修学旅行の「とばっちり」#12
山中くん目線です
夜の旅館。消灯後の廊下はひっそりとしていて、蛍光灯の光も心なしか弱々しく見えた。部屋に戻る気になれなくて、なんとなく歩いていたら、縁側の端に誰かが座っているのが見えた。
「……葛城?」
「山中くん?」
振り返った葛城さんは、浴衣にジャージの上だけを羽織って、足を抱えるようにして座っていた。その姿はとても可愛らしいかった。
「葛城、何してんの?」
「風通し、いいから。ここ落ち着くんだよね」
「ふーん……確かに」
ぼくも彼女の隣に腰を下ろした。座ったとたん、足の裏に畳の縁が当たって、妙にくすぐったかった。
しばらく沈黙が続いたけど、気まずくはなかった。むしろ、心が少しだけほぐれていくようだった。
「この前さ」
葛城さんがぽつりと言った。
「私が体操服、返しに行ったときのこと、覚えてる?」
「朝礼のあと、だよね。ぼくが借りに行ったとき」
「うん。そのとき、山中くん、めっちゃ変な格好してたよね」
「……ああ。尻餅ついちゃったからね」
葛城さんはくすっと笑った。
「あの時、山中くんがいて、よかったよ。なんか、変な空気にならなかったもん」
「え!何それ。僕はめっちゃ恥ずかしかったのに」
「あれは変なかっこうだったね、似合ってたよ」
「ならいいけど、、、初めての出会いがあれかよ」
また、沈黙。
でも今度は、柔らかくあたたかい沈黙だった。
「私ね、最近わかってきたんだ」
葛城さんが小さな声で言った。
「変な格好してる人か好きなんじゃなくて、偶然変になっちゃった人が気になるんだって」
「……」
ぼくもうなずいた。
「わざと変な服着てる人って、なんか「演出です」って感じがして、醒めるんだよ」
「そうそう。そういうのは違うんだよ。偶然の違和感って、逆にその人の素が見える気がしてさ」
「背景が見える、っていうか、「あ、この子なにかあったんだな」って」
「出ちゃった変には惹かれるけど、作った変はちょっと引くよね」
「うん。それは間違いない」
また、二人で頷きあった。風が障子を揺らす。遠くでカエルの鳴き声が聞こえた。
「今日のあの子……」
葛城さんがつぶやいた。
「ちょっと見てて、つらかった」
「……城野のこと?」
「うん。あれもう、なんか「変」じゃなかった。「背負わされてる格好」って感じがしてさ」
ぼくは言葉を飲んだ。
葛城さんは続ける。
「あの服、彼女が選んだんじゃないと思う。里村さんは「高木くんのため」っていってたけどそうじゃない気がする」
葛城さんは止まらない。
「あの子、私利私欲のため体操服を着てるんだよ。誰かのためとか不可抗力じゃなくて」
「……葛城って、自分から“変”になれる人だよね」
「え? それ、けなしてる?」
「褒めてる」
葛城さんが少しだけ照れたように笑う。
「でも山中くんも、そうでしょ。自分からは選ばないくせに、流されて「変」になっちゃうタイプ。それで恥ずかしくなって泣いちゃうの」
「……当たってるのがムカつくけど、葛城だって1人だけ体操服は恥ずかしいだろ」
ふたりで、ふふっと笑いあった。
「……でも、山中くん、あの時の格好、似合ってたよ。変だったけど」
「ありがと。葛城さんもだよ」
「山中くんありがとう」
葛城さんの声が、少しだけ近く感じた。
窓の外、月は出ていなかったけど、不思議と明るくて。この夜は、なんとなく、静かに何かが始まりそうな予感がした。




