第7話 「柔術?」
「来て見たものの、さて……どうしようか」
俺は、カノンの所属しているギルド【弦奏交響楽団】を離れ、"アラニア平原"に一歩足を踏み入れた所だ。
このゲームは、リアルタイムで現実世界の時間と同期している為、辺りは月明かりに照らされるのみで、光が当たらない場所は暗く静まり返っている。
「さてと、敵Mobさんは、何処でしょうかねぇ……」
辺りを見渡すが、敵どころかプレイヤーの姿も見えない。視界に表示されている現在時刻を見ると、午前一時二十三分。深夜帯に入っている。
「うーん、やっぱり初心者達の狩場だから、すぐに皆移動しちゃうのかな?」
このエリアに来る道中で、無料配布と言って配っていた初心者マニュアルを貰ったのだが、
そこに『アラニア平原適正レベル:1~10』と書いてあったページを見つけていた。
出現するモンスターは、この地の名前にもなっている『アラニア』と言う角がある犬型のエネミーと『アリネス』と言うアラニアの強化版に当たるエネミーのみだ。攻撃方法は両者共、突進。ただし、ゲーム馴れしていない初心者からすると、その突進は避けづらく、ほぼ完璧に攻撃を避けれるようになる頃には、レベルが10前後まで届くと書かれていた。
「ブラブラしてても、仕方ないしとりあえず、捜索しようかな」
ふぅ、とため息一つ。そして、肺いっぱいにこの空間の空気を吸い込む。草の香りがするとても心地の良いものだった。ここまで再現しているとは、かなりVRの技術は進歩したんだな。と肌で感じた瞬間だ。
「……こりゃ、凄いや。まるで、本当にもう一つの世界に来たみたいだ。何も制限の無い、もう一つの空間に……」
と、突然けたたましいアラート音。そして、視界に大きく表示される『ENCOUNT』の文字。まさかっ!?
「グルルルル……」
「あー、向こうからおいでなすった……」
月明かりに照らされた草むらから出てくる影が俺からも確認できる。……全部で、五体。自分以外の動く対象物に表示されるターゲットカーソルは、赤く、そのすぐ下には、『アラニア』としっかりと表示されていた。
向こう側は、既に戦闘体制を整えこちらに突撃を今すぐに仕掛けようとしている。
「チッ」
短く舌打ちを一つ。そして、腰に着けられたホルスターから、実践初となる俺の武器を取り出す。インフィニティ・レールガン∞――漆黒に黒光りするその拳銃は、アラニア平原の月明かりを受けてもなお黒く光っている。
静かに、銃口を敵に向ける。すると、FPSで言う所のクロスヘアが、視界内に表示された。……後は、コイツに合わせて引き金を引けば良いって事なのだろう。
「グルオォォォォオオ!!」
叫び声と共に、奴らは突進をしてくる。静かにクロスヘアを敵の真正面に合わせ
「SHOT!!」
発声と共に、銃のトリガーを引く。身体に軽い反動と銃口から鈍色の軌跡が延びていき、二十メートルほど先に居た、先頭のアラニアの身体を貫通し無数のポリゴン片となって爆散した。
「うわっ、本当に一撃かよっ」
自身の手に入れた武器の威力に驚きつつも第二発目を準備する。クロスヘアを合わせ、撃つ!
