第1話
気が付くとあたしは病院に居た。
周囲には誰も居なくて真っ白な病室がやけに寒々しく感じる。
ベッドの上半身側が背もたれ状になっていて、あたしはソファーに深く座っているかのよう。
足元の鉄柵には「シマダユウキ様」とあたしの名前がネームプレートに書かれている。
あたしは病院着を着せられていて、手足にはぐるぐると包帯が巻かれていた。
手足をゆっくり動かすと焼け付くような痛みが走り、思わず顔をしかめた。
そこではっと気が付く。
手足だけでなく、顔にも目のあたりだけを残して包帯が巻かれているようだ。
痛みを堪えて手をゆっくりと顔に持っていくと手足ほどではないが頬や額に軽い痛みがある。
一人で病室に居ることが怖くなり、「誰か居ませんか」と声を発しようとするが、喉からはひゅーひゅーと音がなるだけだった。
仕方なく周囲を見渡すと病室の窓は開けられ、この時期にしては涼しい風が病室の白いカーテンをゆらゆらと揺らしている。
あたしが寝ている間に置かれたものなのか白い小さな花瓶に大好きな百合の花が一輪だけ挿してあった。
何故あたしがこんな状態で病院にいるのか。
声を上げることも出来ない、動くことも叶わないあたしが今出来ることは順を追って今朝からの行動を思い出すことだけだった。
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今日はあたしが通っている高校の終業式で、明日から楽しい夏休みが始まるんだ。
あたしにしては珍しく、いつもより一時間以上早く目覚めて出勤前のパパと朝食を久し振りに食べたんだった。
「珍しいな、こんな時間に優希が起きてくるなんて」
欠伸をしながら制服の胸元のリボンを整え、ふらふらとダイニングに向かう。
「なんとなく起きちゃった。今日でしばらく学校も休みだから無意識に頑張っちゃったのかな」
びしっとしたスーツに身を包み、右手にコーヒー、左手に新聞を持ったパパの姿はあたしの密かな自慢だ。
今年で四十歳になるけど、若くて鼻筋もすっとしてるし、目もぱっちり二重。
あたしの顔の作りは全体的にママ似だけど、目元はパパ似であたしのチャームポイントだ。
友達もパパのことを見て「優希のパパ、超格好いいね」なんて言ってくれるぐらいだし。
「今日は雪でも降るのかしらね」
台所からママの軽口が聞こえてきたので、あたしは不機嫌ですと言わんばかりにどかりと自分の椅子に座った。
少し経つとママがあたしの大好物であるアイスココアを持ってきてくれたので自然に微笑んでしまうと「優希はココアで機嫌が良くなるから単純で助かるわ」とママも微笑む。
ママの発言にまたまた不機嫌ですと言わんばかりの脹れっ面をするが、アイスココアを一口飲むとすぐに微笑んでしまうあたし。
「単純は余計。でも本当にママの淹れてくれたココアって美味しいんだもん」
「淹れ方にコツがあるの。優希にも教えてあげるから、次は自分で作りなさいね」
「面倒だから嫌。ママに淹れてもらうもん」
こんなやりとりを見ていたパパは苦笑しながらあたしをたしなめる。
「ほらほら優希、トーストと目玉焼きが冷めちゃうぞ。さっさと食べてたまにはパパと同じ時間に家を出ようよ」
見た目の良いパパと並んで歩くのは小さな頃から好きだったので二つ返事で了承し、パパと短いデートを楽しむことにした。
「「行ってきまーす」」
家を出てすぐにパパは「一緒に家を出るのも記念だから」と言って写真を撮ろうとせがんできた。
最近買ったばかりのデジカメを試したいだけのくせに可愛いパパだなぁなんて思う。
パパとは最寄り駅近くの踏切まで一緒で、その道のりは十分程度。
その間の話題といえば、夏休みの予定やあたしの恋愛事情なんかも話した気がする。
でもあたしに彼氏がいることはパパには内緒にしている。
絶対にいい顔しないし。
実は夏休みに二つ年上でミュージシャンを目指している彼と二人で一泊旅行を企画しているのだ。
もちろんパパには嘘をついて、幼馴染で親友の佳奈と旅行に行くことにしている。
「相変わらず佳奈ちゃんと仲がいいんだね、あの子も大人っぽくなったんだろうなぁ」
何も知らないパパは能天気に夏晴れの空を見ながら微笑んでいる。
パパ、内緒にしてごめんね。
そうこうしている内に駅近くの踏切まで辿り着き、パパとの短いデートも終わりを迎える。
「じゃあパパ、お仕事頑張ってね」
満面の笑顔でパパをお見送りして学校へ向かおうとした時、あたしの携帯がぶるぶると震えた。
こんな時間に誰だろうと思いながら携帯を見ると知らないアドレスからのメール着信だった。
あれ・・・このあと何があったんだっけ・・・。
知らないアドレスからのメール以降の記憶が頭にモヤがかかってしまったかのように思い出せない。