第4話 「俺の名前は……」
「っと、もう五十八分か。そろそろ準備しておくか」
掛け時計を確認するとあと数分で日付をまたぐ。……そして、まちに待ったログイン制限の解除日だ。
ベッドに横になりダイバーを頭からすっぽりとかぶる。
ゴーンゴーンゴーン……
この時代には、似合わない古時計のような音が部屋中に響き午前十二時になった事を俺に知らせる。
「ダイブスタート。ゲームネーム『ラスト・クロス・オンライン』」
和輝の時と同じように俺の脳内にも軽快な電子音が響き、意識は仮想世界に飛び込んでいった。
――少女よ、元の世界を見てみたくはないか?
「えっと、見てみたいですかね、はい……」
そう呟きつつ俺は、目の前に現れたホロウィンドウのYESをタッチする。鈴の音のような効果音と共にウィンドウが消え去ると声が響いた。
――種族を選ぶが良い。
再びホロウィンドウが現れる。様々な種族の説明と共に『この種族にしますか?』というセレクトウィンドウ。……なるほど、この中のどれかを選択するんだったっけな、だけど……
「別に、種族には特別思い入れは無いしなぁ……」
そのまま、カーソルが合ったままだったドワーフでセレクトを押しそうになるがそこで手が止まる。
(いや、ちょっと待てよ。確かドワーフって魔法系が壊滅的に出来なかったような……)
心に引っかかった部分を確かめるため、ドワーフの説明をしっかりと見直すと、当たりだった。
『ドワーフ:強力な腕力を持ち細工が得意な種族。ATK値とDEX値が上昇しやすくMP・INT値が壊滅的に低い。
特殊能力:他の種族では生産できないような高Lvの生産を行う事が出来る』
「あ、っぶね。魔力使うかもしれない武器使うのにこりゃダメだ……」
魔力を使う、と言ったのは、『魔銃』といった魔力を消費する武器が存在するかもしれないと思った俺の推測だ。肝心な時に(技などを使う時に)魔力切れとなって攻撃が出来なくなるのは、流石にマズイであろう。
すぐに、ドワーフの項目をスクロールさせ別の種族を確認する。
『人間:特に特化した能力は無いが能力が平均的で扱いやすい種族。全てが平均的に上昇する。
特殊能力:無し』
『エルフ:耳が尖がっており魔法を使う事を得意とする種族。MP・INT値が上がりやすくHP・ATK値が低い。
特殊能力:術式強化』
『竜人:竜の力と体力を持ち人間に匹敵する知力を有する種族。HP・ATK値が上昇しやすくMP値が低い。
特殊能力:Lv30より竜神化を使うことが出来る』
『獣人:獣の強さと人間の知能を併せ持つ種族。AGI値が上昇しやすくDEX値が低い。
特殊能力:聴覚強化』
『ホビット:細かい作業を得意とし素早いという特徴を持つ種族。DEX値とAGI値が上昇しやすくHP値が低い。
特殊能力:視力強化』
おぉーい! 人間族! 特殊能力無いってどういうことだ。
一人ホロディスプレイにツッコミを入れる俺。これで種族は出揃った。
物理火力の竜人・ドワーフか、
魔法火力のエルフか、
素早さの獣人・ホビットか、
はたまたバランスの人間か……。
ドワーフは、さっきの理由どおり却下。似た理由として魔力が低い竜人も却下。
いい所まで行きそうなのは、人間・獣人・ホビット・エルフ。そして、俺が使おうとしている武器は、銃。ここで、器用さ(DEX値)が高いホビットだけが残るが、体力が低いので打たれ弱い。出来るだけ、平均的で弱点の少ない種族や職業を選びに行くのが俺だったりする。
そして、MMORPGでは、その考えが後半の方で裏目になったりする事もあったのは、言うまでもない……
でも、まぁ平均的な能力の種族の方が俺は好きだしなぁ……と、脳内で考えつつも、答えは決まった。
「人間族をセレクト。――って、髪の色と瞳の色?」
人間のセレクトボタンを押す。次は、アバターの髪の色や瞳の色も変更できるようだ。
一瞬、瞳の色の『オッドアイ』と言う選択を見た時、『俺の左目が……』等となってしまったが髪の色と目の色を変更し次の項目へ、
――使用する武器を選べ。
片手剣・両手剣・斧・杖...と現れた武器の種類から、銃を選択する。
「うぉ、結構リアリティ高いな……」
パシュッ! という効果音と共に俺の手のひらに小さなハンドガンが一丁。大きさは、俺の手から少し飛び出すほどだが、質感はずっしりと重く、精巧だ。
そして、出てきたオブジェクトウィンドウに表示された武器のレアリティを見て俺は、目を丸くした。
「れ、レア度☆×6!? えっ、初期装備でこんなにレア度高いアイテム手に入るか普通!?」
あまりに高いレア度に驚き、少し怪しいと思った俺は、左手の人差し指と中指を合わせ下から上へと指を滑らせる。この動きは、メニューウィンドウを表示するためのもので、動きに反応したシステムがメニューウィンドウを表示させる。そこから、メニューを操作すると、アイテムの入手ログが視界に表示された。
そこに表示されていたのは、
「[Guest]様が、初期装備武器『インフィニティ・レールガン∞』を入手しました」
と、その一文だけだった。こういう情報は、ゲーム内だと誰が何のアイテムを入手したか特定する手がかりになるのだが、アバターを製作しているこの空間では、そういった心配は無い。
―――だって、この空間に居るの俺だけなんだもん。
――使用するアバターの名は?
