修学旅行の「とばっちり」#6
城野さん目線です
清水寺への石段を登るたびに、心臓の鼓動が早くなっていく気がした。
(……暑い、というか、目立つ)
体操服の半袖から露出した腕に、夏の陽が容赦なく刺さっていた。観光客が多いせいか、視線も多く感じて、もう何度目かもわからないほど首をすくめてしまう。横には、同じく体操服姿の高木くんがいる。ぶかぶかの上着の肩がやや落ちていて、胸元の「保健室」の印字が、ときどき目に入る。
私たちの前を歩く富田さんと里村さん、そして山中っち。その後ろに葛城さんと彼女の班メンバー。自然と2つの班が合流して、今日の見学は合同行動になっていた。
たしか、、、昨日の夜に先生が言ってた。
「時間配分の都合で、二班ずつ行動しなさい」って。
でも、それ以上に、、
たぶん……山中っちと葛城さんが「連携委員」とかいう係だから、自然と一緒に回る流れになったんだろう。
2人が「連携委員」になってたことを知ったのはさっきだった。そんな2人が楽しそうに前を並んで歩いている姿を見るたびに、心がざわつく。
「ここ、めっちゃ有名なんだよ!清水の舞台! 昔の人は、ここから飛び降りる覚悟で……って、ことわざの由来なんだってさ!」
片岡くんが声を張って、得意げに説明していた。
富田さんが「知ってるし」とあしらいながら、笑っている。
(……なんか、みんな、普通に見えていいな)
私はちょっと俯きながら、視界の端で観光客たちの目線を感じていた。
「あの子たち、修学旅行かな?」
「体操服で観光?珍しいねぇ」
小さな声が聞こえるたび、耳が熱くなる。もちろん、悪意なんてないのかもしれない。でも、それが逆につらい。
(さっき…あんなふうに言い訳して……)
「高木くんが可哀想だから、合わせてあげたんだって」
里村さんのあの「助け舟」のおかげで、私はなんとか誤魔化せている。でも、そのせいで、今ではみんなにも、もちろん里村さんにも「高木くんのことが好きなんじゃないか」って思われてる。
すれ違った他の班の人が、ひそひそと「あ、体操服コンビお似合い」と言ってるのを聞いて、目が合ったふりをして視線を逸らした。高木くんは、そんな空気に気づいてるのか気づいてないのか、時折、私のほうをちらっと見てくる。
(なんか……すごく話しかけたそう)
でも私は、正面しか見ない。
私が体操服を着ている「ほんとうの理由」なんて、絶対に言えない。山中っちのために着た体操服。あの人に、気づいてほしくて。。。でも、前で歩いている2人はとてもいい雰囲気だった。
「葛城さんと山中、2人の写真撮ろっか?」
「え、ほんと? じゃあお願い!」
片岡くんがいい雰囲気の2人に気を利かせてそんなことを言う。満更でもない山中っちとにこにこ笑う葛城さん。
また、胸がきゅうってなった。
(なんか……つらいな)
「城野さん、なんか元気ない?」
富田さんが、横にやってきてそっとささやいた。
「えっ、そんなことないよ」
「そっか。でも、なんか気になるなら言ってね」
何もないわけがない。でも言えない。
そう思った瞬間、ふと足元を見てしまった。
白い靴下。ハーフパンツ。膝が出た体操服姿。
こんな格好で観光なんて、ほんとうに、どうかしてる。
でももう、後戻りはできない。
だって、、、
私、これしか持ってきてないんだもん。
私は涙目になって顔を伏せると、少しだけ高木くんの声が耳に入った。
「……あの、さ、城野さん……」
その声は、いつもよりも近くて、ちょっと緊張しているようだった。振り向いた瞬間、彼の目が私の体操服の裾あたりに一瞬だけ映った気がして、また耳が熱くなる。
「え、なに?」
「いや……あの、服装同じで……なんか……ちょっと、嬉しいなって」
彼ははにかんだように笑った。頬が赤い。
私は、慌てて前を向いた。
(……やめてよ、そういうの)
ちがうの。ほんとうに。
私は、、、山中っちのことが、ずっと前から……
でも、それを否定したら、せっかく助けてくれた里村さんの「演出」が、嘘になってしまう。
心の中が、くしゃくしゃにかき乱されたまま、私は黙って歩き続けた。
その後ろで、山中っちと葛城さんの笑い声が、やたらと響いていた。
「なあ、清水寺ってさ、恋のお守りあるんだってよ」
先頭を歩いていた山中っちが、葛城さんの方を向いて言った。
「なんか、目つぶって石から石まで歩くやつ。成功したら、恋が叶うみたいな?」
「え、それ超やりたいかも!」と葛城さんが笑うと、山中っちは少しだけ照れたような笑顔を浮かべた。
(……やっぱり、そっちなんだ)
胸の奥がズキッと痛んだ。
山中っちと葛城さんは、他校との交流のための「連携委員」ってやつで、前からちょくちょく話してたらしい。
私はそのこと、最近まで知らなかった。
知らなかったくせに、山中っちのことでいろいろ画策して、、、
その結果が、この姿。
(あーあ……)
観光客の視線もキツイ。
「え、小学生?体操服?」
「京都に体操服で来るの?」
そんなヒソヒソ話が、風に乗って耳に入ってくる。
「……ごめん、なんか、僕のせいで……」
隣で高木くんが、ぼそっとつぶやいた。
「え?」
「城野さんも、体操服になっちゃったんでしょ……その……やっぱり目立つし……」
(あっ……ちがっ……)
思わず否定しそうになったけど、喉の奥がつまって言葉にならなかった。
高木くんは、こっちを見ずに、真っ赤な顔でうつむいたまま歩いていた。
(……なんかもう……いろんな意味で、無理)
「ちょっと、先行こう」
私は早足で坂をのぼって、みんなから距離をとった。
でも、すぐに片岡くんが「おーい、城野ー、写真撮るぞー!」と呼びかけてくる。
「はいはい……」と返すけど、心のなかはぐちゃぐちゃだった。
シャッターの音が響くたびに、体操服が写っていく。
高木くんとの「お揃い」の姿も、一緒に。
これが、あとでSNSにでも上がったら……。
いや、学校のスライドショーで流されたら――。
(私、ほんとに終わる……)
――それでも。
ふと、遠くから山中っちの声がした。
「葛城、あの石、やってみよーぜ。俺、目つぶるから」
(あ……)
その姿は、まるで修学旅行のヒーローみたいだった。
自信満々で、明るくて、みんなを笑顔にできる人。
(……勝てるわけ、ないか……)
私の体操服は、だんだんと汗で背中に張りついてきた。それが、なんだか恥ずかしさと情けなさを、余計に際立たせてくる。
私と高木くんだけが、浮いていた。
この京都の清水の坂道で――。