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因縁

二時間ほどバスに揺られ、ウエストエンドに到着した。

受けた仕事は必ず達成する。

そのためには、あの記者の素性を調べるべきだと思い、この街にやってきた。

自分の顔の広さは申し分ないと自負している。普段は家での情報収集ばかりだが、捜査のため遠くへ出かけることはよくあるし、タバコ屋の店主であり"情報屋"も兼ねた友人もいるのだ。

「いつもの」といえば決まった料理を出してる店や、頼めば動いてくれる警察や弁護士の知り合いだっている。

もちろん記者もだ。

既に調べたことがある。


リアム・ウィリアムズ


(年齢は23歳で、身長は185㎝ほど。

血液型はO型、1935年の6月18日生まれでウェストエンド出身であり、現在はウェストミンスターに住んでいる。

大学生の妹が一人、母親が数年前に他界し父親とは縁を切っている…)

花屋の前のベンチに座って、昨晩書いたメモを小さな声で読み上げる。


自分でも、さも当たり前かのように他人の個人情報を調べ上げられるのは人としてどうなのかとは思うが、事件解決のため仕方ないと思うことにした。

実は案外、あの青年に好印象を持っていたりするのだ。

自分とどこか似ているから。

家族や過去に見切りをつけ、努力を惜しまず自分の足で立とうとしているところが。

昔からそうだった。自分と似ている人物に何故か好意を抱く。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。


…だが、まだこんな量の情報では信用するには足らない。

自分が用心深すぎて面倒くさい性格だということは自覚している。でもどうしても、他人を簡単に信用できないのだ。

記者のことを調べるのだから、記者の知り合いに話を聞こう。

席を立ち、R新聞社へ足を運んだ。



新聞社に着いた時、ちょうど受付の近くにその知り合いがいた。


「あぁ、クロウフォードさん!お久しぶりです。お元気でしたか?」


そういえば、前会ったのは三ヶ月前だっただろうか。こちらへ小走りでやって来た。相も変わらず元気そうで何よりだ。


「前も言ったが、私の名前は長いだろ。そこまでかしこまらずに、ルシアンでいいんだよ」


「いやぁ〜、でもですよ。"恩人"を名前呼びするだなんてそんな失礼なこと、僕にはできませんって」


恩人とは大袈裟な事をいう。私は依頼された事件を解決しただけ。当然のことなのだ。


「まあまあ、立ち話もアレですからね。座ってくださいよ」


言われるがまま案内され、すぐ左の方にあった白いソファに腰掛けた。


「貴方のような方がわざわざ僕に尋ねてくるだなんて、きっと大変なことでも起きたんだ。要件はなんですか?」


「また、変な気ぃ起こさないでくださいよ?」

彼は笑った。


Eric Smithエリック・スミス

お調子者で浮かれやすく、口数が多すぎるのも彼の癖なのだろう。変わらない。

私のことを恩人と言っている割には冗談や失礼な発言も多いような気がしなくもない。


「いいや、そんなに大事なわけではないんだが」


「リアム・ウィリアムズという名前に聞き覚えは?」


すると彼はあからさまに怪訝な顔でこちらを見た。


「…どうした?」


「あぁ…いいや、なんていうんですかね」


若干引き攣った笑みを浮かべながら、頭を抱えて考え込んでいる。


「因縁の相手ってやつかな」


因縁の相手…

少なくとも、二人にはなんらかの関係がある。エリックは情報収集にはうってつけの人物だ。


「…私が今日ここに来たのは、リアムという人物の素性を探り、情報を得るためだ。」


「君は彼と何か関係があるのか?」


エリックは目の前のコーヒーを一気に飲み干し、数回ため息をついた後、またさきほどのような元気な話し方に戻っていた。


「あまり詳しくは言えないんですけどね。色事。要は浮気ですよ」


「僕がバツ1なの知ってますよね」


浮気…

確かに、エリックには一度離婚歴があった。

結婚式にも呼ばれた記憶がある。予定があって行けず、結局嫁の方の顔すら把握できなかった。

離婚の理由などという非人道的な質問はできないので、口を謹んだ。


「あぁ…そういえば。離婚したって」


「はい。離婚したんです。その数日後、妻が事故死しました」


「は?」


事故死という強烈なワードを入れてきておいて尚、あまりにも唐突に、そして淡々と話されたので流石に驚きを隠せなかった。


「そんな、怒らないでくださいよ」


「僕がなぜか普通に話しているから驚いているんですよね。無理もないです」


変なところで勘の鋭さを発揮するのをいい加減やめて欲しいと思うと同時に、心の中に疑心が沸いた。

今回依頼され、調べている事件の被害者も離婚歴がある。そして、エリックと年齢や住んでいた地区が同じだ。

これには多少は疑うしかない。


「そもそも離婚の原因が妻の浮気だったんで、もう愛着とか未練とか、そういうの一切なくて」


「死んだって連絡が来ても、まるで知らない他人の死亡事故を報道するニュース番組みたいな感覚で」


エリックが事件の犯人だと思っているわけではない。だが、はっきりさせないといけない点がいくつかある。


「…君の妻、名前は何と言うんだ?」


「エディ・モースキーです」


間違いない。エディ婦人の夫はエリックだ。

モースキーというのはおそらく旧姓で、結婚してエリックの名字に変えたのだろう。

事故の時は離婚して数日しか経っていないのだから、報道時にスミスという名前で報道されてもさほどおかしくはない。

エディ婦人とエリックが夫婦なら、エディ婦人と恋人だったというリアムは浮気相手だろうか。

因縁の相手というのはそういうことか…?

そもそもリアムとエリックがどんな関係だったのかも調べなければ…


「あのー、ルシアンさん?」


メモ帳と睨めっこをしながらそれなりに長い時間考え込んでいたようで、エリックはかなり困ったような顔をしていた。

いつの間にか、普通より少し大きめなメモ帳には文字がびっしりと連なっていた。


「あぁ…申し訳ない」


「あはは、そうやってすぐ自分の世界に浸って考え込むところとか、変わってないんですね」


ニヤついた顔と喋り方のせいか、バカにされているような気がしたので、微妙に腹が立った。

ふいに時計を見てみると、ちょうど正午だった。


「あぁ、もうこんな時間」


「どうですか?一緒にお昼食べ行きます?」


徹夜した分も含め、今日は頭を使いすぎてもう疲れた。早く帰ってやる事済ませてさっさと休みたい…というのが本心であった。

「人に迷惑をかけないのなら己の欲の通りに従うのが良い」

…という言葉をどこかで見たことがある。


「いいや、今回は遠慮しておくよ。お誘いありがとう」


「それは残念です。次会った時また誘いますからね」


手を振りながらバス停の反対方向へ歩いていく姿を見て、私も手を振り返した。


朝はあんなに晴天だったのに、今の空にはやけに雲が多い気がする。


「まだ晴れだ」


帰りのバスの揺れが、何故だか心地良くて、気を抜いたらすぐに眠ってしまいそうだった。

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