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とばっちり  作者: ナタデココ
8/15

修学旅行の「とばっちり」#5

城野さん目線です。

班の朝食がひと段落して、みんなが牛乳を飲み干す頃だった。私はスプーンを置いたまま、さっきからずっと黙っていた。笑顔は浮かべてるつもり。でも、顔がこわばってるのは自分でもわかっていた。だって、みんなの注目を集めてしまったのだ。昨日から引きずっていた羞恥と、今朝のざわめき。言われてみれば、体操服姿で観光に出るなんて、我ながら正気じゃない。


恥ずかしい格好をしている。

なのに、山中っちはさっきから私の方を見てくれない。


…むしろ、高木くんのほうばかり見ている。


それが、地味にこたえた。


「……あのさ」


少しだけ遅れて、私の前に座った高木くんが話しかけてきた。


彼は姿勢をちょっとだけ前に傾けて、声を潜めた。


「ありがとう。助かったよ……なんか……すごく」


「えっ?」


「その……城野さんが体操服だったから。正直、救われた」


そう言ったときの高木くんの顔は、恥ずかしいはずなのに、なんだかやわらかくて、ちょっとだけ嬉しそうで。


私は瞬間、心のどこかがチクリと痛んだ。


(やめてよ……そういう顔)


だって、私は――。


「いや、別にそんなつもりじゃ……」


咄嗟に目を逸らしながら口ごもっていると、不意に、横から声が割り込んだ。


「えー?

え、なに?  

やっぱり、高木のこと、好きなん?」


浅倉だった。


「えっ?

うそ、え、そういうこと!? 

おそろいで体操服って、まさか……」


「ちがうってば!」


慌てて否定したけど、すでに遅かった。


クラスのみんなが一斉にこっちを見た。さっきまで話題になっていたのは高木くんだったのに、今度は私。

さながらバトンリレーのように、注目の的が移った。


「うそ〜? さっきめっちゃいい感じだったじゃん?」


「ちがうってば!!」


声が裏返りそうになって、私は思わず背筋をのけぞらせた。


(しまった…声を張りすぎた…)


ちらっと高木くんを見ると、案の定、顔が真っ赤だった。お箸を持っていた手も宙で止まっている。


「……ぼ、僕、ちょっと牛乳取ってくる……」


そう言って、高木くんはトレーを持ち、逃げるように席を立った。


(……ごめん。でも、私、本当に違うんだよ)


わかってる。

高木くんは私が同じ服を着ていたことで少し救われたんだ。

でも――


私は、あなたのために着たわけじゃない。


好きなのは、山中っちだけ。

今でも、ずっと――。


その視線を、そっと横にずらす。

山中くんは、何も言わずに牛乳を飲んでいた。視線の先には、もう誰もいない。

ただ、心なしか、その目が少しだけ揺れていた気がした。


(ねえ、気づいてよ……。私は、あなたに見てほしかったんだよ)


でも、そんなことは言えないまま、私はまたスプーンを手に取った。

何もないふりをして、空になったヨーグルトのカップをすくった。


すると、ふと視界の端で、誰かがこちらを見ている気がした。


里村さんだった。

優しい表情。でも、目だけが、なぜかどこか冷静で


――全部、見透かしているような。


(……なんでだろう)


一瞬だけ視線が交差し、私は慌てて目を逸らした。




ーーーーー




観光バスのエンジン音が低く唸りを上げ、ゆっくりと学校をあとにした。


京都の町並みがバスの窓を流れていく。今日の最初の目的地は清水寺だという。けれど、私の頭の中は、景色のことなんて一ミリも入ってこなかった。



なにせ、今日の服装は体操服。それも、半袖の。

出発前の夜、思い切って選んだ「勝負服」。

でも、それが今は、勝負どころか、罰ゲームみたいに感じられて仕方がない。


(やっぱり、やめればよかったかな……)


けれど、もう後戻りはできない。スーツケースには、他の服なんて一枚も入ってない。むしろ「これしか着ない」って、自分から決めたこと。山中っちに、ちょっとでも意識してもらいたくて。


