全自動迎撃要塞(フルオート・フォートレス)
シーン1:古のシステムとの共鳴
アイギスの正門、その城壁の最上部に、アルトは一人立っていた。
眼下には、パニックに陥りながらも、領主である彼の姿を見つけ、祈るように見上げる民衆の顔、顔、顔。
そして前方、遥か遠くの空では、黒い絶望の象徴——エンシェントドラゴンが、その巨大な翼を広げ、着実にこちらへと迫ってきていた。その巨体から放たれるプレッシャーだけで、大気がビリビリと震えている。
アルトは静かに城壁に埋め込まれた一つの石——都市全体の魔力循環を司る、要石——の前に立った。それは、かつて基礎工事の際に発見された、古代の金属プレートを加工したものだった。
彼はゆっくりと右手を上げ、その手のひらを要石にそっと触れる。
そして、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
彼のスキルが、地下深くに眠る、忘れ去られたシステムと共鳴するのを感じる。アイギスの土地は、ただの辺境ではなかった。遥か昔、高度な自動化文明が栄えた場所だったのだ。彼の【自動機能】は、その古代文明の遺産を再起動させるための、唯一の『鍵』だった。
(——【自動機能】、古代遺産制御システムに接続。最大出力にて起動)
心の中で、ただそれだけを命じる。
戦闘用の派手な詠唱も、大仰な魔法陣も存在しない。
直後。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
街全体が、まるで巨大な生き物のように、低い唸り声を上げて振動を始めた。
石畳の隙間から、青白い魔力の光が燐光のように漏れ出し、まるで巨大な回路図のように、都市の隅々まで光のラインが走っていく。アルトが日々、コツコツと「整備」し続けていた地下魔力供給路は、古代文明のエネルギーラインをなぞるように敷設されていたのだ。システムが、数千年の眠りから覚醒した瞬間だった。
シーン2:変貌する街
変化は、まず城壁から始まった。
人々が絶対の信頼を寄せていた、あの純白で美しい城壁の表面が、まるでからくりのように音を立てて分割し、スライドしていく。そして、その内側から現れたのは——。
「なっ…なんだ、あれは!?」
無数の、黒光りする砲門だった。
大小様々な魔力砲が、城壁のあらゆる箇所からその姿を現し、まるで巨大なハリネズミのように、空を睨む。
変化はそれだけではなかった。
城壁の上部に並んでいた胸壁が変形し、自動で魔力の矢を装填する連弩へと姿を変える。門の上部からは、巨大なレンズのようなものがせり出し、青白い光を収束させ始めた。
「壁が…壁が、兵器に…」
人々は、あまりの光景に言葉を失う。
彼らが安全の象徴だと思っていた城壁は、アルトの手によって、初めから巨大な迎撃兵器として「設計」されていたのだ。
そして、変貌は街の中心部へと波及する。
ゴゴゴッ!と、広場や大通りの石畳が、まるで巨大な扉のように次々と開いていく。
その地下からせり上がってきたのは、人間と同じくらいの大きさの、石と魔力で構成された無機質な人影。
——自動迎撃ゴーレム。
一体、また一体と、寸分の狂いもなく同じ姿をしたゴーレムたちが地上に現れ、整然と隊列を組んでいく。その数は、瞬く間に数百、そして千を超え、都市の防衛ラインを埋め尽くした。
住民も、兵士たちも、そしてリリアも、ただ呆然と、目の前で繰り広げられる神の御業のような光景を見上げていた。
(そうか…アルトが毎日やっていた『作業』は…)
道を整備し、水路を引き、壁を補修し、広場を拡張する。
彼が日々、黙々とこなしていた全ての「雑用」が、この瞬間のための布石だったことを、彼らはようやく理解した。
この街は、ただ人が住むための場所ではなかった。
創られたその瞬間から、愛する者たちをあらゆる脅威から守り抜くための、世界で最も堅牢な——全自動迎撃要塞だったのだ。
ダンジョンで見た、あの古代の壁画。描かれていた光景が、今、目の前で現実となっていた。
全ての変貌が完了した時、アルトは静かに要石から手を離した。
彼の背後には、天を衝くほどの武装を施した城塞都市と、無数のゴーレム軍団が、ただ主の命令を待っている。
空を見上げる。
エンシェントドラゴンは、もう目と鼻の先まで迫っていた。
だが、アルトは恐れなかった。
彼は、これから始まる出来事を『戦闘』だとは思っていない。
これは、彼の街に侵入しようとする、最大の『害獣』を駆除するための、完璧に計算され尽くした、ただの『作業』に過ぎなかった。




