5.急いでは事を仕損じます。
「ヒカル様!出てきて下さいませ!」
「ヒカル様!」
家の中からララァの呼ぶ声が聞こえる。
お昼を過ぎた麗らかな午後。日差しはやさしく絶好のお昼寝タイムであるのだ。
「お呼びですよ。ヒカル様」
と声を掛けてくれたのは執事のシャアド。
庭の手入れをしているシャアドを見つけ、珍しい花々を観察し香りを楽しみ、見た事もない虫にビックリしてみたり。心地よい風の中、今は木陰でお昼寝中。
シャアドはとても静かな人。
私より随分と年上のようなのだけど、仕事っぷりは年を感じさせない。
グレイの長髪を青い紐で束ね、私の為に(!)薬草を摘んでくれている。
確かに薬草を口にするようになってから体の調子が良い。もう、この世界に来てから5日が過ぎたけど子猫から成猫へと変化していく様子には自分でも驚いたし。(5日よ?普通は無理でしょ。ねぇ。やっぱり霊力持ってるのかな・・・はぁ)。
疲労回復のスコット、精神安定のレミント、胃腸を整えるココナト、等々。他にも有るんだけど多すぎて覚えられないよ。ってか、苦いんだよ!どれもこれも!
僅かに爽やかなハーブの香りがする。(タイムの香りだ)
「ヒカル」
突然大きな手に包まれる。
やっぱりまだ子猫なのかもしれないと思ってしまう。
「にゃ~ぁ」(フェイだぁ)
「元気になったな」久しぶりに見る笑顔が嬉しい。
でも始めてみるフェイの騎士姿にぼーっとしてしまい言葉に詰まる。黒のぴったりとしたズボンに脹脛までの黒い皮のブーツ、白いシャツに黒のベスト、羽織っているのは深青色の長めのジャケット、腰には長剣が収まっている。180を超える上背に広い背中、嫌味のように長い脚。めちゃくちゃかっくいいのだ!
(やっぱり異世界なのかな)
「後2日で戻る。それまでイタズラは程ほどにな。ララァが困っておるぞ」
「旦那様!ヒカル様は見つかりましたか!?」
「ああ。シャァドと一緒に薬草摘みをしておったぞ。」
(あんた、今何言いました?ララァの目がものすっご怖いんだけど!)
「今夜は薬草粥に致しましょう」ララァの口角が上がったぞ!目が笑って無いですよー!
「にゃう。。。」(ごめんなさい)
耳もしっぽも力なく垂れ下がった私を見て、フェイもララァもシャアドも笑っている。
何か いーな こーゆーの。
フェイは直ぐ仕事に戻って行った。様子を見に来ただけだったみたい。
私は部屋に戻され青い椅子の白いクッションの上で丸くなって寝ていたのだけど、ピンク色の夕焼けが気になって窓の上に飛び乗った。
遠い山の遥か向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。太陽が沈み見えなくなる頃には地平線一帯がピンク色に染まる。もっとゆっくり見ていたいのだけど瞬く間に空の闇に覆い尽くされてしまう。
私はあの世界に何かを残してきただろうか。
小さい頃から時々襲われる理由の無い孤独感。病気がちだったから友達と遊ぶ事も少なく一人で過ごす事が当たり前になっていた。だから孤独とはそんな物だと思っていた。それでも高校に通っていた頃は友人と寄り道をしたり、他愛も無いおしゃべりで楽しかったはずなのだけど。何時でも何処かに何かを忘れてきたような感覚が付き纏っていた。
私はあの世界に関わることが出来たのだろうか。
誰も答えてくれない疑問に自問自答を繰り返し、脳内エンドレスループ状態に陥ってしまった。窓の外をうーんうーん唸りながら睨んでいた私をララァが見つけ、「今夜はお肉のフルフル煮ですよ」とやさしく声を掛けてくれてました。薬草粥で悩んでいたと思ったらしい。フルフルとは桃とオレンジを合わせたような味のフルーツで、メロン位の大きさがあるんだけど中身は殆どが果汁オンリーなので、冷やして飲むか煮込み料理に使う事が多いらしい。めちゃめちゃジューシーで美味しくてお皿を綺麗に舐めてしまいたいくらいです。
美味しい料理を食べると嫌なことが嫌じゃなくなるよね。人生前向きじゃなきゃね。
片づけをしているララァの指に切り傷が有る。(珍しいな)そう思ったのでチロリと舐めってあげたら頭を撫でられた。
お腹が一杯になると必然眠くなります。
台所の椅子の上でうとうとしてたら、何やら玄関の方が騒がしい。
耳を全開にして様子を伺ってみる。(あの声は フェイ?)
「仕事は終わりだ!兄上の戯言に付き合っていられるか!」
大きな足音とバンと乱暴に開けられた台所の扉から姿を現したのはやっぱりフェイ。
「リィド様に事の詳細をお話しされていませんでしたからね。」
くつくつと笑いながらその後ろに続いて現れたのはフェイより大柄な焦げ茶色の髪の騎士。
(お?初めて見る人だ。騎士ナンバー2だね。1はフェイね。)
私をひょいっと抱き上げ、椅子に座りこんだフェイ。
「お前は何時になったら私に会いに来てくれるのだ。」
(へっ?)
そろそろ人に戻してあげないといけませんね。我慢も限界でしょうか。