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ゼロじゃない  作者: 峻祐
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第2話  誰だよ、連れてきたの

 おばあちゃんお手製のハンバーグと高野豆腐で夕食を済ませて、俺は食べ終えた食器を洗いながら、居間から流れてくるテレビの音声を聞き流していた。

 妹はCMの間もザッピングをするタイプではなく、適当に雑誌をめくる音も聞こえてくる。


『次のニュースです。本日昼過ぎ、局地的な竜巻が発生し、民家五棟が被害を受けました』


「竜巻って、どこでだ」


「さぁ。あ、近くだよ」


 昼過ぎならまだバイトに行く前だし、家にいたはずだけどな。

 気付かなかったってことは、それほど近くってわけでもないのか。


「これ、駅の方だよ、お兄ちゃん」


「駅だって」


 ここから駅までは歩いて十五分という微妙な距離だ。

 でも、家屋が被害を受けるぐらいの大きな竜巻なら、さすがにバイト先でも噂になるなりしててもいい筈だが。


「気付かなかったの、お兄ちゃん」


「外には出てたんだがな」


 キリよく洗いものも終わり、手を拭きながら居間のテレビの見える位置に移動する。

 テレビに映し出された映像は被害を受けた家屋を映したもので、リポーターがその被害の程度を説明していた。


 しかしまぁ、見覚えのある家だな。

 確か、郵便局の裏手の家だったかな。


「竜巻というより、えぐりとられた感じだな」


「うわぁ、壁が壊れてる」


 ウチまで被害がこなかっただけ幸運だな。


 そう結論付けて風呂の湯をためようと踵を返すと、リポーターが聞き捨てならない言葉を口にした。


『最近、乾燥した空気の影響か、今回のような非常に局地的な竜巻が頻発しています。事前の天候にかかわらず、気象の変動には十分にご注意ください』


 テレビは映像が切り替わり、スタジオは今日に最も人が集まるという夏祭りの話題へ変わっていた。


「竜巻の発生する気象条件って決まってたかな」


「知らない。あたしは文系だし」


 竜巻が発生する確率は天文学の分野としては高いが、一般的にみればかなり低い確率のはずだ。

 それが短期間に頻発するなんて、誰かが確率をいじっているかのような感じを受けるな。


 ただ、それは俺のせいじゃないことは確かだと思う。

 おばあちゃんがハンバーグを持ってくる確率を多少上げた副作用としちゃ、あまりにも事象の確率変動が大きすぎる。


「ねぇ、お兄ちゃん。遼ちゃんが来るかもしれないって」


「俺は聞いてないぞ」


「あたしに会いに来るんだもん」


 近所に住む遼一は、高校まで同級生だった幼馴染みだ。

 何故か、最近は俺がいないときまで我が家に遊びに来ているみたいだが。


「暇なんだって」


「そうか」


 まぁ、来るかもしれないってことは来ないかもしれないってことでもあるわけだ。

 来ない可能性を高めておいて、今日は大人しくしておいてもらおうか。


 意識して遼一の来る確率を認識してみると、その確率が異常に高い。

 これはもはや絶対に来るに違いないのレベルだぞ。


「なぁ、もしかしなくても、今から行くとか言ってるんだろ、遼一」


「相変わらず勘がいいね、お兄ちゃん」


「やっぱりか」


 事後報告されても困るんだよ。

 気を使う間柄でもないけど、最低限はしなくちゃいけないし。


 飲み物はないかと冷蔵庫の中身を確かめていると、妹の携帯電話が鳴りだした。


「あ、うん。どうしたの」


 麦茶はきれてるけど、グレープジュースはあるな。

 缶で三つほどあるし、これでいいか。


「玄関開けてって……勝手口でいいよ」


 わざわざ携帯電話に遼一からかよ。

 別にインターホンで充分だろ。


「わかった。開けにいくから」


 しかし、玄関から入ってくるのは珍しいな。

 何か荷物でも持ってきてるのか。


「遼ちゃん、いらっしゃい」


 妹が玄関を開けると、何故かあわてた様子の遼一が入ってきた。


「おぅ。いらっしゃい」


「おい、勝手口の前に女の子が倒れてるんだけど、誰なんだよ」


「勝手口の前に人が倒れてるだって」


「あぁ。薄情すぎるだろ、アキラ」


 思わず視線を妹へ向けたが、妹も首を左右に振ってくる。


 そりゃそうだ。

 さすがに家の前に誰かが倒れていて無視できるほど、冷血ではない。


「とりあえず、倒れてるのをそのままにしてるのは具合が悪いな。確かめよう」


 二人を連れて勝手口の鍵を開けて扉を開けようとすると、何かが引っかかって押し開けることができない。


「引っかかってるな」


「玄関からまわったら」


「先に気付けよ」


「うるさい」


 急いで玄関から勝手口へとまわりなおすと、緑色の髪をした、妹と同じくらいの年頃の女の子が気を失っていた。


「おい、大丈夫か」


 頬に触れると、体温と呼吸によるかすかな上下動を感じられた。

 行き倒れっぽいが、すぐに救急車を呼ぶほどでもないような気はする。

 もしかすると、この夏の暑さで熱中症なのかもしれないけど。


「おい、大丈夫そうか」


「わからんな。とりあえず、中に運ぼう」


「そうだな。アキラ、上半身な」


「遼一は膝を持てよ。それから、智世は布団の用意」


 最後は妹に向けて指示を出すと、妹が勝手口から家の中に駆け込んでいく。

 それを見届けることなく、遼一と二人で女の子を抱え上げる。


 女の子は完全に気を失っているのか、抱え上げた途端に腕がだらりと垂れ下がった。

 バランスを崩しそうになりながら、女の子を抱えて玄関のほうへまわる。


「おい、この子、腕から血を流してるぞ」


 足のほうを抱えている遼一が、腕の血に気付いて悲鳴を上げる。


 だが、今はそんなことにかまっている場合じゃない。

 女の子を寝かす方が先決だ。


「後で見る。先に寝かせよう」


「お兄ちゃん、遼ちゃん」


 玄関の扉を開けた妹が冷やした濡れタオルを手に、少女の顔を覗き込む。


「靴を脱がせろ。それと、捨てていいタオル。血を流してる」


「わかった。ちょっと待って」


 濡れタオルを玄関のノブにひっかけ、妹が靴を脱がしにかかる。


「変な靴……めちゃくちゃ固いよ」


「履き古したのか」


「ゴムじゃないよ、この靴」


「とにかく、早く脱がせて」


 俺たちも靴を脱ぎすてて、何とか女の子を布団の上に横たえさせる。

 かなり乱暴に動かしたはずなのだが、女の子が起きる気配はない。


「救急車を呼ぶか」


「相手の素性もわからないのにか」


「本当に知らないのか、アキラ」


「知るかよ。大体、緑色の髪の毛なんてありえないんだぞ」


 自然の髪の色としてはありえない色だ。

 黒系が混じれば遺伝子的に黒が勝つし、赤色や銀髪はあっても、ここまで鮮やかな緑色になることはあり得ない。


「染めてるんじゃないの」


「緑色に染めるような知り合いはいない」


 大体、この俺が女の子と知り合いのわけがない。

 あり得るとしたら妹の知り合いってところだが、遼一に視線を向けられた妹は、首を左右に振っていた。


「とりあえず、怪我の具合を見ないと」


「服を脱がせるのは気が引けるな」


「智世、任せた」


 俺と遼一に押しつけられた妹が嫌そうに服に手をかけたところで、ようやく女の子が身じろいだ。


「……×□▼▲」


 ……何語だ、これ。


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