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とばっちり  作者: ナタデココ
4/15

修学旅行の「とばっちり」#1

城野さん目線です

今日から、待ちに待った修学旅行が始まる。

行き先は、三泊四日で京都と奈良。

クラスのほとんどは、「京都より東京のテーマパークがいい」とか、「USJのほうがマシ」とか言って、つまらなそうにしていたけれど、私にはそんなの関係なかった。

正直、どこへ行こうとどうでもいい。観光もおみやげも二の次。


それよりも、ずっと大事なことがある。


山中っちの気持ちを、どうすればこっちに向けられるか。

それだけが、私にとっての修学旅行の意味だった。


私は、入念に準備してきた。

友達で、学級委員の富田さんに協力してもらって、班のメンバーを調整。

くじ引きにも手を加えて、行き帰りの飛行機で山中っちの隣の席を引き当てた。

修学旅行中、山中っちとずっと一緒にいられる。

そのことを想像するだけで、胸が高鳴っていた。


……少し前までは、確かにそうだった。


でも、山中っちは、あの「事件」以来、様子がおかしい。

話しかけても、どこか上の空で、あの独特なやりとりのテンポが戻ってこない。

軽くイジっても、曖昧に笑うだけで、ちゃんとしたツッコミも返ってこない。


まるで、別人になってしまったみたいだった。


昨日の放課後、クラスのゴシップ通の浅倉茜が言っていた。

「ねえねえ、山中くんと葛城さんがさ、昼休みにふたりで話してたらしいよ。フリースペースで」


その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。


「え……誰と?」


「葛城さん。1組の。あの子だよ。学年で一番かわいいって評判の」


頭が、真っ白になった。

葛城さん――あの子?


確かに、かわいい。顔立ちも、声も、立ち居振る舞いも上品で。

男子たちがこっそり名前を出して盛り上がっているのを、何度も聞いたことがある。


私は、自分のことを「そこそこかわいい方」だと、どこかで思っていた。

でも、葛城さんとなれば話は別だ。勝ち目がない、そう思ってしまった。


「なんかふたりとも、ちょっと照れてたっぽいし、付き合ってるかもね〜」


浅倉は軽く言ったけど、私は笑えなかった。


もしそれが本当だったら、私は何のためにこんなに準備してきたんだろう。

苦労して席を隣にして、班も一緒にして、それなのに……。


心の奥に、冷たいものが広がっていった。


「そういえばさ、葛城さんってすごい優しいんだってね。あのさ、3組の北原くんが全校集会でおもらししたとき、葛城さんの服まで汚れて、卒アルの写真撮影で恥ずかしい格好だったのに、全然怒らなかったらしいよ」


浅倉の話は、そこからさらに続いた。


「しかも、そのあと保健室で、北原くんの手を握って慰めてたってらしいよ。泣いてたんでしょ?北原くん。やばくない?」


「私だったら絶対ムリ。おしっこで服着替えるとか、絶対キレるって」


私は何も言わず、ただ聞いていた。

その事件のことは噂で知っていたけど、私はその日、風邪で学校を休んでいた。

葛城さんが関わっていたことも、その対応がどれほど優しかったのかも、初めて知った。


ふと、頭の中に浮かんできたのは――

1週間前の、山中っちの姿だった。


あの日の彼は、明らかに様子が違っていた。

上はいつものTシャツ。

でも下は、体操服のハーフパンツ。

しかも、サイズが合っていないのか、妙にパツパツで……。


私がからかっても、彼は反応しなかった。

ただ、うつむいて、涙をこぼしながら――どこか、うっとりとしたような顔をしていた。


そう、あれはまるで――


「恥ずかしい格好を、わざと楽しんでいた」かのような、そんな顔だった。


周囲が笑っても、彼は怒らなかった。

むしろ、自分が「見られること」そのものに、何かを感じているような――

そんな、言いようのない違和感。


……まさか。


私の中で、ある考えが浮かび上がった。

最初は笑い飛ばしかけた。そんなの、あるわけないって。


でも、それはどんどん確信に近づいていった。


もしかして――

山中っちは、「恥ずかしい状況」に心を動かされるタイプなのでは?


普通の感性では、絶対に理解できない。

でも、あのときの彼の表情、態度、沈黙――それらすべてが、物語っていた。


「不恰好な姿」に、彼は何か惹かれていたんだ。


そして、それは葛城さんとも関わっている。

だから、彼の心は、そっちへ動いてしまった。


私だけが、それに気づいてしまった。

みんながまだ、恋愛のルールを信じているなかで、私は一足先に「抜け道」を見つけてしまった気がした。

なら、私はどうする?


私も、彼の心を掴みたい。

それならば、同じことをすればいい。

誰よりも不恰好に、誰よりも浮いて、誰よりも堂々と。


修学旅行では、服装は自由。

女子たちはきっと、気合いを入れて可愛い私服を持ってくる。

私も、白いフリルのワンピースを新しく買っていた。1日目の記念撮影のために。

でも、それ以外の日は――全部、体操服で行く。


紺色のハーフパンツ。校章入りの白い半袖シャツ。

念のため、ちょっと小さめのサイズや、洗いすぎて色あせたものも用意した。


ヨレヨレで、ゴムが伸びたやつ。

タグがほつれているやつ。

少しだけ恥ずかしくなるくらいの、絶妙なダサさ。


全部、スーツケースに詰め込んだ。


これは、私なりの「勝負服」だ。

山中っちが惹かれるのがそういう世界なら、私も、そこまで行く。


普通の可愛い子には、たぶん勝てない。

でも、誰よりも不格好な愛し方なら、きっと私の方が強い。


体操服で勝負を仕掛ける。


私は、絶対に負けたくない。

どんな手を使ってでも、山中っちの隣に立ちたい。


だから、私は選んだ。


京都でも奈良でも、私はずっと体操服を着る。


……全部、山中っちのために。

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