第3話 異世界から来ました
「……×□▲▼」
どう考えても日本語じゃないよな、これは。
もしかしたらと思って遼一と妹に視線を向けてみても、二人とも勢いよく首を左右に振るばかり。
「どうするよ」
「本当に知らないのか、アキラ」
「知らん」
「救急車を呼んで、任せてしまうとか」
俺たちが顔を寄せ合って相談していると、女の子が布団の上で上半身を起こした。
「……あの、ここは」
え……日本語、話せるの。
もしかして、咄嗟だったから母国語で話しかけてきてたとか、そういうオチですか。
「ここはアキラの家で、気を失ってたんだよ、アンタ」
日本語が通じるのならといった感じで、遼一が率先して会話を引き受けてくれる。
女の子も話が通じてホッとしたのか、少しずつ表情が緩んでくる。
「とりあえず、アンタの名前を教えてくれるかな」
「マグシア王国の第二王女、シュノーと申します」
「マグシア王国ね。ここは日本なんだけど、留学生か何かかな」
「ニホン……」
うーん。
まだ意識がはっきりしてないのかな。
まぁ、まず、マグシア王国ってどこだ。
「おい、地図帳持ってこい」
「うん」
妹に地図帳を取りに行かせ、俺は自分の腕を指しながら、遼一と話しているジュノーさんに話しかけることにした。
「ケガ、してるだろ」
遼一とのやりとりに割り込むような形になってしまい、ジュノーさんが少し面喰った表情で俺を見つめてくる。
それでも俺が腕を指していることに気付くと、納得したように小さく頷いてくれた。
「消毒するから、袖をまくってもらえるかな」
「はい」
脱脂綿なんてものはないから、使い古しのタオルと消毒液とを両手に構えて、ジュノーさんが袖をまくった腕を確かめる。
二の腕のところにぱっくりと傷口が開いていて、あまりに痛そうな傷口に思わず眉をひそめた。
「しみるよ」
そう断ってから消毒液を吹きつけると、ジュノーさんが泣きそうな悲鳴を上げた。
「お兄ちゃん、何やってんの」
「いや、消毒しないとダメだろ」
悲鳴を聞きつけて急ぎ足で戻ってきた妹に詰られて、俺は憮然として言い返した。
俺たちのやりとりが理解できているのか、ジュノーさんは俺に頭を下げてから、傷口の下に当てていたタオルをやんわりと断ってきた。
「我は願う。肉体の回復を」
何かのまじないか。
俺がそう思った目の前で、ジュノーさんの傷口がみるみるうちにふさがっていく。
横目で妹の反応をみると、俺の錯覚ではなかったらしい。
「……何なの、今の」
「さぁ」
「ゲームみたいだな」
俺たちの反応に、ジュノーさんが微笑む。
「回復魔法は女神の祝福を受けた者にしか使えないと聞きます。初めて御覧になりましたか」
いやいや、そんなに優しく微笑まれてもね。
魔法自体、初めて見たわけなんだけど。
これは夢か。
夢にしては、かなりリアルなんだが。
「アキラ、どういうこと」
「俺に聞くな」
完全に現状から置いていかれている俺と遼一に、ジュノーさんがさらに混乱に拍車をかけてくる。
「貴方も魔法使いでしょう」
「え……」
いや、そんな、断定するの。
てか、何で俺が魔法使いなの。
「えーと……うん、多分、そうかな」
「まぁ、彼女なんていたことないしな」
妹よ、どういう意味で肯定だ。
そして遼一、お前はどうなんだよ。
「あのな、俺はまだ二十歳前だ」
「あ、そうか。三十まで童……」
「遼一。妹の前でその話題はおかしい」
「お兄ちゃん、恥ずかしがらなくてもいいよ」
「智世、殴られたいか」
俺たちの寸劇を見ても、ジュノーさんはきょとんとした表情で小首を傾げただけだった。
それを見て、ネタが通じなかったことを反省する。
「おい、通じてないぞ」
「結構有名なネタなんだけどな」
軽く咳払いをしてから、改めて妹から地図帳を受け取る。
ここは、さっさと話題を変えてしまおう。
「コホン。貴方の生まれはどこですか」
「これは、何ですか」
「いや、世界地図だけど」
あ、そうか。
日本が中心になってるのは日本にしかないんだっけ。
そう考えると、意外と面倒だなぁ。
「ここが日本で、ここがアメリカ」
「初めてみました」
位置関係もわからないのかな。
そうなると、身許を確かめようがない。
「ここは、ジッカではないのですか」
何の実家だ。
俺と遼一が顔を見合わせると、俺たちが理解できていないことに気がついたジュノーさんの目に、大粒の涙がこぼれ出した。
「え、あ、おい」
「どうしたの」
あわてる俺たちに、ジュノーさんの涙声が届く。
「送還は失敗したのね……これでマグシアも終わりだわ」
もしかして、異世界に召喚されましたってんじゃなくて、異世界から人が飛んできちゃったよってヤツなのかッ。