神の御業 VS 伝説の竜
シーン1:完璧な迎撃
エンシェントドラゴンが、侮蔑と怒りに満ちた咆哮を上げた。
神話の時代から、その一撃は山を砕き、大地を割ってきた。矮小な人間が築いた石の壁など、吐息一つで消し飛ばせる。
竜は大きく息を吸い込み、その喉の奥に、世界の全てを焼き尽くすほどの紅蓮の魔力を収束させた。
——終末のブレス。
次の瞬間、伝説の厄災が、一直線にアイギスへと向けて放たれた。
だが、アイギスは静かだった。
ブレスが放たれたのと寸分違わぬタイミングで、正門上部に設置された巨大なレンズが、収束させていた青白い光——高密度魔力光線——を射出する。
光と炎、二つの絶対的な力が、街と竜の中間地点で激突した。
音が消え、世界の色が失せるほどの閃光が弾ける。凄まじい衝撃波が周囲の大気を震わせ、空を覆っていた雲を吹き飛ばした。
やがて、光が収まった時、そこに立っていたのは——無傷の城塞都市アイギス。
アルトが設計し、古代のシステムが駆動させる主砲は、エンシェントドラゴンのブレスを、完璧に相殺してみせたのだ。
「……ッ!?」
初めて、エンシェントドラゴンの瞳に、驚愕の色が浮かんだ。
自らのブレスが破られたことなど、数千年の時を生きる中で、一度たりともなかった。
怒りに駆られた竜は、目標を物理的な破壊へと切り替え、巨大な身体で城壁へと突進する。
その動きに合わせ、城壁に設置された無数の魔力砲と連弩が一斉に火を噴いた。
一つ一つの威力は、竜の黒曜石の如き鱗を貫くには至らない。だが、その弾丸と矢は、まるで一つの意志を持っているかのように、竜の翼の関節、鱗の隙間、眼球といった、精密な弱点へと寸分の狂いもなく着弾していく。
それは、ダメージを与えるための攻撃ではない。敵の動きを阻害し、行動を制限するための、完璧に計算された「制圧射撃」だった。
「グオオオオオ!」
煩わしさに、竜が巨腕を振るい、城壁の一部を薙ぎ払う。
だが、その破壊された箇所に、即座に後方からゴーレムたちが駆けつけ、予備の建材を運び込み、超高速で修復作業を開始する。アルトの【自動機能】によって、街は攻撃を受けながら、リアルタイムで自己修復していくのだ。
シーン2:消耗戦の果て
エンシェントドラゴンは、生まれて初めて、底知れない不気味さを感じていた。
目の前の「要塞」は、生きている。攻撃をしても即座に再生し、反撃は的確にこちらの自由を奪っていく。無数のゴーレムは、倒しても倒しても、地面から無限に湧き出してくる。
それは、強大な一個の生物との戦いではなかった。決して疲弊することを知らない、巨大で無慈悲な「システム」との、終わりなき消耗戦だった。
一方、城壁の最上部で、アルトは静かに戦況を見つめていた。
彼は汗一つかいていない。ただ、膨大な情報——竜の動き、各兵装の稼働状況、魔力残量、修復の進捗——を【自動機能】によって処理し、最適な指示をシステムに与え続けているだけだ。
それは戦闘ではなく、複雑な機械を操作する「作業」に他ならなかった。
「グオオオ…!」
どれほどの時間が経っただろうか。
あれほどまでに誇っていたエンシェントドラゴンの動きに、明らかに疲労の色が見え始めていた。ブレスの威力は落ち、翼の動きも鈍い。無数の小さな傷からは、夥しい量の血が流れている。
伝説の竜は、そのプライドをズタズタにされながら、確実に消耗していた。
(——今だ)
アルトが、静かに最後の命令を下す。
その瞬間、ゴーレムたちの動きが変わった。彼らは攻撃をやめ、代わりに、地下から射出された巨大な鎖を次々と掴み取り、疲弊した竜の四肢と翼に絡みつけていく。
「な、にを…!?」
竜が抵抗しようとするが、もはやその力は残っていなかった。
そして、アイギスの主砲が、再び青白い光を収束させる。だが、その照準は、竜自身ではなかった。
——竜が立っている、その足元へと向けられていた。
主砲が放たれる。
轟音と共に、竜が立っていた地面そのものが崩落した。
それは、アルトがこの街を設計した際に、万が一のために用意していた最後の切り札——巨大な地下落とし穴だった。
バランスを崩し、鎖に絡め取られたエンシェントドラゴンは、なすすべもなく、その巨体を暗い奈落の底へと落としていった。
轟音と地響きが収まった後、戦場には静寂だけが残された。
英雄的な一撃必殺も、劇的な逆転劇もない。
ただ、システムが、計算通りに「害獣」を無力化した。それだけの、あまりにもあっけない幕切れだった。
街の誰もが、その信じがたい光景を前にして、言葉を失っていた。




