エンディングのその先か。

 ハッピーエンドの後には何があるって本もあったな。


「世界は主人公や敵役だけじゃ成り立たないわ。わずかな出番しか与えられない脇役にも、本当は主人公と同じだけの人生がある。社会を構成する一人ひとりに物語があって、本編には何一つ関わり合いのないところにも、同じ世界で生き続けるキャラクターがいる」


「まるで同人誌だな」


「そうね。今はそのような二次創作も流行っているのよね。九州にいる時には、即売会にも足を運んだわ」


「それで、その能力で物語を書き続けたんですか」


「まぁ、今となっては書くことも少なくなったけどね」


「でも、この世界は」


「世界が実現すれば、その成立のために世界は修正されていくようよ。今の私の望みは、修正されていく世界で生きるキャラクターを見続けること」


 そう言うと、おばあちゃんは開けていた冊子を閉じた。

 手垢に汚れたそれは、想像以上に重く、表紙の文字はかすれていた。


「まぁ、アキラの物語を見届けるまでは死ねないけど」


「俺に、何かを書く能力はないよ」


「いいえ。生きているだけで、それは物語なのよ」


 手渡された冊子を受け取った俺に、おばあちゃんはそう言った。




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