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第9話 人狼と魔眼⑤ 男気!昭和ヤンキー荒木場凱

 時は少しさかのぼる。

 窓から逃走した江蛭は、少し走ったところで何者かに遭遇した。


「よう、そんなに慌ててどこへ行くんだい? 江蛭先輩よお」


 立ちふさがったのは、短ランにボンタン、リーゼントの男。荒木場だ。


「邪魔だ、どけー!」


 荒木場が強敵であることは知っているが、だからといって逃走をやめるわけにもいかない。

 江蛭は荒木場に向けて魔眼を発動する。


「うっ」


 荒木場は一瞬、動きを止めた。

 しかし――


「はあっ!」


 気合一発、術を振りほどく。


「知ってるぜ、それ。魔眼ってやつか!」


 荒木場は不敵に笑う。

 だが江蛭も退かない。


「すぐに解けるとしても、一瞬の隙はできるみてーだな!」


 再度の魔眼発動。

 荒木場の動きが止まる一瞬を狙って、江蛭は殴りかかった。

 しかしその時、荒木場は目を閉じていた。


(馬鹿め、目をつぶってりゃ何も見えな――)


 勝利を確信した瞬間――


「ぐばぁあ!?」


 荒木場の右拳が、カウンターで江蛭の顔面に突き刺さった。

 江蛭は吹っ飛んで倒れる。一撃ノックアウトだ。


「テメエなんざ、目ぇつぶってたって楽勝なんだよ」


 荒木場は拳の汚れを落とすように左手で払って、吐き捨てるように言った。

 そして地面に倒れ伏した江蛭の体を探ると、ズボンの中、ベルトの裏から〝支配の魔眼〟のカードが出てきた。

 いつでも発動できるように、丹田の位置にあたるそこに固定していたようだ。


「もう一枚あるはず……お、あったあった」


 ズボンのポケットから出てきたのは、〝人狼〟のカード。


「これが……」


 そのカードを見つめながら、荒木場は複雑な表情をする。

 そこへ――


「そのカード、こちらに渡してもらえないかな」


 江蛭を追って来た信ノ森が到着した。


「君には必要のない物だと思うけど」


「いや、こいつは俺のモンだ。だが、こっちはいらねえ。好きにしな」


 荒木場は人狼のカードを確保し、魔眼のカードを信ノ森に投げてよこした。


「それとも、こいつも賭けてここで喧嘩するかい?」


「やめておこう。僕だって、こんなところで夜会(やかい)三強の実力者と争いたくはないよ」


 信ノ森は魔眼のカードを受け取ると、もと来た方へ引き返して行った。


 * * *


 土佐医院。学園のほど近くにある、個人経営の小さな病院だ。

 江蛭一味によって暴行を受け、人狼のカードを奪われた男子生徒、(しば)公平(こうへい)はここに入院していた。


「あれ、荒木場さんじゃないっスか。どうしたんスか、こんな時間に?」


「ちょっと試したいことがあってよ」


 信ノ森と別れたあと、すっかり暗くなった頃に、荒木場は柴の病室を訪ねたのだった。

 人狼のカードを取り出して見せる。


「それは――」


「お前がオークションで買ったってのは、これだな」


「そうッス。それがあれば荒木場さんみたいに、強くなれるかもって……」


「馬鹿野郎。こんなモンに頼ってるうちは、本当の強さなんて手に入らねえぞ」


「う……すんません……」


「ま、それはともかく、だ」


 うなだれる柴の目の前に、荒木場は人狼のカードを突き出した。


「今からこれでもう一度、変身してみな」


「でも、それやると俺、わけわかんなくなっちゃって……」


 人狼のカードによる変身には、理性を失って攻撃的になってしまうというリスクがあった。


「心配すんな、俺がなんとかしてやる」


 荒木場はベッドに横たわる柴の丹田にカードを当てた。

 柴は覚悟を決め、そこに気を集中させる。


 すぐに変身は始まった。

 全身から茶色の毛が生え、体が大きくなり、変形してゆく。

 それにつれて絆創膏が剥がれ、包帯が裂け、ギプスが砕け散った。


 そして、体毛の隙間からそれらの傷が徐々に塞がり、癒えていくのが荒木場の目にも見えた。


「やっぱりな。江蛭の野郎にやられた時は、回復する前に変身が解けちまってたんだ」


 実は人狼の強みは、そのパワーやスピード、牙や爪だけではない。

 人並外れた自己治癒力もあることを、荒木場は知っていた。