なのに、結果はこれだ。


体操服姿の私は恥ずかしさから今バスのシートに小さくなって座っている。隣には、里村さん。


山中っちは、斜め後ろの席で富田さんとペアで座っている。距離にして、ほんの1メートルくらい。だけど、すごく、遠く感じた。


(なんで……わたしを見てくれないの……)


昨日の夜も、今朝も、目が合わなかった。むしろ、見ないようにしているんじゃないかってくらい。

やっぱり引かれてるのかもしれない。「なんでこの子、体操服なんだよ……」って、そう思ってるのかもしれない。


でも、それでも。

私は、、、彼の目に映りたかった。


「……ねえ」


耳元で、里村さんの声が囁く。


「なんでその格好なの?」


声はやさしい。でも、どこか探るような響きがある。

里村さんは小悪魔的に笑みを浮かべていた。

私はなるべく平静を装って答えた。


「うん……まあ、楽だし」


「ふーん」


それだけ言って、彼女は外の景色に目を戻した。けれど、その目はまったく動いていなかった。まるで、心の中だけで何かを計算しているみたいだった。


(……やっぱり、気づいてるのかな)


昨日の朝、私がとっさに「高木くんを気遣って」っていう嘘をついたとき、助け舟を出してくれたのは、彼女だった。


(里村さん…あなたの狙いは何…?)


「高木くんほんと災難だよね。せっかくの修学旅行体操服しかなくて」


不意に、里村さんがそう言った。私はびくっと肩をすくめる。


「う、うん……」


胸の中がざわざわした。


「ねえ、城野さん」


また、囁くような声。今度は不敵な笑みを浮かべていた。


「高木くん、あなたのこと、好きなんじゃない?」


「えっ」


思わず声が出てしまって、前の席の片岡くんがチラッと振り返った。聞かれたらまずいと思って、慌てて笑ってごまかす。


「な、なに言ってるの?里村さん」


「だって、そう見えるよ?」


里村さんは、まっすぐに私を見た。目は笑っているけど、どこか底が読めなかった。


「さっき高木くん顔真っ赤だったよ」


(……そんなの、私が一番思ってるよ)


「で、どうなの? 城野さんは」


「どうって……別に、なんとも……ないし」


あまりにもテンプレな返しをしてしまって、我ながら下手すぎて嫌になる。


すると彼女は笑いながらこういった。


「そっか。でも、そうやってはぐらかす時って……案外、図星だったりするんだよね」


私は軽く笑いながらも、じんわりと額に汗がにじむ。バスの空調は効いているはずなのに、背中にもじっとりと熱が張りついていた。


(……この人、絶対に気づいてる)


私が山中っちのことを好きなことも、体操服を選んだ理由も、多分、ぜんぶ。だけど、何も言わない。言わない代わりに、こうして私を試してくる。

でも、言えない。だって、バレたら終わりだ。山中っちに、絶対知られたくない。


「……本当に、なんともないってば」


私は少し声を強くして、そっぽを向いた。京都の街並みが、バスの窓の向こうで淡く揺れていた。

そこに目を向けているふりをしながら、心の中はずっと、ぐるぐると回っていた。


(どうしよう……このままじゃ、全部、見透かされちゃう)


でも、隠せない。だって、今の私の服装が、なにより雄弁に「好き」を語っているんだから。

制服でも私服でもなく、わざわざ選んだ、体操服。


(恥ずかしい……ほんと、恥ずかしい……)


おまけに、私と同じ格好をしてる高木くんが、今も静かに座ってる。時々、私のほうに視線を向けている気がして、耐えられない。視線を合わせたら、勘違いされたらどうしよう、って思ってしまう。


(私は、山中っちが好きなのに……)


けど、彼の方をチラッと見ると、やっぱり目が合って――高木くんは、ふっと小さく笑った。

恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに。


その表情を見てしまって、私は思わず目を逸らした。


(……やめてよ。そんな顔、しないで)


胸の奥が、ずきんと痛んだ。


「次は清水寺です〜」と、先生のマイク越しの声が車内に流れる。バスの中の雰囲気が一気にざわつき、みんなの視線が一斉に前を向いた。


(お願いだから……今日は、何も起きないで)

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