辺境の村と薬師の少女
シーン1:エルム村到着
ダンジョンを脱出し、険しい山道を越え、深い森を抜けて、アルトが旅を始めてから、すでに一ヶ月が経過していた。
そしてついに、彼は目的地であるエルムの森の入り口にたどり着いた。森の奥、地図に記されていた小さな集落を目指して、彼はさらに足を進める。
やがて、木々の間から、数軒の家々が見えてきた。
それが、エルム村だった。
しかし、アルトが目の当たりにしたのは、彼が想像していたような、穏やかな隠れ里の風景ではなかった。
家々は古びて所々が崩れかけ、畑は荒れ放題。村を歩く人々も、皆、痩せて疲弊した表情を浮かべている。まるで、世界から見捨てられ、ゆっくりと寂れていくのを待っているかのような、そんな活気のない村だった。
「…ひどいな」
アルトは思わず呟いた。
王都の喧騒とは、あまりにもかけ離れた光景。だが、彼は不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、この静かで、少し寂れた雰囲気に、安らぎすら感じていた。
村人たちは、見慣れない旅人であるアルトを、警戒した目で遠巻きに見ているだけだった。無理もない。こんな辺境の村に、好き好んでやってくる者など、そうはいないだろう。
アルトは、彼らに敵意がないことを示すように、ゆっくりと村の中心部へと歩いていった。
まずは、この村の長に挨拶し、しばらく滞在させてもらえないか交渉するつもりだった。
シーン2:リリアとの出会い
アルトが村の小さな広場にたどり着いた、その時だった。
「きゃあっ!」
可愛らしい悲鳴と共に、一人の少女が、村の入り口の方から駆け込んできた。手には薬草を入れた籠を持っているが、その顔は恐怖に青ざめている。
「どうしたんだ、リリア!」
「ゴブリンよ! 薬草を採りに出ていたら、森でゴブリンの群れに…!」
少女の言葉に、村人たちが騒然となる。
「またか!」
「このままじゃ、村の外に出ることすらできなくなるぞ…」
村の男たちが、錆びついた農具を手に、おそるおそる村の入り口へと向かう。だが、その足取りは頼りなく、明らかに戦い慣れていないことが見て取れた。
その様子を見ていたアルトは、静かに前に出た。
「——僕がやります」
「な、なんだ、あんたは?」
村人たちが、訝しげな目でアルトを見る。
だが、アルトはそれ以上何も言わず、ゴブリンたちが現れたという森の方へと一人で向かっていった。
数分後。
森の中から、数匹のゴブリンの断末魔が響き渡った。
村人たちが、恐る恐る森の入り口を覗くと、そこには、全てのゴブリンを一人で返り討ちにしたアルトが、何事もなかったかのように立っていた。彼が使ったのは、ダンジョンで自作した粗末な剣と、地形を利用した即席の罠だけだった。
「…大丈夫ですか?」
アルトは、先ほどの少女に歩み寄り、静かに尋ねた。
少女は、まだ少し怯えた様子だったが、アルトの穏やかな瞳を見て、こくりと頷いた。
「あ…ありがとう、ございます。私、リリアって言います。この村で、薬師を…」
「僕はアルト。旅の者です」
これが、アルトとリリアの出会いだった。
リリアは、村を救ってくれたアルトに、感謝と、そして少しばかりの興味を抱いていた。都会から来たにしては、どこか素朴で、不思議な雰囲気を持つ青年。
その夜、アルトは村長の家に招かれ、事情を話した。
冒険者をやめて、静かに暮らせる場所を探していること。もしよければ、この村に住まわせてもらえないか、と。
ゴブリンから村を救ってくれた恩もあり、村長はアルトの滞在を快く許可した。
こうして、アルトの辺境の村での新しい生活が、静かに幕を開けたのだった。