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牛と氷  作者: 遠野雪人
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第4話 メール




 分厚いカーテン越しに、暗い部屋の中に薄い光が射し込んでいる。夜明けを知らせるその光が少しずつ天井を照らし出す過程を、俺はベッドの上で仰向けに寝転がってぼうっと眺めていた。


 結局、一睡も出来なかった。

 部屋を暗くしてベッドに寝転がって、堅く目を閉じていても一向に眠気が襲ってこない。否、眠気が来たところで恐らく眠りにつくことはなかっただろう。瞼の裏に浮かぶ凍空の視線、脳裏に響く凍空の言葉がもたらす痛みは眠気を打ち消してあまりある。


 凍空はあれから、どうなっただろうか。

 無事に帰ることが出来たのだろうか。怪我など負っていないだろうか。

 無事を祈る一方で、最悪の事態を想像してしまう自分が怨めしかった。俺の言葉──あの予言は絶対だ。近日中に、凍空に必ず禍が降りかかる。

 それが今日なのか、それとも別の日なのかはわからない。今まで予言をしてきた中で、そこまで読めたことは未だかつて一度もない。


 ──あぁ、信じてくれるわけがない。


 何度も、何度もこういうことがあった。友人──勿論、過去のだが──を、知り合いを、時には顔を合わせたことすらない道端ですれ違っただけの赤の他人でさえも。どんな関係であろうと、視えた人物には誰一人として例外なく神仏からの託宣じみたそれを告げてきた。


 そしてそのたびに、奇異なものでも見るかのような視線が突き刺さる。罵倒してきた人もいれば、暴行してきた人もいた。

 それは至極当然のことで、だからこそ理不尽で。

 俺のことを信じてくれた人は、俺が覚えている限りでは片手で数えられる程度。その何十倍もの数の予言をしてきたにも関わらず、だ。


 だからこそ、信じてくれるわけがない。

 数々の経験が、記憶が。お前の言葉を信じる者などいないと、信じられるわけがないと囁いている。

 そしてそれは本当のことだ。現に凍空は俺の言葉を信じてくれなかった。少ししか話したことがなかったから無理もないとはいえあの一件の後に、そしてあんな反応をされた後に普段通りに接してくるようなことがあるはずがない。もう、話すこともないだろう。彼女の行く末は気になるが、あそこまで拒絶されてはどうしようもない。俺には彼女が無事であるように、彼女が言っていた対策とやらが上手くいくように祈ることしか出来なかった。


 その事実が、胸の奥を深く深く抉って、どうしようもなく痛かった。




 その音が鳴り響いたのは、凍空を予言した日から丁度一日が経過した、朝日が昇り始めた早朝のことだった。


 枕元の布団を揺るがす振動音に瞼を開く。

 瞼は閉じていたが、昨日と同じく寝られなかった。眠気が来ないとはいえ、二日連続徹夜となれば流石に身体としてはこたえるものがあるらしく、先程から妙に頭が痛い。

 鼓動に合わせて広がる頭痛に顔をしかめながら携帯を手にとった。


 ぼやけた視界にサブディスプレイの光が映り込む。画面に映っているのは、封筒のマークと十一桁の番号。

 名前が出ていないということは他人からのものか。最も、俺が登録している面子など家族と紫くらいのものだけれど。


 訝しげに眉をひそめつつ携帯のフリップを開き、画面を操作してメールを開いた。


『凍空です』


 そのたった四文字の件名に、瞳を奪われた。


「凍空……!?」


 思わず声が口を衝いて飛び出した。

 胡乱な頭が明瞭になり、意識が瞬時に透き通る。飛び起きた心臓が鼓動とともにその衝撃を全身に伝えていた。


『一応言っておきますが、本物です。本人です。ソッチ系の人でもチェーンメールでも死人でもありませんのでご安心を。番号は勝手だとは思いましたが調べさせていただきました。自分、そういうの得意なもので』


 どうやって調べたんだ、と呆れ半分驚き半分の思考が脳裏を過ぎるが、しかし今はそんなことを気にしている余裕はない。

 俺は今時の少女にしては珍しい、顔文字も絵文字も使っていないその淡白な文章を読み進める。


『それでは前置きはこの辺にして。如月さん、話したいことがありますので、今日の午後に公園に来ていただけないでしょうか。学園の寮の近くにある、動物を模った遊具が色々な意味で評判の、あの公園です。時刻は午後五時でお願いします』


 凍空の言うところの公園をすぐさま思い浮かべ、頷く。

 そこは自宅から近いこともあって、この近くに住んでいる紫と昔から良く遊びに行っていたから、どんな公園かもどう行けばいいのかも覚えている。迷うことはないだろう。


 それにしても、と俺は小さく首を傾げる。

 話したいことがあるのなら、直に会わずとも電話でもいいのではないだろうかと。否、そうした方が凍空の場合とても自然だ。

 何故なら今は六月であり、空気はじんわりとした湿気と熱気を孕んでいる。幾ら夕方とはいえ、あれほど暑さを嫌っていた凍空がまだ日の出ている時間帯に会いたいというのは何故なのだろう、と。最も、日が沈んだ時間帯に会いたいというのもそれはそれで問題があるだろうが。


 あるいは。それほどまでに――暑いのが駄目な凍空が、暑い外に出てまで俺と直に会って話したいと思えるほどにそれは大事な話なのだろうか。


『いえ、本当はもっと夜遅くにしたかったんですけどね。深夜二時とか、朝の五時とか。もしくは、寮の私の部屋まで来てもらうとか。ただ前者はともかく、後者は規則で止められてまして。それに前者も職質とかされたら困りますしね。まぁそんなわけで、甚だ不快ではありますがこのような時間帯となったわけですよ』


 文章の所々に、コンビニで微かに垣間見た凍空の性格、その匂いを感じる。どうやらこれは凍空本人のもののようだ。確たる証拠はないけれど、奇妙な確信がある。


『都合が悪いようでしたら返信してください。その場合は学校で話しますので。それでは、宜しくお願いします』


 凍空のメールを読み終えて、携帯を閉じる。サブディスプレイに映るデジタル時計をぼんやりと眺めたまま、一つ、小さなため息を漏らした。


 話したいことがある。凍空はそう言った。そして、今日が駄目なら明日学校で話すとも。

 それはつまりどうしても俺に伝えておきたい、もしくは言っておきたい何かがあるということであり、それは恐らく予言に関わるものだろう。

 何も起きていないと、俺を嘘吐きと罵るつもりなのか。あるいは本当に起きたから、やり場のない怒りを俺にぶつけるつもりなのか。


 前者であってほしい、と思う。けれどその一方で、何かが起きたに違いないと確信している俺もいた。

 そうでなければこのタイミングで俺を呼び出すことはありえない。襲われていないなら何も今日呼び出さずとも、同じクラスである以上確実に顔を合わせることになる学校で話せばいいからだ。


 何を言われるのか、どんな顔をされるのかと想像するだけで胃がきりきりと痛むようだ。けれどあんなことを言ってしまった以上逃げるわけにはいかず、そして向こうも見逃すつもりはないらしい。

 ため息交じりに今日の予定を思い浮かべる。そうして特に何もないことを確認した上で、俺は新たに登録した番号宛てに『了解』と短い返事を返したのだった。




 この話もちょっとした伏線回。

 まぁこの作品の伏線はどちらかというと自己満足の側面が強い気もしますので伏線と言うのもちょっと違うかもしれません。

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