凋落の序曲
シーン1:不協和音
アルトが辺境の村で、人々の信頼を勝ち取り、穏やかな日々を送り始めた頃。
王都では、Sランクパーティー『竜の牙』の評判が、徐々に、しかし確実に陰りを見せ始めていた。
アルトを追放した当初、彼らはせいせいしたとさえ思っていた。
戦闘に参加しない雑用係がいなくなり、手柄も報酬も三人で山分けできる。これからは、もっと効率的に、もっと自由に活動できるはずだった。
だが、その楽観的な見通しは、すぐに崩れ去ることになる。
「おい、バルトロ。この肉、硬くて食えたもんじゃないぞ」
「仕方ないだろ、俺は料理人じゃないんだ」
野営地での食事は、ひどいものになった。アルトがいた頃は、いつでも温かく、栄養バランスの取れた絶品の料理が用意されていた。だが今は、半焼けの不味い干し肉をかじるのが精一杯だ。
「セリーナ、このポーション、質が悪いわね。傷の治りが遅いわ」
「文句があるなら、自分で作りなさいよ」
回復薬や武具の手入れも、全てがおろそかになった。アルトがいれば、常に最高品質のものが、最適なタイミングで供給されていた。だが、そんな便利な存在は、もうどこにもいない。
完璧な支援がなくなったことで、彼らのパフォーマンスは明らかに低下していた。
遠征に出れば、準備不足で些細なトラブルが頻発し、その度に、彼らは責任をなすりつけ合って口論を繰り広げた。
「そもそも、お前の索敵が甘いからだ!」
「あなたの突撃が早すぎるのがいけないんでしょ!」
かつては鉄壁を誇ったはずのパーティーの連携は、見る影もなくなっていた。
彼らはまだ、その全ての原因が、自分たちが見下し、追放した一人の男の不在にあるという、単純な事実に気づいていなかった。あるいは、無意識のうちに、その事実から目を背けていたのかもしれない。
シーン2:依頼の失敗
綻びは、やがてパーティーの根幹である、依頼の達成率にも影響を及ぼし始めた。
「依頼:ワイバーンの討伐」
Sランクパーティーである彼らにとっては、本来、朝飯前の依頼のはずだった。
だが、彼らは苦戦を強いられていた。
「くそっ、どこにいるんだ!?」
バルトロが、苛立たしげに空を睨む。
アルトがいれば、ワイバーンの巣の場所や行動パターンなど、とうの昔に特定できていただろう。だが、彼らには、そのための地道な情報収集能力が欠けていた。
ようやくワイバーンを発見し、戦闘に持ち込んでも、連携はバラバラだった。
「ガストン、もっと前に出ろ!」
「無茶を言うな! 装備の傷みが激しくて、これ以上は持たん!」
アルトがいれば、常に完璧にメンテナンスされていたガストンの大盾も、今や無数の傷が刻まれ、いつ壊れてもおかしくない状態だった。
結局、彼らはワイバーンに逃げられ、依頼は失敗に終わった。
冒険者ギルドに帰還した彼らを待っていたのは、ギルドマスターからの厳しい叱責だった。
「『竜の牙』ともあろう者たちが、ワイバーン一匹に手こずるとは。最近、たるんでいるんじゃないのか?」
「…申し訳ありません」
バルトロは、屈辱に顔を歪ませながら、頭を下げるしかなかった。
依頼の失敗は、その一度だけでは終わらなかった。
準備不足、連携ミス、情報不足。これまでアルトが全てをカバーしていた弱点が、次々と露呈し、彼らの評価は地に落ちていく。
Sランクパーティーという栄光の座も、今や風前の灯火だった。