見つける人
とある探偵の話です。
1958年 ロンドン
よく雨が降る、テムズ川沿いの港町
少し寂れた街の中に、深夜にも関わらず明かりがついた建物がある。
古びたレンガ造りの二階建てのビル。一階にはタバコ屋がある。
壁沿いの階段で二階に上がると、洒落た木製のドアの横には
「Lucian Crawford detective agency」(ルシアン・クロウフォード探偵事務所)
そう書いてあった。
呼び鈴を鳴らして、中の住人を待つ。
その瞬間、低い声と共に扉の開く音が響いた。微かなタバコの匂いが鼻を突く。
10秒も待たず出てきたのは、20代後半ほどの男性だった。
「寒かったでしょう。中へ」
連れられるがまま部屋に入り、深呼吸をする。
暖炉によってちょうどいい温度で温められた部屋、机に置いてある灰皿とタイプライター。
壁に貼られた新聞の切り抜き。
窓から見える大雨とは対照的に、暖かく心地いい気持ちになる。
「どうぞ、座ってください」
いつの間にやら、机の上には茶菓子と紅茶が用意されていた。
貧乏根性で、先程まで人の家をキョロキョロと見渡していた自分に、小っ恥ずかしくなった。
「ありがとうございます。申し訳ありません、こんな夜遅くに」
「いえ、構いませんよ。仕事柄、こういうことはよくあるのでね」
彼は足を組み直すと、こう言った。
「それで、用件は?」
「あぁ、そうでしたね」
私はバッグから一枚の資料と名刺を取り出した。
名刺を渡しながら言う。
「申し遅れました。私、Liam Williams (リアン・ウィリアムズ)と申します。」
彼は名刺を受け取ると、少し驚いたような顔をした。
「へえ、なるほど。記者ですか」
「はい、今回は少し前に起きた「eddie smith murder case」(エディ・スミス殺人事件)
の犯人について調べてほしく、私個人で依頼させていただいた次第です。」
すると彼は首を傾げた。
「あの事件は知っていますが、私が関与する暇もなく犯人は捕まって解決していませんでしたか?
「それは、今から説明します」
「…殺された女性、私のガールフレンドだったんです」
「知り合いに丁度その事件に関与していた警察官がいたもので、酔った勢いで話を聞けたんです」
「そうしたら、実は本当の犯人は見つかっていないんだって」
「だから、犯人を見つけて欲しくて依頼しました。お願いできますか?」
彼が何を考えているのか私にはわからない。
ああ見えて、この辺りではかなり知名度があるらしく、なんと事件解決率は八割…とかなんとか。
そんな大物に、こんな個人的な内容で依頼してもよかったのだろうか。
そして……それより怖いのが依頼料だ。
街中で見る張り紙なども、ただ名前と事務所の住所や連絡先が書いてあるだけだった。
自分は金銭面に余裕があるわけでも、さほど大層な物品を持っているわけでもない。
「わかりました。引き受けましょう」
迷いのない声。
随分とあっさりだ。
「あの、依頼料って?」
恐る恐る聞いてみる。
「事件が解決したあと決めます」
その大人びた声と顔に似合わず、彼はにやりと笑った。
それを見た私は、ただ苦笑いするしかできなかった。
記者は事務所を後にした。
一階のたばこ屋でタバコを買った後、公衆電話の横で火をつける。
リアン・ウィリアムズ…と言ったか。
随分若かった。多く見積もっても23歳程だろうか。
依頼された事件には、間違いなくあの記者が大きく関わるに違いないと踏んでいる。
まずは記者の素性についてよく知らなければ。
「真犯人…か」
タバコを灰皿に押し付け火を消した後、やってきたバスに乗り込み、私は市街地へ向かった。
さっきまでの土砂降りの雨が嘘のように、空は澄んだ水色であった。




