第2話 「オマエラ、真面目に勉強しろぉぉ!!」
和輝に、昼飯にするぞ。と、声をかけると、キッチンに入り冷蔵庫に手をかける。暑いから、サッパリとそうめんでも作ろうかと、頭の中で昼食の献立を組み立てていると、玄関の鍵を開ける音が俺の耳に届いた。
「ただいま~。太一兄ぃ、和輝。元気だったー?」
聞こえた―――、と思って数秒。リビングには、軽く日に焼けた浅黒い肌と、腰に届くほどの栗毛の髪を持つ妹、柊穂之香が飛び込んで来た。
「穂之香、おかえり。どうだったよ? 採用試験の方?」
「うん、ばっちり。『趣味が、筋トレです。』って言ったら向こうの人驚いちゃってさー。『キミ、面白いねぇ』とか言って、採用貰えてたよー」
声真似をした後に俺の目の前で跳ね始める穂之香。ちなみに、昨日、家に居なかったのは、受験やそれに属する物等ではない。俺達程ではないせよ、穂之香もVRMMORPG、Last Cross Onlineに興味を持っていた。母さんは、「日常生活に支障が出ない程度に」と言ってゲームをやる事に関しては、そこまでの抑止力は、出していなかった。
その時に、飛び込んできたのが運営側で選択されるベータテスターの採用試験。それが、タイミングが良い事に穂之香がゲームをやりたいと言い出した日の翌週にあったのだ。この時、採用試験は、静岡の熱海にあるレグルス社の支部で行なわれた(らしい)。勿論、穂之香は、コレに参加した。
しかし、合否が本社のある東京でβテスト初日にしか掲示されないのと、都会で一泊してみたいと言う本人の意向から、東京の方で一夜を過ごした。ついでに、俺の注文していた物も買って来てもらう手筈だ。
「そういえば、どうだった? 買えた? 部品」
「あー、うん。何とかね。最初に行った店じゃ取り扱ってなくて秋葉原まで行ったんだよ? 妹の苦労を知りなさい!」
「わ、悪かったな。流石に、もうこの辺じゃ据え置きPC用の部品が売って無いんだもの……」
「何時まで、あの古いのを使うつもりなのよ。そろそろ、AR式端末に取り替えた方が良いんじゃないの?」
アレは、俺が始めて組み上げたマシンだ。そう易々と手放したくないのと同時に、今まで幾多のオンラインゲームを共にした戦友だ。
まぁ、最近は、AR技術の方が進歩してきているし、ノートや据え置きPCの部品も出回らなくなってきてるから、増強もそろそろ限界を迎える事になるのは、分かってはいるのだが……。
「うーん。だけどねぇ、戦友を簡単に見捨てられないしさ」
「今でも、そうやって言っているのは、太一兄ぃだけだからね?」
冷ややかな目線で俺を見る穂之香。……ダメだ、反抗できん。(事実しか、言っていないので)
その状態のまま、数秒が流れると
「うぇー。やっと終わった……ってあれ? 姉ちゃんいつの間に帰ってきてたの……」
弱々しく声を出しフラフラと二階から降りてきた和輝が居た。
……見ないうちに、痩せてないか?
「和輝。どぅ? 勉強進んだ?」
「はぅぁ!? ま、まさか、今、たった今、終わらせた理科の課題の苦労が、お分かりにならないのですか!!」
あー、そうだった。和輝の奴、理科苦手だった。それも、俺が社会で発狂しそうになった程に……な。
「ハァ……アンタって本当に独学突進しやすいわね。太一兄ぃにも聞いてみれば良かったじゃない」
あの、穂之香さん? それ、現在進行形ですっごくマズイんですけど……
「………兄さんにだけは、聞きたくない。今、勝負中だし」
「勝負?」
「兄さんにダイバー取り上げられた……」
目の仇とばかりに俺をにらみつける和輝。
いやいや、一日近く仮想世界に潜っていたのは、どっちですか? 俺は、間違った事は言っていない……よな?
「そりゃ、一日近くも潜っていたお前が悪いだろ。学生の身分で長期ダイブしすぎだ」
「……あのー、太一兄さん?」
「あ? 何?」
俺は、この時、即座に脳内の回路を切り替えた。穂之香が、俺の事を真面目に『兄さん』って呼ぶ時は、何か良からぬ事が始まる前触れが多いからだ。
あ、後真剣に話したい時もだ……。
「わたしも、さぁー…その、深夜帯までLCOにダイブしてたのよ。そう言ったら……怒る?」
「よし、じゃぁ、まず最初に、お前がもらってきたダイバーを俺の前に出せ。話はそれからだ」
お前もかぁぁぁぁっっっっ!? どうして、この家には、廃人と平気な顔して廃人クラスの事をやる奴しか居ないのだろうか。 俺のプレイ制限は解除されてないですからね。
若干、その言葉で頭がグラッと来た俺だが、最後にこの姉弟にこう叫んだ。
「オマエラ二人とも、真面目に勉強しろぉぉぉぉ!!!」
今ゲームが出来ない俺にとって、これが、現在口に出来る唯一の言葉であった。