修学旅行の「とばっちり」#7
城野目線です
どうして、こうなったんだろう。
清水寺の後、二条城に行ったのは覚えているが、その記憶がない。微かに覚えているのは山中っちと葛城さんの会話が盛り上がっているという事実だけ。
そして、気づいたら夕食会場の広間にいた。
どうして、こうなったんだろう。
畳の匂いが落ち着くはずの空間なのに、私は膝の上に味噌汁を浴びながら、固まっていた。
ざらっとした感触の短パンが、熱い汁を吸い込んで、肌にぴったりと貼りついている。
火傷するほどじゃない。でも、冷静にいられる温度でもなかった。私の手元には、空になった味噌汁椀と、転がった箸。それらを囲むように、クラスのざわついた視線が私に向いていた。
「りさ!!大丈夫!? ティッシュ取るね、ちょっと待って!」
隣の富田さんが声を上げて、急いでポケットティッシュを取り出す。私の頬に涙が伝っていたのかどうか、もうわからなかった。
「……う、うん……だいじょうぶ……」
精一杯の声を絞り出したつもりだったけど、口から出たのは震えたかすれ声だった。そのとき、少し離れた席で、椅子の脚が擦れる音がした。
見ると、高木くんが静かに立ち上がっていた。
無言のまま、ハンカチを差し出してくる。彼の手の中の布は、丁寧に畳まれていて、端が少しふるえているように見えた。
(……なんで山中っちじゃないの…?)
一瞬、そう思った。
高木くんは、相変わらず体操服のままだった。
ぶかぶかの上着の袖が揺れて、その奥から伸びた手が、まっすぐ私の方に向けられている。
「えっ、やさし〜」
「うわ、まじで騎士じゃん」
「……ってことは、もう公認ってやつ?」
誰かが笑って、誰かが耳打ちし、ひそひそ声があちこちから聞こえてくる。頭の中で、何かがひび割れていく音がした。
(違う……違うのに)
私は、無理に笑おうとした。でも、顔がひきつっただけだった。
「……あんまり、無理しないほうがいいよ」
その声に、思わず反応して顔を上げる。
斜め前の席で、里村さんが、私を見ていた。
優しい顔だった。目元は穏やかで、口元には微笑み。何も責めるような空気じゃない。
でも、その言葉は、私にとって、刃だった。
「嘘ついて、誰かのために頑張ってると、自分の中が擦り切れちゃうから。城野さんは、そういうとこあるじゃん?」
やめて、と思った。でも口に出せなかった。
彼女の言葉は、誰も傷つけないように聞こえるのに、確実に私だけを狙っていた。
(なんで、わかるの。そんなに)
高木くんのハンカチは、まだ目の前に差し出されたままだった。
「……ありがとう」
ようやく声にして受け取ろうとした、そのときだった。
「え、ちょっと、あれ、やばくない?」
片岡くんの声が、予想外の方向から飛んできた。
「……濡れて、さ、ちょっと……透けてない? っていうか、あれ……」
「おい、見んなって!!!」
富田さんが即座に遮る。怒ったような声だったけど、それで余計に場が凍った。
一気に広がる沈黙。
それから、またざわざわと、静かなざわめきが戻ってくる。
私は、自分の太ももを見た。
確かに、濡れている。布が張りついて、脚の形がくっきり浮かび上がっている。まるで「おもらし」したみたいだ。それだけじゃない。体操服の素材が、照明の光を拾って、変に光って見えていた。
(……もう、無理)
顔から火が出そうだった。というか、たぶん出ていた。足を閉じたくても、閉じられない。動いたらもっと変に目立つ。何もしないほうがマシ、と思うのに、何もしないことすら恥ずかしい。
机の下で、ハンカチをぎゅっと握りしめる。
目の前にあるごはんは、もう湯気も立っていないように見えた。温かさの記憶だけが、ひざの上に残っていた。
そのとき、、、
「山中くんって…城野さんと仲良いよね?」
「城野さん優しいよね。高木くんのために体操服着るなんて。」
葛城さんの声だった。隣の班の席から、落ち着いた口調で問いかける。でも、山中っちは、普通に返した。
「僕は1人だけ体操服の辛さ知ってるから恥ずかしいな」
その言葉は、淡々としていて、何の意味もなさそうで――でも私には、刺さった。
(……そう、だよね)
それが現実なんだ。
私はただの「体操服を着た変なやつ」だよ。
誰かの気を引くために無理して、それで、勝手に自爆しただけ。
「……りさ、ほんとに大丈夫?」
富田さんがもう一度声をかけてくれたけど、私はもう、何も返せなかった。
隣で里村さんが、さっきと同じ笑顔で、ぽつりと呟いた。
「……ね、でも、体操服、似合ってるよ」
私は、うつむいたまま、何も言えなかった




