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とばっちり  作者: ナタデココ
9/15

修学旅行の「とばっちり」#6

城野さん目線です

清水寺への石段を登るたびに、心臓の鼓動が早くなっていく気がした。


(……暑い、というか、目立つ)


体操服の半袖から露出した腕に、夏の陽が容赦なく刺さっていた。観光客が多いせいか、視線も多く感じて、もう何度目かもわからないほど首をすくめてしまう。横には、同じく体操服姿の高木くんがいる。ぶかぶかの上着の肩がやや落ちていて、胸元の「保健室」の印字が、ときどき目に入る。


私たちの前を歩く富田さんと里村さん、そして山中っち。その後ろに葛城さんと彼女の班メンバー。自然と2つの班が合流して、今日の見学は合同行動になっていた。


たしか、、、昨日の夜に先生が言ってた。

「時間配分の都合で、二班ずつ行動しなさい」って。

でも、それ以上に、、

たぶん……山中っちと葛城さんが「連携委員」とかいう係だから、自然と一緒に回る流れになったんだろう。


2人が「連携委員」になってたことを知ったのはさっきだった。そんな2人が楽しそうに前を並んで歩いている姿を見るたびに、心がざわつく。


「ここ、めっちゃ有名なんだよ!清水の舞台! 昔の人は、ここから飛び降りる覚悟で……って、ことわざの由来なんだってさ!」


片岡くんが声を張って、得意げに説明していた。

富田さんが「知ってるし」とあしらいながら、笑っている。


(……なんか、みんな、普通に見えていいな)


私はちょっと俯きながら、視界の端で観光客たちの目線を感じていた。


「あの子たち、修学旅行かな?」

「体操服で観光?珍しいねぇ」


小さな声が聞こえるたび、耳が熱くなる。もちろん、悪意なんてないのかもしれない。でも、それが逆につらい。


(さっき…あんなふうに言い訳して……)


「高木くんが可哀想だから、合わせてあげたんだって」


里村さんのあの「助け舟」のおかげで、私はなんとか誤魔化せている。でも、そのせいで、今ではみんなにも、もちろん里村さんにも「高木くんのことが好きなんじゃないか」って思われてる。


すれ違った他の班の人が、ひそひそと「あ、体操服コンビお似合い」と言ってるのを聞いて、目が合ったふりをして視線を逸らした。高木くんは、そんな空気に気づいてるのか気づいてないのか、時折、私のほうをちらっと見てくる。


(なんか……すごく話しかけたそう)


でも私は、正面しか見ない。

私が体操服を着ている「ほんとうの理由」なんて、絶対に言えない。山中っちのために着た体操服。あの人に、気づいてほしくて。。。でも、前で歩いている2人はとてもいい雰囲気だった。


「葛城さんと山中、2人の写真撮ろっか?」

「え、ほんと? じゃあお願い!」


片岡くんがいい雰囲気の2人に気を利かせてそんなことを言う。満更でもない山中っちとにこにこ笑う葛城さん。


また、胸がきゅうってなった。

(なんか……つらいな)


「城野さん、なんか元気ない?」


富田さんが、横にやってきてそっとささやいた。


「えっ、そんなことないよ」


「そっか。でも、なんか気になるなら言ってね」


何もないわけがない。でも言えない。

そう思った瞬間、ふと足元を見てしまった。


白い靴下。ハーフパンツ。膝が出た体操服姿。

こんな格好で観光なんて、ほんとうに、どうかしてる。


でももう、後戻りはできない。


だって、、、

私、これしか持ってきてないんだもん。


私は涙目になって顔を伏せると、少しだけ高木くんの声が耳に入った。


「……あの、さ、城野さん……」


その声は、いつもよりも近くて、ちょっと緊張しているようだった。振り向いた瞬間、彼の目が私の体操服の裾あたりに一瞬だけ映った気がして、また耳が熱くなる。


「え、なに?」

「いや……あの、服装同じで……なんか……ちょっと、嬉しいなって」


彼ははにかんだように笑った。頬が赤い。

私は、慌てて前を向いた。


(……やめてよ、そういうの)


ちがうの。ほんとうに。

私は、、、山中っちのことが、ずっと前から……

でも、それを否定したら、せっかく助けてくれた里村さんの「演出」が、嘘になってしまう。

心の中が、くしゃくしゃにかき乱されたまま、私は黙って歩き続けた。


その後ろで、山中っちと葛城さんの笑い声が、やたらと響いていた。


「なあ、清水寺ってさ、恋のお守りあるんだってよ」

先頭を歩いていた山中っちが、葛城さんの方を向いて言った。

「なんか、目つぶって石から石まで歩くやつ。成功したら、恋が叶うみたいな?」

「え、それ超やりたいかも!」と葛城さんが笑うと、山中っちは少しだけ照れたような笑顔を浮かべた。


(……やっぱり、そっちなんだ)


胸の奥がズキッと痛んだ。

山中っちと葛城さんは、他校との交流のための「連携委員」ってやつで、前からちょくちょく話してたらしい。

私はそのこと、最近まで知らなかった。

知らなかったくせに、山中っちのことでいろいろ画策して、、、


その結果が、この姿。


(あーあ……)


観光客の視線もキツイ。

「え、小学生?体操服?」

「京都に体操服で来るの?」

そんなヒソヒソ話が、風に乗って耳に入ってくる。


「……ごめん、なんか、僕のせいで……」

隣で高木くんが、ぼそっとつぶやいた。


「え?」


「城野さんも、体操服になっちゃったんでしょ……その……やっぱり目立つし……」


(あっ……ちがっ……)


思わず否定しそうになったけど、喉の奥がつまって言葉にならなかった。

高木くんは、こっちを見ずに、真っ赤な顔でうつむいたまま歩いていた。


(……なんかもう……いろんな意味で、無理)


「ちょっと、先行こう」


私は早足で坂をのぼって、みんなから距離をとった。

でも、すぐに片岡くんが「おーい、城野ー、写真撮るぞー!」と呼びかけてくる。

「はいはい……」と返すけど、心のなかはぐちゃぐちゃだった。


シャッターの音が響くたびに、体操服が写っていく。

高木くんとの「お揃い」の姿も、一緒に。


これが、あとでSNSにでも上がったら……。

いや、学校のスライドショーで流されたら――。


(私、ほんとに終わる……)


――それでも。


ふと、遠くから山中っちの声がした。

「葛城、あの石、やってみよーぜ。俺、目つぶるから」


(あ……)


その姿は、まるで修学旅行のヒーローみたいだった。

自信満々で、明るくて、みんなを笑顔にできる人。


(……勝てるわけ、ないか……)


私の体操服は、だんだんと汗で背中に張りついてきた。それが、なんだか恥ずかしさと情けなさを、余計に際立たせてくる。


私と高木くんだけが、浮いていた。

この京都の清水の坂道で――。

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