修学旅行の「とばっちり」#4
高木くん目線です
食堂の窓から射し込む朝の光が、まだ眠そうなみんなの顔をゆるやかに照らしていた。
僕は、ぶかぶかの体操服の裾を気にしながら、できるだけ目立たないように入口から入った。
(誰も見てない……といいな)
そう思ったけれど、すぐにそれは打ち砕かれる。
「……えっ?」「あの子……体操服じゃない?」
「しかも「保健室」って……なに?」
──空気が、ざわついた。
背中がじんわりと熱くなる。ああ、やっぱり注目されてる。最悪だ。
僕の今の格好は、上も下もヨレた体操服。しかも背中には「保健室」の印字。
この修学旅行、荷物は届かない。今日も明日も、僕にはこれしか着るものがない。
できるだけ目立たず、そっと班の席に向かおうとする。
でも、当然、そんなの無理だった。
「おーい、高木ー!」
片岡くんの声が飛んできた。僕の名前。周りが一斉にこっちを見たのがわかった。
「それ、まじで今日それでいくん?観光?」
……うわ。もう、逃げ道ないじゃん。
「う、うん。……スーツケース、間違えて別の空港行っちゃって……」
少し笑ってごまかそうとしたけれど、声が震えていたかもしれない。
「えーまじか」「でも、それで保健室って……」「しかも上下だし」
小さな声が刺さるように耳に入ってくる。けど、何か言わなきゃと思って口を開いた。
「……でもさ、代わりに次の旅行で使える航空券のタダ券、もらえたし……。得っちゃ得かも、みたいな」
小さく笑う。
その場が、ちょっとだけ和らぐのを感じた。
「ずる!」「それラッキーじゃん」「俺もトラブル起きたいわ〜」
みんなが笑ってくれるのが、ちょっとだけ嬉しかった。
(……よかった。なんとか、変な空気にはならなかった……かな)
そう思って席に向かおうとしたとき、誰かの声が聞こえた。
「てか、もう一人いない?体操服……」
ピタッと空気が止まる。
(……え?)
みんなの視線が、すうっと後ろに流れる。
その先にいたのは――城野さんだった。
(え……なんで……?)
昨日と同じ、あの体操服姿。でも今日は上下。しかも朝イチの観光日なのに。
ざわざわと、また小さな波が広がっていく。
「え、城野さんも体操服……?」「なんで?」「え、荷物?まさか……」「お揃いなの?」
(ちょっと待って、なんで……なんで城野さんまで? まさか、ほんとに……)
僕の心の中に、「え!なんで!」という戸惑いが一気に広がる。
まるで、自分の秘密がバレたような――そんな感覚。
周囲の視線が、彼女にも集まっていた。
そして次の瞬間、軽く笑いながら、浅倉さんが言った。
「てかさ〜、城野、パジャマも体操服だったじゃん?ガチの体操服フェチなんじゃないの?笑」
また、ざわざわと笑いが広がる。
城野さんは一瞬たじろいだように見えた。けど、無理に笑って「うるさ〜い」と肩をすくめて返した。
その様子を見ながら、僕の中に、ふとひとつの可能性がよぎった。
(……まさか、俺のこと、気遣って……?)
そう思った瞬間だった。
「……たしか、昨日、城野さん言ってたよね」
静かに入ったその声。
里村さんだった。
「高木くん、ひとりで体操服だとかわいそうって」
(え……)
「だから、自分も体操服でいたら、少し安心するかもって。……優しいなって思ったよ」
(……それ、ほんとに……?)
城野さんは少し驚いた顔で、でもすぐに視線を伏せて「……まあ、そんな感じ」と小さく言った。
その顔が、少し赤くなっているように見えた。
周囲から、「いい人じゃん」「それは優しい」「え〜でも体操服は恥ずかしくない?」といった言葉が飛び交う。
(……え、マジで? 俺のために?)
胸が熱くなった。
あんなに恥ずかしかったのに。
笑われたくなかったのに。
城野さんは、自分からその格好を選んでくれたの?
本当に?
……本当に?
彼女の目を盗んで、こっそり何度か横顔を見た。
誰とも目を合わせず、ちょっとだけ俯いて、でも笑おうとしている表情。
(……もしかして……城野さん、俺のこと……)
ただの思い込みかもしれない。
でも、この朝の空気のなかで、そう思いたい気持ちが、どんどん膨らんでいった。
体操服を着てるのは、僕と城野さんだけ。
この浮いた恥ずかしさの中で――なぜか、それが少しだけ、心強く思えた。




