表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

第4話 写し身④ 調伏!自分自身を論破せよ

「やっつけるって言っても……」


 姿見の前で、スタンバイするカリナ。


「さっき捕まえた時みたいに、また消えちゃうんじゃない?」


「それは大丈夫だと思うよ」


 信ノ森が言うには、分身は意図的に消えたのではなく、存在の維持や活動のための魔素が足りなかったためだろうという。

 初回は不慣れなために活動時間が短く、今回はカリナに追いかけられて消耗したために、魔素不足で消えたのだろうと。


「ここなら魔素が濃いから、やっつけない限りは朝まで消えないだろう――というわけで、ちゃっちゃと呼び出しちゃおう。忍者マン、逃げ出さないように見張りよろしく」


「ちっ……」


 お前もそう呼ぶのかよ、という顔をしながらも、忍者マンこと錬示は少し腰を落として、すぐに動ける構えを取った。


「じゃ、やるね……」


 カリナは一つ深呼吸をして、カードを構えた。

 目を閉じ、下腹部にカードを当てて意識を集中する。

 それからカッと目を見開いて、鏡の中の自分と目を合わせ、じっと見つめた。


「…………」


 三人の視線が鏡に集まる。

 鏡に映ったカリナの像。それを集中して見ていると、やがてそれは明らかに本来のそれとは違う動きを始めた。


 それはキョロキョロと左右を見回し、そして、さっと身を翻して横へと駆け出した――ように見えた。

 しかしそれはほんの一瞬のことで、その後には普通の、ただのカリナの鏡像がそこに映っているだけだった。


「あれ?」


「ふむ、今のは……」


 カリナが困惑し、信ノ森が思案する中――


「そっちか!」


 何かの気配を感じた錬示が振り向く。

 生徒会室の扉の前に、カリナにそっくりなものが、すたっと着地するように現れた。

 そしてそれはすぐさま扉を開けて、部屋の外へと駆け出して行った。


「くそっ、待て!」


 後を追う忍者マン。


「なるほど、扉のガラス――そこに映った姿から実体化したのか。近くにある鏡のようなものへ、移動することが出来るんだね」


「納得してる場合じゃないでしょ、カイチョー! あたしたちも追っかけよ!」


 したり顔の信ノ森を急かして、カリナも廊下へ飛び出した。

 信ノ森も続く。


 * * *


 カリナの写し身は鏡に入ると、そこから別の鏡へと移動できる。

 ただしそれは鏡がお互いに映る範囲にあって、その直線間に障害物が無い場合に限られる。また、角度にも限界があるらしい――


 錬示は追いかけながら、その特徴を見極めつつあった。


 それは今、夜の校舎の廊下を、外側の窓ガラスと教室の扉のガラスとを交互に移動している。

 夜なので外や教室は暗く、照明の灯った廊下の窓ガラスはほとんど鏡と変わらなかった。

 しかし錬示はその動きを読んで、追いかける。

 適当な移動先が無くなれば、それは実体化して廊下を走る。

 錬示はそこを狙って捕まえようとするが、またすぐにガラスに飛び込まれてしまう。

 それでもまた錬示は粘り強く追いかけ続けた。


(逃げられたのは俺の失態。なんとしても挽回する!)


 写し身はもと来た道を引き返すように移動している。

 錬示は追跡する。今やその気配で、どちらへ行ったか感じ取れるようになっていた。


(そこを曲がったな……逃さん!)


