Sランクパーティーの雑用係
シーン1:完璧な野営地
月明かりすら届かない深い森の奥、ぱちぱちと心地よい音を立てて燃える焚き火を囲み、三人の男女が談笑していた。
屈強な体躯に巨大な剣を携えたリーダーのバルトロ。
妖艶な雰囲気を纏い、強力な魔法を操る魔術師のセリーナ。
鉄壁の守りを誇る大盾を背負った、寡黙な重戦士のガストン。
彼らこそ、王都でもその名を知らぬ者はいない、Sランクパーティー『竜の牙』のメンバーだった。
「——それにしても、今日のオークキングは歯ごたえがなかったな」
バルトロが、豪快に肉を頬張りながら言った。彼のスキル【剛剣】は、希少ランクの中でも特に攻撃力に優れた、まさに英雄譚の主役が持つべき華々しい能力だ。
「あなたの剣技が冴え渡っていましたからね、バルトロ。一撃で首を刎ねるなんて、さすがですわ」
セリーナが、うっとりとバルトロに媚びるような視線を送る。
彼らの話題は、もっぱら自分たちの武勇伝だ。この世界では、神から与えられるスキルにランクが存在する。ありふれた『コモン』、優れた者が持つ『レア』、そして選ばれし者のみが発現する『ユニーク』。彼らは皆、『レア』以上のスキルを持つエリートだった。
パーティーには、もう一人、アルトという青年が所属していた。
彼は今、仲間たちの輪から少し離れた場所で、黙々と作業をこなしている。
彼が右手をそっと地面にかざすと、まるで意思を持っているかのように、地面が盛り上がり、水はけの良い溝が掘られ、雨風を完璧にしのげる快適な寝床が、瞬く間に四つ形成されていく。
次に、解体した魔物の肉に手をかざせば、最適な厚さにスライスされ、絶妙な火加減で串焼きにされていく。仲間たちが今しがた絶賛していた、あのジューシーな肉料理だ。
傷ついた武具に手をかざせば、目に見えないほどの微細な傷まで修復され、新品同様の輝きを取り戻す。
これが、アルトが持つスキル【自動機能】。
ギルドの公式記録では**『ランク測定不能』**。前例がなく、戦闘における直接的な効果が確認できないため、事実上『コモン』以下の出来損ないスキルとして扱われていた。
一度見聞きした「作業」を、魔力を消費するだけで完璧に自動実行できるという、唯一無二の能力。
野営地の設営、食事の準備、装備のメンテナンス、罠の設置と解除、索敵の補助、遠征ルートの策定——戦闘以外のあらゆる雑務を、彼はこのスキルで完璧にこなし、『竜の牙』の活動を根底から支えていた。
「おい、アルト。酒がなくなったぞ。早く持ってこい」
「食後の果物も忘れるなよ、気が利かないな」
仲間たちからの言葉は、いつも決まって命令か罵倒だけ。
「はい、ただいま」
アルトは表情を変えず、静かに立ち上がると、荷物の中から冷えたエールと瑞々しい果物を取り出し、彼らの前に差し出した。
「ちっ、相変わらず地味でつまらないスキルだな。誰にでもできる雑用しかできないなんて」
バルトロが、アルトを侮蔑の目で一瞥し、吐き捨てた。彼が幼い頃に命を救われた英雄は、輝く剣で魔物を一刀両断にする、偉大な戦士だった。彼にとって、力とはすなわち、派手な戦闘能力そのものだった。
その言葉に、アルトは何も言い返さない。いや、言い返せない。それが、このパーティーにおける彼の日常だったからだ。
(…別に、いいさ)
アルトは心の中で呟く。
(僕の役割は、みんなが最高のパフォーマンスを発揮できるように、全てを完璧に準備すること。感謝されなくたって、認められなくたって、それでいいんだ)
彼は自分にそう言い聞かせ、再び仲間たちの輪から離れ、夜の見張りの準備を始めるのだった。
彼の本当の価値に、まだ誰も気づいてはいなかった。彼自身でさえも。
シーン2:ダンジョン探索
翌日、『竜の牙』は高難度ダンジョン『奈落の口』の攻略に挑んでいた。
入り組んだ通路、巧妙に隠された罠、そして強力な魔物の数々。Sランクパーティーであっても、決して油断はできない場所だ。
「この先の通路、左右の壁から毒矢が飛んでくる可能性がある。床の石畳も、三番目と五番目は踏むと落とし穴だ」
アルトが、少し先を偵察してから戻り、淡々と報告した。
彼の【自動機能】は、一度経験した罠であれば、その構造と起動条件を完璧に記憶し、事前に察知することができるのだ。
「ちっ、面倒なことだ。ガストン、お前が盾で矢を防げ。俺とセリーナで魔物を叩く」
バルトロは、アルトの報告を当然のように聞き流し、力任せの作戦を指示した。
アルトの索敵補助がなければ、彼らはとっくに罠の餌食になっていただろう。だが、その事実に感謝する者は誰もいない。
戦闘が始まっても、アルトの支援は続く。
「バルトロさん、右後方からゴブリンメイジの詠唱反応! 火球が来ます!」
「セリーナさん、敵のガーゴイルは物理耐性が高い。雷系の魔法が有効です!」
【自動機能】で敵の行動パターンを分析し、最適な対処法を瞬時に味方に伝える。彼の的確な指示がなければ、パーティーは無駄な消耗を強いられ、時には命の危険にすら晒されていただろう。
戦闘そのものには参加しない。派手な剣技も、強力な魔法も、アルトは持っていない。
彼ができるのは、あくまで地味で目立たない支援だけ。
だから、彼の手柄が評価されることは、決してなかった。
「ふん、雑魚ばかりだな!」
最後のガーゴイルをバルトロが斬り伏せ、戦闘は終わった。
「アルト、お前も突っ立ってるだけじゃなくて、少しは戦ったらどうだ? 俺たちの足を引っ張るなよ」
バルトロは、まるでアルトが何もしていなかったかのように言い放つ。
(…まただ)
アルトは、ぐっと拳を握りしめた。
自分の貢献が認められないことには、もう慣れたはずだった。だが、心の奥底で何かがすり減っていくような感覚は、どうしても消せなかった。
それでも彼は、黙って頷き、魔物の素材を剥ぎ取る「作業」を開始するのだった。
パーティーが、彼の存在そのものによって成り立っているという、揺るぎない真実から目を背けながら。