次は、左側から突っ込んで来たアラニア二体を貫通しポリゴン片にさせた。
「ラスト二体!」
そう呟いた所で、残りの二体が、俺の目の前まで迫っている。至近距離に近づいて来て気がついたことだが、アラニアは、大きさが現実の牛程の大きさがあった。
第三発目が間に合わないと判断した俺は、最初に突っ込んで来たアラニアの角を掴み、敵の背中で前転する事で、攻撃を避けた。攻撃を避けられたアラニアは、そのまま数メートル進み停止。もう一度こちらを向いた。
その直後、右側から強烈な衝撃に襲われ、今度は、俺が数メートル吹き飛ばされる。最初に突進してきた奴を避けたのは良かったが、もう一体の事を忘れていた為、回避が出来なかったのだ。視界がクラクラとし、左上に表示された俺のライフゲージの三割近くが削られた。
「ったく、痛てェじゃねぇの!!」
仕返しとばかりに、右手に握られた拳銃を片手で撃つ。
ガゥン!! と鈍い音の発砲音と共に、三発目の鈍色の軌跡が俺を吹き飛ばしたアラニアにヒット。ポリゴン片となって爆散する。
「グルルル……」
「ラストは、アイツか……」
最後の一匹となったアラニアと正面で相対する。その距離、僅か五メートル。
そして、奴は角を低く突き出し突進をしてくる。
静かに、冷静に俺は足を踏ん張る。
力が入るだけ踏ん張りアラニアの角が俺の手に触れた。
「のぉりゃぁぁぁぁ!!!」
周りにプレイヤーが居たら振り向くであろう大声で奴の角を掴み上方へ投げ飛ばす。勢いがついていたアラニアは、抵抗する事も出来ずに俺の頭上を越えて行く。
そして、俺の後方数メートルの地点で頭から地面に激突し、ポリゴン片となり爆散した。
ファンファーレが鳴り響き、俺の体を緑色の光が包む。そして、『Level_Up』の文字。
「レベル一から二へのアップって結構すぐだったんだな……」
そう呟く俺。そして、新たなウィンドウが飛び出してきた。
『新しいスキルを習得しました。
詳しい詳細は、ステータス画面内の非表示スキルから確認できます』
「ん? 新しいスキル?」
おいおい、敵を倒しただけで、スキルを覚えるなんてそんな話聞いてないぞ。
少し、おかしいな。と首をひねりつつも、ステータス画面を表示する。
Name:ライラ
Level:2
Class:初心者
tribe:人間族
特殊能力:無
HP 125/125
MP 70/ 70
ATK 562
DEF 80
INT 20
AGI 22
DEX 20
LUK 20
CRI 5
ボーナスステータスポイント 3
スキルスロット
スキル1:銃術 熟練度 10/1000
銃を扱うのに必要な基本スキル。
熟練度の上昇により、様々な銃系統のスキルを獲得出来る。
スキル2:設定されていません
その下は、防具などの欄があるだけなので割愛だ。
よくよく見てみると、ボーナスステータスポイントなる物も入手しているようだ。スラスラと自身のアバターの強化された所を確認し終えると、スキルスロットの二番目の項目をタッチする。
非設定スキル:
柔術 熟練度 0/1000 Passive_Skill
何事も受け流す柔の動きで敵を倒した者に与えられる基本スキル。
熟練度の上昇で、体術 (柔)系統のスキルを獲得出来る。
入手条件:戦闘中に相手の攻撃を利用してエネミーを倒した。
効果:体術 (柔)のスキルを使用する際、ATK+5。
柔術? なんじゃそりゃ?
"銃"と"柔"。読みは同じなのだが、全然効果が違うし。
訳が分からないが、とりあえずあって困るものではないとスキルスロットに新たに追加する。
スキルスロット
スキル1:銃術 熟練度 10/1000
銃を扱うのに必要な基本スキル。
熟練度の上昇により、様々な銃系統のスキルを獲得出来る。
スキル2:柔術 熟練度 0/1000
何事も受け流す柔の動きで敵を倒した者に与えられる基本スキル。
熟練度の上昇で、体術 (柔)系統のスキルを獲得出来る。
と、ここで一つ俺は、和輝に言われた事を思い出した。
パッシブスキルにも、種類があり『○○術』などと付くほぼ大抵のパッシブスキルは、その武器の基本スキルの為、スキルスロットに装備しないと効果が発動しない。だが、『○○術』と付かないそれ以外のパッシブスキルと熟練度の上昇により入手したアクティブスキルは、スロットに装備しなくても大丈夫。
スキルスロットに入れないタイプのパッシブスキルは、能力の有効化、無効化も出来る。なんとも、理不尽な話である。
まぁ、ユニークスキルに比べれば理不尽な事など吹き飛んでしまうのだが。
ゲーム内に一つしか存在しないスキルに当てられるこの種類のスキルは全て、パッシブスキル。そして、その力は、絶大だ。
だが、それ故入手が困難とされており、ベータテスターの中でも入手出来た人物が、未だ居ないらしい。
(和輝情報より)
もっとも、カズキの話じゃ、ユニークスキルも基本スキルと同じで、スキルスロットに入っていなければ、効果が発動しないものもあるとの事だが……
(アイツは、こういう情報をどうやって仕入れてるんだ?)
「とりあえず、片っ端から刈りまくってレベル上げるかな」
そう言って、夜の月明かりの中、緋色の風がアラニア平原に颯爽と消えていった。