 分岐する廊下を、錬示も飛び込むように曲がった。

 その時――


 ドンッ


「きゃっ」


 誰かにぶつかった。

 それは十中八九、追いかけていた目標、カリナの写し身だった。

 しかしその姿は、あまりにもカリナそっくりだった。


()ったーい! 気をつけてよね、忍者マン!」


 声も喋り方もそっくりだ。

 それは廊下に尻もちをついたまま、起こして、とばかりに手を差し伸ばしてきた。

 立っている錬示からは、上目遣いの視線と、胸の谷間が見える。


 錬示はその手を握り、引き起こすと見せかけて、後ろ手にひねり上げてそれの体を押さえ込んだ。


「痛たたたた! 何すんの忍者マン! あたし本物! ホンモノだって!」


「いや、お前は偽物だ」


 錬示は冷静に、確実にその腕の関節を制した。


「なんでわかるの!」


「……ホクロが逆だ」


 カリナの胸には、左乳房にホクロがある。

 錬示が必死に忘れようとしても、脳裏から消えない映像記憶だ。間違いない。

 今捕らえている写し身のホクロは右にあった。


「あーん、作戦失敗かぁー」


 写し身はがっくりとうなだれた。疲れているらしい。

 だが、しばらくすれば濃い魔素の影響で回復するだろう。


(標的は確保した。ここは下手に動かず、応援を呼ぶのが得策か)


 錬示は写し身を片手で制したまま、首にネックレス状に下げている呼子笛を反対の手で取り出し、口に咥えた。


 ピリピリピリピリ!


 高く、鋭い音が夜の校舎に響いた。


「うるさーい」

「黙ってろ」


 抗議するカリナのそっくりさんを押さえたまましばらく待っていると、やがて近づいて来る足音が聞こえた。


 前方から二人、後方から二人――合わせて四人。


 * * *


 後方から現れたのは予想どおり、信ノ森とカリナだった。

 問題は前方から来た二人。それは夜の見廻りをしていた教師たちだった。


「おいこらお前ら、こんな時間に何してるんだ!」


 大きな声で怒鳴るように詰問してきたのは、体育教師の黒岩(くろいわ)

 四十代後半の巨漢である。そのあふれ出る威圧感は生徒たちに恐れられていた。


「まあまあ、黒岩先生。何か事情があるようですから、まずは話を聞いてみましょう」


 その黒岩をなだめているのは、社会科の(たかむら)

