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無能の烙印

シーン1:バルトロの慢心


ダンジョンの最深部。


そこに待ち受けていたのは、このダンジョンの主、ミノタウロスキングだった。通常のミノタウロスの倍はあろうかという巨体に、禍々しい魔力を纏った巨大な戦斧バトルアックス。その咆哮だけで、洞窟全体がビリビリと震える。


「ようやくお出ましか。俺の新しい剣の錆にしてやるぜ!」


バルトロは、不敵な笑みを浮かべて剣を構えた。Sランクパーティーのリーダーであるという自負が、彼を過剰なまでに自信家にさせていた。


「待ってください、バルトロさん!」


アルトが、珍しく強い口調で制止した。


「あの個体は、通常のミノタウロスキングとは違う。角の色、筋肉の付き方…おそらく、一度暴走スタンピード状態に入ったら、手が付けられなくなる特殊個体です。まずは距離を取って、僕が罠を設置し、セリーナさんの魔法で削るべきです!」


【自動機能】が、過去の文献データと目の前の個体を照合し、瞬時に危険性を弾き出していた。アルトの分析は、常に正しい。これまでも、彼の警告がパーティーを何度も救ってきた。


だが、今のバルトロには、その冷静な忠告は届かなかった。


「——黙れ、雑用係」


バルトロは、吐き捨てるように言った。


「お前に何が分かる。戦いも知らない無能が、俺に指図するな」


「しかし…!」


「うるさい! 俺のやり方でやる。お前は黙って見てろ!」


バルトロはアルトの警告を完全に無視し、一人でミノタウロスキングへと突撃していった。あまりにも無謀で、あまりにも傲慢な判断だった。


「仕方ないわね…」


セリーナも、やれやれと肩をすくめるだけで、バルトロを止めようとはしない。ガストンも、ただ黙って盾を構えているだけだ。


彼らは、バルトロの強さに絶対の信頼を置いていた。そして、アルトの意見の価値を、全く理解していなかった。


バルトロの剣がミノタウロスキングに深手を負わせた、その時だった。


アルトの警告通り、敵の目が、カッと血のような赤色に染まった。


「グルオオオオオオオオッ!!」


暴走スタンピード


理性を失い、破壊衝動の塊と化したミノタウロスキングが、凄まじい勢いで戦斧を振り回す。その一撃は、大地を砕き、岩壁を抉るほどの破壊力を持っていた。


「なっ…!?」


バルトロは、そのあまりのパワーに完全に気圧され、防戦一方となる。


「くそっ、セリーナ! 援護しろ!」


「詠唱の時間が…!」


完全に連携が崩れたパーティーは、暴走したミノタウロスキングの前になすすべもなく、次々と傷を負っていく。このままでは、全滅すらあり得た。


シーン2:責任転嫁と追放宣告


「——【自動機能】、即席トラップ起動」


絶体絶命の状況で、アルトは冷静だった。


彼は密かに準備していたワイヤーと粘着性の液体をスキルで展開し、ミノタウロスキングの足元に即席の罠を作り出す。


一瞬、敵の動きが止まった。


その好機を、パーティーは見逃さなかった。体勢を立て直し、渾身の一撃を叩き込み、辛くもミノタウロスキングを討伐することに成功した。


「はぁ…はぁ…なんて奴だ…」


ボロボロになったバルトロは、肩で息をしながら、忌々しげにミノタウロスの死体を見下ろす。


彼のプライドは、この辛勝によって深く傷つけられていた。


そして、その怒りの矛先は、当然のように、最も弱い立場の者へと向けられた。


「——アルト」


バルトロが、低い声でアルトを呼んだ。


「お前のせいだ」


「…え?」


「お前のような無能がいるから、俺たちの連携が乱れたんだ! お前の報告が的確なら、俺はもっと上手くやれていた!」


あまりにも理不尽な責任転嫁。だが、バルトロは止まらない。


「そうだ…もう、うんざりなんだよ。お前のような、戦闘の役に立たない雑用係はな」


彼は、剣の切っ先をアルトに向けた。


「『竜の牙』は、本日をもって、お前を追放する」


その言葉に、アルトは息をのんだ。


「そん…な…」


「異論はあるか? セリーナ、ガストン」


バルトロが二人に問う。


セリーナは、冷たい笑みを浮かべて言った。


「賛成ですわ。正直、足手まといでしたもの」


ガストンは、何も言わなかった。だが、その沈黙は、肯定と同じ意味だった。


「…待ってください! 僕は、このパーティーのために…!」


「うるさい!」


バルトロは、アルトの胸ぐらを掴み上げた。


「お前の装備も、報酬も、全て没収だ。パーティーの備品だからな。文句はないだろう?」


そう言うと、彼はアルトが着ていた装備を乱暴に剥ぎ取り、金貨袋を奪い取った。


「じゃあな、無能。せいぜい、このダンジョンで魔物の餌にでもなるんだな」


『竜の牙』の三人は、丸裸同然のアルトに冷酷な視線を向けると、そのまま彼をダンジョンの最深部に置き去りにして、背を向けて去っていった。


一人、薄暗いダンジョンに残されたアルト。


仲間だと思っていた者たちからの、あまりにもむごい仕打ち。


彼の心は、深い絶望と、静かな怒りに包まれていた。

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