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とばっちり  作者: ナタデココ
2/15

雨の日のとばっちり

雨の次の日は、嫌いだ。

地面が濡れているからだ。

校庭での朝礼。

いつもなら座って聞けるはずなのに、雨の翌日は違う。

座ればお尻が濡れてしまう。だから、しゃがまなくてはならない。

でも、しゃがむのは地味にきつい。膝が笑い始めてくる。


もし万が一、地面にお尻をつけてしまえば――


ズボンが泥で汚れて、「おもらし」みたいに見える。

それだけは絶対に避けたかった。

背が高い僕は、退場のときに、後ろの列からよく見えてしまう。

だから、絶対にお尻をつけられない。


ふと思い出す。


「そういえば、おもらしって言えばさ――」


1週間ほど前、3組の北原くんが全校集会中に「やっちゃった」らしい。


最初は1組の葛城さんが、全校集会のあと、下だけ体操服という変な格好で戻ってきたらしく、彼女がやったんだという噂が流れた。


葛城さんは、6年の中でも評判の優等生で、顔もかわいいと人気が高い。

そんな彼女が? という驚きとざわめきが、校内を駆け抜けた。


僕も正直、衝撃を受けた。

でも――なぜだか、ドキドキしてしまった。

「本当に? 本当に葛城さんが?」って。


授業と授業の間の休み時間、僕は野次馬根性丸出しで1組の教室をのぞきに行った。


そこにいた葛城さんは、確かに変な格好をしていた。

上は灰色のパーカーに英語のロゴ、下は紺色の体操服のハーフパンツ。

そのハーフパンツ、ぶかぶかで、ヨレヨレで、後ろのポケットに「保健室」ってでかでかと書いてあった。


まるで、「おもらししました」って言ってるみたいだった。でも、彼女はそれを気にしていない風を装っていて。赤い顔で、それでも普段通りを貫こうとしているようだった。


その姿が、なんだか、すごくかわいかった。


恥ずかしい格好なのに堂々としている彼女。

そのギャップに、胸が高鳴っていた。


後から聞いた話では、やらかしたのは北原くんだったらしい。葛城さんはただ巻き込まれて、保健室でズボンを借りただけだった。


でも、もう僕の関心はそこじゃなかった。

「誰が漏らしたか」より、「彼女がその格好でいること」のほうが、大事だった。


彼女は、どんな気持ちだったんだろう。

本当は、泣きたかったんじゃないだろうか。

それでもああして教室に戻った彼女のことが、ますます魅力的に思えた。


ふと、現実に引き戻された。

横にしゃがんでいた城野さんが、ぼそっと声をかけてきた。

「ねえ、校長先生の話長くない? しゃがむの、足疲れちゃった。山中っちは、平気?」


今日の朝礼は異様に長い。

地面もまだぬかるんでいる。僕の足元なんて、まだ泥そのものだった。


「僕は全然大丈夫。城野さんは?」


「しんどいよ〜! 山中っちすごいね。まだ耐えられるの?」


「うん、へーき。城野さんが弱いんだよ」


「ひどっ、弱いって言った人が弱いんだもん。ママが言ってた!」


「いや、弱い人は弱いってことだよ」


気づけば、いつもの流れでからかっていた。

城野さんの前だと、どうしてか、強がってしまう。

本当は、もう限界だった。

太ももがぷるぷる震えていて、しゃがむのをやめたいくらい。


そのときだった。


「そこ! 6年生の2人! うるさいぞ!!」


先生の怒号が飛んだ。


僕はその瞬間、ビクッと身体を震わせた。

その衝撃で――


ベチャッ。


思わず、地面に尻もちをついてしまった。


泥の感触が、ズボン越しに肌へじんわり広がっていく。

慌てて立ち直ったけど、もう遅かった。

ズボンのお尻は冷たく、じっとりと濡れている。


手でそっと触れてみると、泥がたっぷりついていた。

ああ……これはもう、保健室行き決定だ。


絶望と羞恥の入り混じった気持ちで、僕は空を見上げた。


朝礼が終わり、退場がはじまった。

僕のお尻は泥まみれ。ズボンはべったりと張りついて、まるでうんこを「漏らした」みたいだ。

後ろから、笑い声が聞こえた。

くすくす、ひそひそ。


僕の顔は真っ赤だった。もう、消えてしまいたかった。


でも――


ふと、頭のどこかで思ってしまった。


「これで、あの葛城さんと同じ格好になれるかもしれない」


あの、ダサくて、ぶかぶかで、保健室ってでかでかと書かれたあのズボン。

そして、それを履いていたあの姿――。


……ほんの少しだけ、ワクワクしてしまった。


雨の次の日の「とばっちり」も、悪くない。

ちょっとだけ、そう思った。

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