修学旅行の「とばっちり」#1
城野さん目線です
今日から、待ちに待った修学旅行が始まる。
行き先は、三泊四日で京都と奈良。
クラスのほとんどは、「京都より東京のテーマパークがいい」とか、「USJのほうがマシ」とか言って、つまらなそうにしていたけれど、私にはそんなの関係なかった。
正直、どこへ行こうとどうでもいい。観光もおみやげも二の次。
それよりも、ずっと大事なことがある。
山中っちの気持ちを、どうすればこっちに向けられるか。
それだけが、私にとっての修学旅行の意味だった。
私は、入念に準備してきた。
友達で、学級委員の富田さんに協力してもらって、班のメンバーを調整。
くじ引きにも手を加えて、行き帰りの飛行機で山中っちの隣の席を引き当てた。
修学旅行中、山中っちとずっと一緒にいられる。
そのことを想像するだけで、胸が高鳴っていた。
……少し前までは、確かにそうだった。
でも、山中っちは、あの「事件」以来、様子がおかしい。
話しかけても、どこか上の空で、あの独特なやりとりのテンポが戻ってこない。
軽くイジっても、曖昧に笑うだけで、ちゃんとしたツッコミも返ってこない。
まるで、別人になってしまったみたいだった。
昨日の放課後、クラスのゴシップ通の浅倉茜が言っていた。
「ねえねえ、山中くんと葛城さんがさ、昼休みにふたりで話してたらしいよ。フリースペースで」
その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
「え……誰と?」
「葛城さん。1組の。あの子だよ。学年で一番かわいいって評判の」
頭が、真っ白になった。
葛城さん――あの子?
確かに、かわいい。顔立ちも、声も、立ち居振る舞いも上品で。
男子たちがこっそり名前を出して盛り上がっているのを、何度も聞いたことがある。
私は、自分のことを「そこそこかわいい方」だと、どこかで思っていた。
でも、葛城さんとなれば話は別だ。勝ち目がない、そう思ってしまった。
「なんかふたりとも、ちょっと照れてたっぽいし、付き合ってるかもね〜」
浅倉は軽く言ったけど、私は笑えなかった。
もしそれが本当だったら、私は何のためにこんなに準備してきたんだろう。
苦労して席を隣にして、班も一緒にして、それなのに……。
心の奥に、冷たいものが広がっていった。
「そういえばさ、葛城さんってすごい優しいんだってね。あのさ、3組の北原くんが全校集会でおもらししたとき、葛城さんの服まで汚れて、卒アルの写真撮影で恥ずかしい格好だったのに、全然怒らなかったらしいよ」
浅倉の話は、そこからさらに続いた。
「しかも、そのあと保健室で、北原くんの手を握って慰めてたってらしいよ。泣いてたんでしょ?北原くん。やばくない?」
「私だったら絶対ムリ。おしっこで服着替えるとか、絶対キレるって」
私は何も言わず、ただ聞いていた。
その事件のことは噂で知っていたけど、私はその日、風邪で学校を休んでいた。
葛城さんが関わっていたことも、その対応がどれほど優しかったのかも、初めて知った。
ふと、頭の中に浮かんできたのは――
1週間前の、山中っちの姿だった。
あの日の彼は、明らかに様子が違っていた。
上はいつものTシャツ。
でも下は、体操服のハーフパンツ。
しかも、サイズが合っていないのか、妙にパツパツで……。
私がからかっても、彼は反応しなかった。
ただ、うつむいて、涙をこぼしながら――どこか、うっとりとしたような顔をしていた。
そう、あれはまるで――
「恥ずかしい格好を、わざと楽しんでいた」かのような、そんな顔だった。
周囲が笑っても、彼は怒らなかった。
むしろ、自分が「見られること」そのものに、何かを感じているような――
そんな、言いようのない違和感。
……まさか。
私の中で、ある考えが浮かび上がった。
最初は笑い飛ばしかけた。そんなの、あるわけないって。
でも、それはどんどん確信に近づいていった。
もしかして――
山中っちは、「恥ずかしい状況」に心を動かされるタイプなのでは?
普通の感性では、絶対に理解できない。
でも、あのときの彼の表情、態度、沈黙――それらすべてが、物語っていた。
「不恰好な姿」に、彼は何か惹かれていたんだ。
そして、それは葛城さんとも関わっている。
だから、彼の心は、そっちへ動いてしまった。
私だけが、それに気づいてしまった。
みんながまだ、恋愛のルールを信じているなかで、私は一足先に「抜け道」を見つけてしまった気がした。
なら、私はどうする?
私も、彼の心を掴みたい。
それならば、同じことをすればいい。
誰よりも不恰好に、誰よりも浮いて、誰よりも堂々と。
修学旅行では、服装は自由。
女子たちはきっと、気合いを入れて可愛い私服を持ってくる。
私も、白いフリルのワンピースを新しく買っていた。1日目の記念撮影のために。
でも、それ以外の日は――全部、体操服で行く。
紺色のハーフパンツ。校章入りの白い半袖シャツ。
念のため、ちょっと小さめのサイズや、洗いすぎて色あせたものも用意した。
ヨレヨレで、ゴムが伸びたやつ。
タグがほつれているやつ。
少しだけ恥ずかしくなるくらいの、絶妙なダサさ。
全部、スーツケースに詰め込んだ。
これは、私なりの「勝負服」だ。
山中っちが惹かれるのがそういう世界なら、私も、そこまで行く。
普通の可愛い子には、たぶん勝てない。
でも、誰よりも不格好な愛し方なら、きっと私の方が強い。
体操服で勝負を仕掛ける。
私は、絶対に負けたくない。
どんな手を使ってでも、山中っちの隣に立ちたい。
だから、私は選んだ。
京都でも奈良でも、私はずっと体操服を着る。
……全部、山中っちのために。