「つまり、やっぱ俺と同じってことか……」


 かつて実験室で、回復力を調べるという名目でベッドに縛りつけられ、体のあちこちを傷つけられた光景がフラッシュバックする。


「グルルル……」


 人狼と化した柴は、目の前にいる荒木場に向かって威嚇の唸り声を上げた。


「いいぜ、かかってこいよ」


 荒木場は短ランを脱ぎ捨ててランニングシャツ姿になり、靴も脱いで裸足となった。

 そして――


「はあっ!」


 変身する。

 そこに現れたのは、柴のよりも一回り大きい、銀灰色の人狼だった。


 ランニングシャツはもともと大きめのサイズを着ていた上に伸縮性の高い素材で、人狼になっても破れず体にフィットしていた。

 ズボンのウエストもベルトもゴム仕様で、変身によるサイズアップに耐えた。

 ワタリの広いボンタンは、膨れが上がった獣の筋肉をしっかり計算してのサイズだった。


「来な。ねじ伏せてやる」


 柴とは違って、荒木場は理性を失うことなく、言葉を発することさえできた。

 ちょいちょい、と指を動かして柴人狼を挑発する。


「ウガア――ッ!」


 柴は荒木場に飛びかかる。

 荒木場はそれをいとも簡単に受け止め、ベッドに押さえ込んだ。


 やがて、柴の変身が解けてもとの人間に戻っていった。


「時間切れだな。外の薄い魔素じゃ、こんなもんか」


 荒木場もみずから変身を解いて、押さえつけていた柴を解放した。


「あ……お、俺……」


 正気を取り戻した柴はあたりを見回し、そして自分の体を見回した。

 破れた寝間着の間から、すっかり傷も痣も消えた皮膚が見えた。


「な、治ってる……!」


 信じられない喜びに、柴は震えた。


「ありがとうございます! 荒木場さん! いや、アニキと呼ばせてほしいっス!」


「フン、勝手にしろ」


 柴の歓喜の声が病室に響いた。

 しかしこのあと二人は病院のスタッフから、夜中に暴れて備え付けの寝間着や備品を壊したかどで、こっぴどく叱られたのだった。


 * * *


 翌朝、1年C組の教室にて。


「はい、これ。洗っといたから」


 いつもより早めに登校して、教室の後ろの方の席で目立たないように座っている錬示の姿を見つけた紗夜は、手提げ型の紙袋を差し出した。

 中に入っているのは黒いパーカーだ。


「え……?」


 絶句する錬示。


「昨日はホント助かったわ。あらためて、ありがとね」


「なんで、俺が……」


「いや、わかるでしょ、フツーに。あの時はパーカーも脱いでたから、髪型も、顔の上半分も見えてたわけだし」


 困惑する錬示に、紗夜はこともなげに言い切った。


「マジか……」


「え、まさか……あのコは気づいてないとか?」


 そこへちょうど、カリナが登校して来た。ちなみにアキとミヤコも一緒である。

 カリナは紗夜を見つけると、元気よく手を振って小走りに駆け寄って来た。


「おはよー、サヤ! それに、山田くん? その組み合わせ、珍しくない? なんで?」


「マジか……」


 今度は紗夜が絶句した。


 * * *


 Vパワーテック――通称、V社。

 その技術統括本部長、蜂巣(はちす)クレアは二十代という若さでその職を務める女性幹部である。

 前身企業の社長秘書から成り上がったという経歴や、過剰なまでにセクシーな雰囲気から、黒い噂は絶えない。

 しかしそんな風評など意に介さないような自信満々の振る舞いに、社員たちは「V社の女王様」とあだ名し、一部には「叱ってほしい」「踏まれたい」などという変態、もとい、ファンも存在する。


 そんなクレアが、電話で誰かと話している。


「そう。早く回収できたのはいいけれど、欲を言えばもう少しデータが欲しいところね」


 そして相手が何事か話すのを受けて――


「良いでしょう。その2枚はもうしばらくあなたに預けます。残り5枚の回収と並行して、やってご覧なさい。期待してるわ」


 そう言って、通話を切った。

 その口元に、蜜のような毒のような笑みを浮かべて――


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに!

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