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臆病な僕  作者: 緋色
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第五話 過去の僕と決められた日

 仮性半陰陽。

 それが僕の症状とか体質とか病気とか、そんなものらしい。

 男でありながら女であり、女でありながら男である。僕の場合、遺伝子学的に女の子であったけれど、股間に余計なものが付いていたため間違われたらしい。それでも、見た目が女の子のような(これは半陰陽とは関係なかったらしいが)僕は、今まで男として生きてきた。

 変わってしまったのは中学一年生の頃。くそ暑い日ざしの下、体育の時間に外でサッカーなんてものをやらされていたとき、それは起こった。


 暑さと面倒臭さにやられた僕は、みんながはしゃぐグラウンドの隅の木陰で休んでいた。元々そんなに体が丈夫であったわけでもなかったし、その日は気温が三十五度もあったおかげで先生には仮病がばれずにすんだのだ。いや、本当に仮病であったわけでもない。その日は朝からお腹が痛かった。でも、ただ、それだけのこと。体育を休むほどのものでもなかったから、結局は仮病か、とそのときはそう思っていた。

 確かにそう思っていた。

 しかし、変化は何事においても突然だ。いや、それでもこの変化には予兆があった。あったのだけど、それに気付かなかった。だから僕にしてみればやはり突然であったし、その変貌は驚かずにはいられないものだった。

 そのときに。木陰に座りながらぼーっと空を眺めているときに。

 僕は何気なく。何かを意図したわけでもなく。視線を足元へと落とした。ただ顔を上げるのが疲れたとかそんな理由で。

 けれど、そこで僕は信じられないものを見た。目を見開き、呆然となってしまっていた。頭が真っ白になって、しばらく呆けて、そしてようやく落ち着いた――ふりをした。とりあえず 辺りを窺い、木の陰に隠れる。そこで体操服のズボンを脱いで確認した。

 滑らかに、淫猥に、紅い雫が僕の足を伝っていた。その液体は僕の意識をそこに向けさせるのに十分で、僕を恐怖させるのにも十分で、とにかく落ち着けと僕は自分に言い聞かせる。

先生がこちらを見ている様子はない。授業している生徒に檄を飛ばしていたりする。サッカーに夢中になっている生徒も僕に気付くはずがない。大丈夫なのだから、落ち着けと。

 僕は常備しているティッシュを取り出して、綺麗にその赤い液体を拭う。地面に落とさないように綺麗に綺麗に、拭う。その後すぐにズボンを履き、何事もなかったかのように木から身を出した。ただ、額を垂れる汗と吐き気が次第に僕を襲い始め、顔を顰めるのを隠し切れない。暑さのせいだと自分に言い聞かせ、先生が生徒達から離れた機会を狙って、僕は先生の下へと歩き出した。ゆっくりと。

「・・・・すみません。具合が悪いので、保健室に行っていいですか?我慢できそうにないんです」

「うん?ああ、本当に悪そうだな。大丈夫か?すごい顔色しているぞ」

 ははっ、と快活に笑うその先生に僕は笑顔を返せなかった。ただ、押し黙る。それに先生も顔を引き締まらせた。

「・・・・つらそうだな?先生も付いていこうか。日射病を甘く見ていたらいけないぞ。人が死ぬこともあるんだからな。本当にダメなら早退も許可するが」

「一人で歩けるぐらいには大丈夫です。ただ、早退の方はお願いします。どうも今日はもちそうにないですから」

 今日、他の授業を受けるなんてとてもではないが、無理だ。

 先生は「わかった」と頷き、「後で担任に俺から言っておく」と言って僕の肩を叩いた。何となく僻事を隠しているような気分になり、申し訳ない。いや、実際隠しているのだけど。ただそのことはあまり深く考えず、御礼を言ってすぐに僕は教室まで向かった。保健室に行く必要はないようなので、さっさと家へ帰ろう。

 家へと帰って・・・・どうしたらいい?


 結局その後、僕は悩みに悩んだ末に両親に事実を告げた。何か悪い病気だと思うと恐かったのだ。もしかしたら死ぬんじゃないかとも考えた。あと、もう一つのことも考えた。そのもう一つ現実を知っている僕は、そのことを考えずにはいられなかった。両親もそれが気がかりだったようですぐに病院に連れて行かされた。

 静謐な空気を漂わせる病院の待合室で、僕はしきりに悩み、考え、苦悩という苦悩を味わい、そして面倒になって考えるのを止めた。何か全てが面倒臭くなった。

 そして僕の名を呼ぶ声。

 歩かされる長く静かで厳かな廊下。

 開けられる白い部屋。

 そこにいる医師と看護師。

 診察。


 そこで、僕は女となった。



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