02:兄と私のお弁当
「それで結局、作ったの?」
そう聞いたのは、幼馴染でありクラスメイトでもある宮内朝子だ。
一度も染めたことのない艶やかな黒髪は、誰もが認める美しさ。そして、そんな髪にも負けない清楚な印象を与える美貌の持ち主であり、見た目は正に理想的な大和撫子といった風情だ。
私が男に生まれ、その本性を知らなければうっかり惚れていたかもしれない。
「……作っちゃった。」
答えは是。
私の答えに、朝子が嘲りの表情を浮かべる。
「最低ね。」
朝子の言葉と視線の鋭い棘が、私の心臓を貫く。
外見だけなら学校のアイドルにだってなりそうな朝子だが、実のところ学校内の男子生徒からは『氷の女王』という二つ名とともに恐れられる存在だ。
簡潔に言えば、学校一のど毒舌家。情け容赦ないドエス。
短い言葉に秘められた攻撃性も、半端ない。幼馴染耐性(?)のついている身でも、グサっとくる。
「兄さんがどうしてもって……どうしてもって、言うんだもん。」
大好きな兄に何度も懇願されて、否とは言えなかった。
私だって、できることなら料理なんてしたくなかった。
「まさか……あんたの今日のお弁当も?」
「いや、私のはいつも通り兄さんが作ってくれたやつだよ。」
家事音痴の母に代わり、小さい頃から家事を代行していた兄の料理の腕はプロ級だ。
愛妻弁当ならぬ愛兄弁当で肥えた私の舌は、コンビニ弁当や学食では満足しないほど。
「何それ。雪里さん、あんたの分は作っておいて、自分の分だけわざわざ作らせたわけ?」
「うん。だって私、自分の料理なんて絶対食べたくないもん。」
そう言って兄の要求も断ろうとしたところ……
「桜里の分は俺が作るよ。だからお願いだ。」
そう懇願されたのだ。
「自分で作っておいて何だけど……あれは人間の食べるものじゃないと思う。」
「……相変わらずの出来だったわけね。私なら、一万円もらえるとしても食べないわ。雪里さん、どうしてそこまでして食べたがったのよ?」
「それが……職場で上司に愛妻弁当を自慢されて、対抗意識が芽生えたらしくて。」
「……あんたの弁当で、どう対抗するのよ?」
「私だってそう言ったよ!言ったけどっ!…………いつものごとく兄馬鹿ぶりを発揮してくれまして。」
見るも無残な私の料理を、上手だ美味だと絶賛するのだ。
「……相変わらず、あんたの料理限定で雪里さんの味覚と美意識はトチ狂っているのね。」
「うん。私が関わらないものに関しては普通なんだけど……」
むご過ぎる罰ゲーム――そう評されるほど酷い私の料理を、兄は本当に美味しそうに食べては褒めちぎるのだ。
どう見ても演技には見えないけれど――私の料理の残念さは、私が一番よく知っている。
家事音痴の母親ですら絶句させる、脅威の腕前だ。
調理実習や野外炊飯で私と同じ班になった人たちは、一人残らずトラウマをかかえる羽目になるし……
私の料理は、阿鼻叫喚の地獄絵図をこの世に具現化する呪いのアイテムみたいなものなのだ。
「それで雪里さん、今日そのお弁当を持って会社に行ったわけ?」
「うん。……どうしよう。クビになったりしないかな?」
「まあ、有能な人だしそれはないと思うけど。……職場の人のひとりやふたり、失神しているかもしれないわね。」
ひどい言われようだけど、否定できない。
免疫のない人が私の料理を目にすると、ショックのあまり失神することがある。
口にせずとも猛威を振るう、劇薬のようなものだから……
「ある意味才能よね。上手い下手以前に、どうやればあんなおぞましい出来になるわけ?」
「それがわかれば苦労しないよ。」
私としては、ごくごく普通に作っているつもりなのだ。
米を洗剤で洗ったこともなければ、たくあんだって繋がらずに綺麗に切れる。
見事なお手並みとは言えないまでも、包丁さばきは悪くないし、レシピ通りに味見もしながら作るように心がけてもいる。
途中まではいつもまともなのだ。
それなのに……
「私の手、呪われてるのかも……」
「確かにね。無駄とは思うけど、一度お祓いでもしてみたら?」
私――平石桜里には、ただ一つだけ人並みならない……おそろしい料理の腕がある。