開拓の第一歩
シーン1:神業の建築術
アルトがエルム村に住み始めて、数日が経った。
彼は村の外れにある、崩れかけた空き家を借り受け、そこを拠点として生活を始めた。
村人たちのアルトへの警戒心は、まだ完全には解けていなかった。ゴブリンを撃退してくれたことには感謝しているが、得体の知れない旅人であることに変わりはない。彼らは、アルトの様子を遠巻きに窺っているだけだった。
そんなある日、村で一番の年寄りであるエルザという老婆が、持病を悪化させて寝込んでしまった。
原因は、家の壁が崩れ、夜の冷たい隙間風が容赦なく吹き込んでくるからだった。
「アルトさん…なんとかなりませんか?」
リリアが、心配そうな顔でアルトに相談に来た。薬師である彼女は、エルザの身体を気遣っていた。
「僕にできることがあるなら」
アルトは、静かに頷くと、エルザの家へと向かった。
アルトは、崩れかけた土壁の前に立つと、周囲を見渡し、使えそうな木材や石を集め始めた。そして、おもむろにその壁に右手をかざす。
「——【自動機能】、家屋修復」
その瞬間、信じられない光景が、村人たちの目の前で繰り広げられた。
石や木材が、まるで生きているかのように自ら動き出し、崩れた壁の穴を寸分の狂いもなく塞いでいく。それだけではない。傷んでいた屋根は補強され、ガタついていた窓枠は寸分の狂いもなく修正され、さらには冷たい隙間風が入らないよう、壁の隙間が特殊な粘土で完全に密閉されていく。
わずか一時間足らずで、あの崩れかけのボロ家が、まるで新築のように頑丈で、見事な家に生まれ変わってしまったのだ。
「な…なんだ、今の…魔法か?」
「いや、詠唱はなかったぞ…」
「まるで…神の御業だ…」
一部始終を見ていた村人たちは、あまりの出来事に呆然と立ち尽くすしかなかった。
家の中から出てきたエルザ老婆は、自分の家が見違えるように綺麗になったことに驚き、涙を流してアルトに感謝した。
この一件をきっかけに、村人たちのアルトに対する態度は、明らかに変わり始めた。
警戒心は消え、代わりに尊敬と、そして少しばかりの畏怖の念が向けられるようになった。
アルトの持つ不思議な力が、この寂れた村に、初めて「変化」という名の風を吹き込んだ瞬間だった。
シーン2:豊穣の始まり
家屋修復の一件以来、村人たちは、様々なことをアルトに頼るようになった。
「アルトさん、うちの鍬が壊れちまって…」
「井戸の調子が悪いんだが、見てもらえないか?」
アルトは、嫌な顔一つせず、それらの依頼を淡々とこなしていった。
壊れた農具は【自動機能】で新品同様に修理し、枯れかけた井戸は、地下水脈を正確に突き止め、深く掘り直して再生させた。彼の「作業」は、常に完璧だった。
そんな中、アルトは、村の最も大きな問題点に気づいていた。
それは、慢性的な食料不足だ。
エルム村の畑は、長年の痩せた土地と知識不足により、作物がまともに育たない状態だった。
「このままでは、冬を越せない者も出てくる…」
危機感を覚えたアルトは、自ら動くことを決意した。
彼は村の男たちに協力を仰ぎ、荒れ果てた畑の再生に取り掛かる。
「——【自動機能】、土壌改良及び水路敷設」
アルトが畑に手をかざすと、再び神業が発動した。
固くなった土は、最適な柔らかさになるまで耕され、石ころや不要な根は自動で取り除かれる。森から集めてきた腐葉土が、最適な比率で土に混ぜ込まれていく。
さらに、近くの川から、畑の隅々まで効率的に水が行き渡るよう、緻密に計算された水路が、まるで巨大なミミズが地面を掘り進むかのように、瞬く間に完成してしまった。
「す…すげえ…」
「俺たちが何年もかけてやれなかったことを、たった一日で…」
協力していた村の男たちは、ただただ、その光景に圧倒されるばかりだった。
リリアも、その様子を興奮した面持ちで見守っていた。
「アルトさん、すごい! これなら、薬草園も作れるかもしれない!」
「ああ。日当たりの良い、一番良い場所に作ろう」
アルトは、リリアのために、特別な一画を用意し、様々な種類の薬草が育つための、最高の環境を整えた。
リリアは、子供のようにはしゃぎながら、薬草の種を植えていく。その横顔を見つめるアルトの口元には、いつの間にか、穏やかな笑みが浮かんでいた。
感謝されることの喜び。
誰かの役に立つことの充実感。
それは、アルトが『竜の牙』では、決して得ることのできなかった感情だった。
彼の心は、この辺境の地で、ゆっくりと、しかし確実に癒されていくのだった。