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臆病な僕  作者: 緋色
1/8

第一話 過去の僕と過去の怪物

 小さいとき。


 自分の年齢の意味なんてわからずに、ただ指を折って歳を数えていた頃。

 『幼稚園』という場所で他人の存在を初めて知った頃。


 僕は――いや、正確には僕たちなのだが――幼稚園のとある先生に、とある質問をされた。 それはごく普通の質問でそれはごく平凡な質問でそれはごく当然の質問であったけれど、僕にとってそれは奇妙で奇異で奇怪で不可思議なものだった。

 まるで、太陽の昇った空が暗く染まっているように。

 夜空に上る月が一つではないように。

 何かが可笑しく、何かが外れて、何かが違う。

 そこで感じたのは途方もない疎外感。

 そして隔絶たる違和感。

 そんな言葉が相応しかったように思う。


 その先生の顔は、どんなに記憶の底を浚っても思い出すことができない。脳髄の奥底まで眼を凝らし、夢の世界で時を遡ろうとも、薄暗く塗りつぶされたようにしか見ることができないのだ。しかし、それも当然といえば当然。もう十年も前の話だ。克明に覚えていられるほうが異常。いや、それは言い過ぎだった。

 ともかく、僕はその先生の顔を覚えていない。だけど、その先生の声だけはしっかりと覚えている。鈴がなるような声、というわけでもなく、凛と張ったような声、というわけでもない。ややソプラノ気味のアルト。きっと大学を出たばかりなのだろうと推測できるような、若いと感じられる声。女性特有であり、子供に語りかけるような甘い口調。どこにでもありふれた声であり、けれど確実に区分できるその声。今でもきっと聞き分けることができると思う。

 先生は――顔を黒く塗りつぶされた先生は、前かがみになって小さな僕とその目線を合わせる。やや掠れたピンクの唇を動かして、そこから言葉という音を紡ぎ出した。


 そして『質問』を僕にする。


「樹ちゃんの好きな色はなんですか?」


 僕は口を開かなかった。答えられなかったから。

 先生はさらに続ける。


「樹ちゃんの好きな食べ物はなんですか?」


 僕は首を傾げた。その音が意味することを理解できなかったから。

 先生はさらに続ける。


「樹ちゃんの好きな人は誰ですか?」


 僕は眼をパチクリと瞬かせた。そこにいる人が僕とはまったく異質な『もの』なのだと気がついて。

 先生は辛抱強くじっと答えを待ったが、ついには諦めたように腰を伸ばした。そして僕の隣にいる女の子に顔を向け、塗りつぶされた黒い顔で、それでも笑顔を作っていると予測させるように口角を持ち上げると、僕と同じ『質問』をその子にした。

「久美ちゃんの好きな色はなんですか?」

「あかっ!」

 女の子は手を上げながら元気よく答えた。

 その返事に顔の見えない先生は口角をさらに持ち上げる。

「久美ちゃんの好きな食べ物はナンデスカ?」

「エビフライ!」

 女の子は手を上げながら元気よく答えた。

 その返事に顔の見えない先生は口角をさらに持ち上げる。

「久美チャンノ好キナ人ハ誰デスカ?」

「パパとママ!」

 女の子は手を上げながら元気よく答えた。

 その返事に顔の見えない得体の知れない先生は口角をさらに持ち上げ、僕の方へと振り向いた。その顔はやはりわからない。やはり見ることは適わない。黒く塗りつぶされたように消されている。でもきっとその顔は笑顔で。


 でも、きっと、僕はその顔を見て恐怖した。


 理由なんてわからずに、理由なんて求めずに、理由なんて答えずに。ただただこれは恐いものだと理解した。

「樹チャンノ好キナ色は何デスカ?」

 その怪物は口を開き、先ほどと同じ質問を繰り返す。気付けば、僕や隣の女の子と一緒に一列に並んでいた子供たちはみんな、僕の方を見ている。隣の女の子も僕を見ていた。興味に輝かすその眼に邪悪な色などなかったが、しかし、けれど、だからこそ、僕はやはり恐怖した。

 震えながら、しかし、涙を流すことはなく僕は、口を開く。

 喉が渇いた。

 何かこの喉を潤おすものが欲しかった。

 何かこの場を潤おすものが欲しかった。

 けれど、都合の良いものなどなく、都合の良いヒーローも現れることはない。観念したように、諦観するように、救いを求めて、僕は喉を震わせる。

「あか」

 とだけ。



今連載しているのが終わっていないのに、違う作品を書き上げてしまいました・・・・。

今回はコメディーではなく、割とシリアスに、ほのぼのに、でもやっぱり少しコメディーも入っていきます。すいません。わけがわかりません。でも、そういうものですので、読んでくださると嬉しいです。

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