俺の驚きを気にせず淡々と先へと進むNPCの声。武器の事は、後で和輝に聞けば分かるだろう。頭の片隅に疑問を置き俺は、質問に答える。
「俺の名は……ライラ。人間族のライラ」
表示されているホロキーボードに『ライラ』と打ち込みEnterキーを押す。
――ライラよ、この世界を……頼んだぞ。―――
その声が聞こえた瞬間、体中を淡い水色の光が包み込んだ。直後、体が浮くような浮遊感。そのまま数秒間体が浮いたかと思うと突然硬い地面が姿を現す。尻餅をつき、うっ と俺は、うめき声を上げた。
どうやら、光に包まれた後に何処かの町に転送されたらしい。辺りは、活気に満ち溢れたNPCショップや町を行き交うプレイヤーの姿が目に付いた。
「全く、太一兄ぃはいつになったらログインして来るんだろうね」
「まぁ、兄さんの事だしもうログインしていて町をぶらぶらとしていたりしてね」
「カズキ、ありそうだから止めてよ」
――と、正面に座っているベンチから声が聞こえて来た。リアルの声を再現して使用しているのであろう。姿が変わろうとも髪の色や瞳の色が違っても、俺の弟と妹、『柊和輝』と『柊穂之香』だという事が分かった。
「そのアニキは、正面に居る人ですよ――ってあれ?」
呆れた声を出しながらその二人に近づくがその時に声の変化に気がつく。
「に、兄さん!? えっ、本当に兄さんなの!?」
「本当も何も、そんな口調でお前らに話しかけるのは、俺だけしか居ないだろっ! ……と、言いたい所だが、何だ? 体が変だぞ?」
そう、俺の体に変化が起きていた。まず最初に、声がリアルでの地声よりもかなり高い。何も知らない人間が聞けば確実に女声であると言われる程まで高くなっている。そして、腕は白くほっそりとし現実とのギャップに驚きを隠せない。
「……どうしてこうなった」
三人同時にそんな声が漏れた。それもそのはずだ。案内書を見て気がついた事なのだが、このLCOにログインする為に必要な『ダイバー』には、脳波により男性、女性を識別する機能が付いている。(書いてあった説明だと、男性と女性で微妙に違う脳波の波形を検知するとかしないとか。)
稀に、男性、女性であるにもかかわらず、脳波が異性に近かった事によるダイバーの誤認識で、異性のアバターが製作された……というのを風の噂で聞いた事があったが、通常なら基本的、及び物理的に異性のアバターを製作する事はほぼ不可能に近い。ダイバー本体側にも脳波の設定をしてあるため、使用者個人でしか使うことが出来ない。
要するにネカマは不可能。
の筈だった……。
「リアル男の娘が見れるとは、思わなかったよ……しかも、身内で」
「うぉぉぉ! 止めてくれ!! そんな、可哀想な子を見る様な目で見るなぁぁ!!」
半分暴走気味の俺。ログインした直後、自分のアバターの姿さえ見ていないのに声は、女。そして、腕を見る限りだと、かなり華奢な体だと推測される。オンラインゲームでは、ネカマを演じる奴は多いと聞くが、俺はそんなことは考えない。生まれ持った性でしかアバターの製作をしていないからだ。
(ネカマ不能と言われたゲームで男の娘を演じろってか!? 冗談じゃねぇ!!)
「ねぇ、これってアバターの作り直し効かないの?」
「無理。まず最初に、リアルと違う異性アバターが選択されるなんて運営としては、考えられないだろうからね」
俺の質問に一蹴。そう答えた我が弟、『柊 和輝』は、種族にエルフを選択したのだろう、黒い髪をばっさりと切ったツンツンヘアーの髪型から突き出るように尖った耳が出ている。そして、服装は、藍色の生地に赤のラインが入ったローブを羽織っている。片手には、何かの鉱物がはめ込まれた杖を持っており見た目、完全に魔法使いである。
「太一兄ぃには悪いけど、私よりスタイルが良いってどういうことなのよ」
「スマン、俺に聞くな」
そして、俺に妬みのような言葉をかけたのは、妹の『柊 穂之香』。コイツの胸は、とにかくぺったん……もとい更地に近いのだ。恨むなら誤認識したダイバーの方を恨んでくれよ。
そんな彼女は、金色の髪を頭の後ろで緑色のリボンで束ねポニーテールにしていた。種族は、竜人であろうか、額に角がある。服装は、胸当てが付いた軽鎧と言われる物だった。ちなみに、武器は今持っていない。
「と、いう事は……俺このままぁ!? そんなぁ……ひどい……」
嗚咽が混じりながら言葉を発すると、自然と膝が地面に付く。手を前に出し完全に塞ぎ込むようなポーズだ。第三者から見れば初心者苛めをしている様にしか見えず何事だ、とぞろぞろと人だかりが出来始める。二人も流石にマズイと思ったのだろう。無理やり穂之香が俺を起こすとずるずると引きずる様にしてその場を離れた。