第5話 いってみなくちゃわからない
おじいちゃんが問題の日記帳と一緒に帰っていった後も、俺たちは居間から動けずにいた。
「……日付、変わったな」
十二時を報せる無機質な電子音が鳴り、大きく息を吐いた遼一がそう呟いた。
「このまま起きてるの」
「そうだな。智世、遼一の布団を頼む」
「うん。でも、客間はあの娘が」
「俺の部屋に敷いておいてくれ」
俺がそう言うと、遼一は手を振りながら立ち上がった。
「いいよ、トモ。オレ、帰るからさ」
「もう少しいてくれ。智世、先に風呂に入ってこい」
「うん。遼ちゃん、ちょっと待っててね」
妹を風呂に行かせて二人きりになると、腰を戻した遼一が声をひそめた。
「どうするつもりだ、アキラ」
「それを聞くか」
「どうせ、もう決めてるんだろう」
うん、さすがは長い付き合いだ。
おまけに、智世を任せられるみたいだしな。
「行ってくる」
「異世界へか」
「あぁ」
「戻ってこられる保証もない。大体、眉唾ものだぞ」
そう言った遼一に、俺は副作用を考えることなく能力を発揮することにした。
「まぁ、見てろよ」
ここなら、電灯の切れる確率あたりが丁度いいか。
そう判断した俺は、わかりやすいように手のひらを電灯へと向けた。
「この居間の電灯がこの瞬間に切れる確率はゼロじゃない」
五十%ほどだった確率を限りなく百に近づける。
すると、その瞬間に電灯が切れて、隣の部屋の灯りだけが部屋を照らすようになった。
遼一から見れば、俺の掌から出た何かが電灯を破壊したようにも見えるはずだ。
「……マジか」
「マジだ」
「これが、アキラの特殊能力か」
「漫画でよくあるみたいにエネルギー弾を飛ばしたわけじゃないけどな」
居間の収納に置いてある交換用の電灯を取り出して、椅子の上に立つ。
「手伝ってくれ」
「あぁ」
遼一に手伝ってもらって電灯を交換すると、遼一が古い方の電灯を上下に振った。
「マジで切れてるな」
「あぁ。切ったんだから」
「じゃあ、あの日記のことも」
「おじいちゃんの話じゃ、俺たちとは比べものにならいほど能力が高かったって話だしな」
「書いたものが現実になる能力か。想像もつかないな」
「あぁ。だけど、間違いなくおばあちゃんは異世界にいる」
「行くのか」
「寿命がきたか、その他の問題か。とにかく、コンタクトをとってきたのは間違いない」
「戻ってこられなかったらどうする」
「戻るさ」
確率を引き上げることぐらい出来るはずだ。
少なくとも、おばあちゃんが生きている限りは異世界がある確率はゼロじゃない。
そして、ゼロでなければ確率を操作することができる。
もちろん、何か異世界とつながるための発動条件はあるだろうけど。
「あの……」
「ジュノーさん」
「来て、いただけるのですか」
「俺だけでよければ」
俺の返答に、遼一が眉をしかめるのが見えた。
しかし、他の誰かを連れていくことには賛成できない。
「時間がないのです」
「それは、異世界へつながる条件に関係があるの」
「わかりません」
そう言って、ジュノーさんが首を左右に振った。
だが、条件だけはジュノーさんに尋ねるしかないのだ。
「異世界につながる条件は」
「満月だと聞いています」
満月ね。
俺が動くより速く、遼一が新聞に手を伸ばしていた。
テーブルの上に広げた新聞の記事には、今夜の月齢が書かれていた。
「三日後だな」
「三日後はこれを読めばわかるが、本当に異世界なんてあると思うか」
「ここにジュノーさんがいて、あの日記がある。それだけで十分な確率だよ」
「三日後に扉を開く。ジュノーさん、貴女の知ってることをすべて教えてください」
俺の言葉に頷いたジュノーさんの表情は明るくなっていた。
夏休みをこんな可愛い女の子と異世界で過ごすと考えれば、これほどわくわくすることはないだろうさ。
待っていてよ、おばぁちゃん。