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とばっちり  作者: ナタデココ
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修学旅行の「とばっちり」#2

高木くん目線です

修学旅行、全然楽しくない。

あんなに楽しみにしていたのに、僕はずっと、体操服の裾ばかりを指でつまんでいた。

三泊四日の修学旅行。行き先は京都と奈良。

「地味」「退屈そう」「USJのほうがいい」

――クラスの空気はそんな感じだったけれど、僕は、こっそり楽しみにしていた。

教科書で見た金閣寺や東大寺。

本物をこの目で見られるって、やっぱりすごいと思う。

歴史が好きな僕にとって、それは小さな夢だった。


クラスではあまり目立たないし、話しかけられることも少ないけれど、

今回は班行動もある。

もしかしたら、仲良くなれるチャンスがあるかもしれない。


不安もあったけれど、班のメンバーを知ったとき、少しだけ胸が軽くなった。


班には、山中はるとくんがいた。

背が高くて、明るくて、みんなから信頼されているムードメーカー。

そして少しやんちゃだけど根は真面目な片岡龍太郎くん。

富田さくらさんは、クラス委員長で、ちゃんと話を聞いてくれる人。

その親友である城野りささんは……

まあ、正直ちょっと元気すぎるけれど、悪い人じゃない。


里村かなこさんは、休み時間によく本を読んでいる静かな女の子。

話すのは初めてだったけど、目が合うとふわっと笑ってくれた。

その笑顔がなんだか安心できた。


そして――僕、高木颯太。


はっきり言って、地味な存在だと思う。

でもこの班なら、ちゃんとやっていけるかもしれない。

そう思っていた。

今日の朝までは、本当に。


最初のトラブルは、飛行機の中だった。

受け取ったジュースを、緊張からか手がすべってこぼしてしまった。

ズボンがびしょ濡れになり、座っている間ずっと冷たかった。

「空港に着いたら、すぐ着替えよう」

そう思っていた。着替えさえあれば、なんとかなると。


でも――


荷物が、出てこなかった。


スーツケースが、ターンテーブルに現れない。

何度見ても、自分のものは回ってこない。

まるで、自分だけが置いていかれたようだった。


薮先生が航空会社に問い合わせてくれて、すぐに答えが返ってきた。


「荷物、違う空港行っちゃったってさ。修学旅行中に戻ってくるのは……無理かもな」


その言葉を聞いたとき、視界が滲んだ気がした。

誰にも見られていないことだけを願って、黙って頷いた。


そのあと、先生が保健の先生に連絡を取ってくれて、予備の体操服を貸してもらえることになった。

ズボンは少し大きめで、腰のゴムが緩くて、タグには「保健室用」と書いてあった。

着替えたあと、鏡の前でそっと自分を見た。

違和感しかなかった。


Tシャツのまま体操服のハーフパンツ。

足が丸出しで、少しヨレている生地が、やけに目立つ。

それでも、濡れたままよりはマシだと思って、黙ってみんなのところへ戻った。


「どうしたの、その格好?」って、誰かに聞かれたらどうしよう――

ずっとそればかりが怖かった。


けど、誰も何も言わなかった。


富田さんは、何かに気づいたように少しだけ目を細めたけど、

それ以上は何も聞いてこなかった。

優しさなのか、気づかないフリなのかはわからない。


里村さんは、観光地に向かうバスで僕の隣に座ると、そっと水筒を差し出してきた。

「冷たいの、いる?」

小さな声だったけど、驚いた。

僕は黙ってうなずいた。


それが、今日いちばん心が温かくなった瞬間だった。


班の集合写真を撮る時間になった。

城野さんは、山中くんの隣でずっと笑っていた。

彼女は山中くんの言動に夢中で、僕のことは視界にも入っていないようだった。

それが不思議と、ちょっとだけ楽でもあった。


山中くんは、白いシャツに黒のチノパン。

私服なのに清潔感があって、おしゃれだった。

隣に立つのが、少しだけ恥ずかしかった。


「高木くん、こっちー」

富田さんが呼んでくれた。

僕は作り笑いをして、その場に並んだ。


カメラのフラッシュのあと、ほんの一瞬、里村さんと目が合った。


彼女は、静かに笑っていた。

僕が体操服を着ていることは絶対知っている。

でも、その笑顔に弄るような気配はなかった。


「ありがとう」

心の中で、そう呟いた。


今日の服は、まだマシだ。

それっぽいTシャツと、

見た目がシンプルな体操ズボン。

でも、明日からは――?


もう着替えはない。

体操服を借り続けるしかない。

一日ずつ、どんどん「浮いていく」のが目に見えていた。


……怖かった。

どうせなら、今日だけで終わってくれたらいいのに。


でも、終わらない。

修学旅行はまだ始まったばかり。


僕は、黙って体操服のポケットに指を入れた。

そこには「保健室」の文字が、マジックで書かれている。


まるで、自分だけが別の世界の制服を着ているみたいだった。

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