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臆病な僕  作者: 緋色
7/8

第七話 僕の胸に残るもの

 

 もう、勘弁して。


「おーい、樹ちゃーん。こっち向いてぇぇ!おーい、おーい。無視したって無駄だぞぉぉぉ。俺は叫び続けるぞぉぉぉ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・あっ、退院おめでとうございます」

 思い出したようにお決まりの文句を言う看護師さん。

 その笑顔が微妙に引き攣ってしまっているのは仕方がないだろう。この場にいる先生方や、僕と母親の表情もかなり微妙なもんだ。いや、違った。母親はなぜかニヤニヤと僕を見ている。その笑顔の意味など考えたくもないのでもちろん無視。

 その後、儀礼どおりに挨拶を交わし、お辞儀する先生方。

「それじゃあ、お大事に」

「悩みごとがあったら我慢せずに、いつでも連絡してくれ」

「はい。本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

 それに応対して僕と母もぺこりとお辞儀する。

「連絡してねっ!携帯にアドレスと電話番号が入っているからねっ!毎日君のあらぬ姿を想像して待っているよぉぉぉぉぉぉぉ」

「・・・・・・」

 とりあえず二階の窓から騒ぐ馬鹿をどうにかしてくださいと初めて僕は神に祈る。しかし、その願いは無情にも叶えられることはなかった。ああ、もう本当に面倒臭い。

 自分の顔が赤くなっていると自覚できる。顔が熱い。それを必死で抑えて僕はその場を離脱することを決意した。体の向きを変え、駐車場へと足を運び、母の乗ってきた車へと急ぐ。母はまた先生方にお礼を言いうと僕の後についてきた。どうでもいいが、その含み笑いを僕に向けないで欲しい。

「へぇー。ふーん。ほぉー」

「・・・・何?」

 ギロッと母を睨むも、母は何所吹く風のご様子。早足で歩く僕に負けない速度で僕の後を追ってくる。

「うーん。うちの樹はこれから女の子として生きていくのだけど、大丈夫かしら・・・と、悩んでいた私が馬鹿馬鹿しくなっちゃったわね。どうもこりゃ失礼しました。カッコイイ男の子だったじゃない。まあ、少し馬鹿っぽいけど」

「馬鹿っぽいじゃなくて、馬鹿。それに別に恭一は関係ないよ」

「恭一君っていうんだ、あの男の子。でも、下の名前で呼ぶなんて。もう、いつの間にそこまで仲良くなったの?」

「・・・・それは、あいつが下の名前で呼べってうるさいから」

 一日中、念仏のように唱えてきやがったのだ。危うくノイローゼになってしまうとこだった。病院に入って病気になるなど洒落にもならない。

「ま、いいけどね。あっ、車ここよ」

 母が指差す方向に確かに車はあった。見慣れた渋い緑色のレガシー。結構な中古であるが、母の話ではまだまだ頑張ってくれないと困るらしい。もう十分なほどに働かされたと思うのだが、まだ酷使され続けられるのかと思うと少し不憫だ。いや、使われているのだから本望なのかな。

 そんな不毛なことを考えながら僕はそのレガシーの後部座席へと乗り込む。母もすぐに運転座席へと乗り込んだ。

「でもね、安心したっていうのは本当よ。ああいうお友達は大切にしなさいね」

 そして母は、サングラスを装着しながらそんなことを言う。

「わかっている」

 渋面になりながらも、僕はそう返事した。

 ふふっ。と笑う母は何だか実際の歳よりも若く見える。それにまた僕は何となく気恥ずかしさを感じて母から顔を逸らした。

 そして聞こえるエンジン音。

 揺れ動く中で、見慣れた病院は遠ざかっていく。もうあの馬鹿の声は聞こえなかったけど、なぜかあまり嬉しくない。あいつが騒がしかった分、余計なことを考えないでいれたのも確かだし、数少ない友達だと思えたのも確かだから。別に、他にそれで何かを思うわけでもないけれど。

 ズボンから携帯を取り出す。使い慣れてない携帯の電話帳を見てみれば、そこにはしっかりと『倉本恭一』の名前があった。なぜか見覚えない、『ボーイフレンド』のグループ名の中に。

 とりあえず『倉本恭一』を『友達』のグループ名に移動させてから僕は携帯を仕舞った。まあ、電話がかかってきたなら応対しないこともない。

 手術から一週間。

 僕にしてみればもう一ヶ月くらい経った気がするのだが、まだ一週間。クリスマスもお正月も病院で過ごすことになったが、冬休みはまだ終わっていない。一日くらいは暇になることもあるだろう。



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