暁に差す光
夜明け前の街は、まだ眠りの名残を引きずっていた。
石畳に残る夜露が、淡い光を反射している。
遠くでパンを焼く匂いが漂い、かすかな生活音が、ゆっくりと朝を呼び寄せていた。
リナは診療所の窓辺に立ち、白み始めた空を見上げていた。
森を越え、この街に辿り着いてから、まだ数日しか経っていない。
それでも、ここで過ごした時間は、不思議と長く、そして重みがあった。
「……朝、か」
小さく呟く声は、まだ眠たげで、それでも確かな覚悟を含んでいる。
この街には、救いを求める人が多すぎた。
怪我、病、原因不明の衰弱。
森とは違う、人の密集が生む問題が、静かに、しかし確実に広がっている。
背後で、足音がした。
カイだった。
「もう起きてたのか」
「うん。なんとなく」
言葉は少ない。
それでも、沈黙が気まずくならないのは、共に積み重ねてきた時間があるからだ。
診療所の扉が開くと同時に、朝が一気に流れ込んできた。
待っていたのは、数人の患者と、疲れた顔の家族たち。
リナは一瞬だけ深呼吸をしてから、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫。順番に診ますから」
その声に、張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
リナは気づいていない。
その一言が、どれほど多くの人の心を支えているかを。
治療は簡単ではなかった。
症状は似ているのに、原因が違う。
薬が効く者もいれば、逆に悪化する者もいる。
リナは、何度も考え、何度も迷い、それでも手を止めなかった。
聖女としてではなく、一人の医師として。
人を救いたいという、ただそれだけの想いで。
昼を過ぎた頃、街の奥から鐘の音が響いた。
それは祝福でも警告でもなく、ただ日常の合図のように鳴る。
リナはふと、窓の外を見る。
光が、街に差し込んでいた。
高い建物の影を縫うように、まっすぐに。
「……綺麗」
その光は、まるでこれから始まる日々を示すかのようだった。
困難も、痛みも、迷いもある。
それでも、この街で、また一歩進んでいく。
暁の光は、確かにここにあった。
静かに、確かに、新しい物語の始まりを照らして。