 三十歳と比較的若く、独身で、物腰の柔らかいイケメンということで、特に女子からの人気が高い男性教師だ。


「やあ先生方、お疲れ様です。実は生徒会でも、例のカードについて追っていまして――」


 信ノ森は仕方がない、といった風情で、教師たちに事情を説明した。


「――と、いうわけで。ここで彼女の写し身を調伏しようと思います。ついでと言っては何ですが、先生方にも、ぜひご協力をお願いしたい」


「事情は分かったが、そういうことは事前に相談しろよ。万が一があったらどうするんだ」

「そうだよ。君の実力は知っているつもりだけど、過信はいけないよ」


 教師陣から苦言を受けながらも、信ノ森はこの場を仕切りはじめた。

 錬示は黙って写し身を押さえ続けている。写し身は無駄な抵抗はしないつもりか、じっとしている。

 カリナも、ここは口を出せる雰囲気でないことを察した。


「この写し身は、鏡のように反射するものへと逃げ込むことができます。そこで、篁先生は周囲の窓や扉のガラスを覆い隠してください」


「良いでしょう」


 篁は頷くと、その場にしゃがみ込んで、自分の影に手のひらを置いた。

 そして小声で何事か唱えると、その影がゆらめき、左右の壁に向かって伸び、みるみるうちに広がっていった。

 やがて黒く濃い影は光を遮断する幕のようになって、壁を窓や扉ごと覆い隠していった。さらに前後5メートルほど先に、廊下を塞ぐように、新たな壁のようにそそり立つ。

 ついさっきまでただの廊下だったそこは、まるで黒い壁に囲まれた細長い部屋のような空間になってしまった。


「す、すご……」


 カリナは初めて見る光景に圧倒された。


「天道君は、自分以外の異能を見るのは初めてだったね。篁先生は、影を操る能力者なんだ。どうだい、すごいだろう?」


「なに、大したことじゃないよ」


 信ノ森の紹介に、篁は謙遜してみせた。


「では次に、黒岩先生は廊下のそちら側を守ってください。忍者マンはこちら側を。忍者マン、もう彼女を放して大丈夫だよ」


 教師陣は一瞬(忍者マン?)と怪訝な表情をしたが、すぐに(ああ、山田君のことか)と得心したようだ。


「くっ……」


 錬示は忍者マン呼びが広がりつつあることを苦々しく思いながらも、言われたとおりに写し身を解放し、配置についた。

 今度こそは絶対に逃さない構えである。


「さて、天道君。ここからは君の仕事だ。君が調伏できなかった場合は僕がやるから、気楽にね」


「あの、チョーブクって、何すればいいの?」


 カリナは、自分の偽物――錬示に押さえられていた腕をさすりながら立ち上がった、写し身と向き合いながら尋ねた。


「何でもいいから勝負して、勝てばいい。こっちが上だと分からせるんだ。普通は霊力とか武力とかの勝負になるんだけど、ここはそうだな――」


 信ノ森は少し思案して――


「女の子らしく平和的に、口喧嘩なんてどうかな?」


 * * *


「いーじゃんいーじゃん。あたし、言いたいことあるんだよね」


 口火を切ったのは、写し身のほうだった。


「あんたさあ、ギャルなのにマジメすぎんのよ。宿題がーとか言ってないで、夜は遊びに行くべきじゃない?」


「それ偏見! ギャルだからって、遊んでばっかりじゃダメなんですー!」


 まったく同じ顔形のギャル二人が、向かい合って口論を始めた。

 二人の生徒と二人の教師、合わせて四人の男たちは黙ってそれを見守る。


「だってもったいないじゃん! JKでいられるのは3年の期間限定! ギャルでいられるのもあと何年だと思ってんの?」


「うっ……」


 序盤は写し身が優勢のようだ。


「いい? 若くてカワイイ、今のあたしたちには最高の価値があるワケ。今のうちに高く売って、人生ハッピーに楽しまなきゃ!」


「はぁ? 高く売る? 高く売るって何よ!」


 カリナの顔色が変わった。


「おっさんに媚び売って、ちょっと小遣いもらって、何になるの? そんなの逆! カワイイの安売りだよ!」


「じゃああんたは今、1円でも稼いでるワケ? なーんにもしないうちにも、時間は進んでんのよ!」


「お金のためにギャルやってんじゃないし! あたしは、あたしの好きな、最強にカワイイ、サイコーの自分でいるためにカラダ絞って、メイクして、一生懸命おしゃれして、ギャルやってんの!」


「それで何になるってんの? ただの自己満足じゃん」


「そーよ、自己満足でやってんの! 文句ある?」


「あるから言ってんの! あんたの大好きな朱雀ミナミだってヌードで稼いでるんだから、あんただってカラダで稼げばいいじゃんって言ってんの!」


「それは違う!」


 意外なところから声が上がった。

 廊下の向こう側で仁王立ちしている黒岩先生だ。


「朱雀ミナミの本質はヌードじゃないぞ!」

「えっ、先生、朱雀ミナミ語れる系?」

「うむ、最古参ファンと自負しとる」

「黒岩先生、調伏に割り込まないでください」

「む、スマン……」


 信ノ森の制止で黒岩は黙った。

 錬示は少しいたたまれない気分で、母のヌードについての議論を聞いていた。


 仕切り直しの空気になり、カリナが思いを語る。


「とにかく、あたしはあたしのためにギャルやってる。その道が、朱雀ミナミみたいな素敵な大人になれる、そこに繋がってるって、信じてる。それに――」


 勢いで何かを言おうとしたカリナが、思いとどまった。

 それを見逃す写し身ではない。


「それに?」


「う……な、何でもない!」


 急に恥ずかしくなったのか、カリナは赤面する。

 写し身は勝ち誇るように笑って――


「隠しても無駄。あんたはあたし、あたしはあんたなんだから。かわりに言ってあげるわ。初めては、運命の人とって決めてる――でしょ? ハッ、ばっかじゃないの?」


「バカじゃないもん! 大事なことなんだから!」


「あのねえ、そんなお子様みたいな願望は、いいかげん捨てちゃいなさいよ。そんなの待ってたら、あっという間におばあちゃんよ?」


「そんなことないもん! もう出会ってるかもしれないし!」


「もしかして、カレに運命感じちゃってる? それ、勘違いだから。走ったりピンチになったりして心臓がドキドキしたのを、恋だって思い込んじゃうやつ。ナントカ効果ってゆーの」


「吊り橋効果だね」


 今度は信ノ森が口を挟んだ。


「そう、それ!」

「ちょっとカイチョー、どっちの味方なの!?」

「いやあ、ごめんごめん。つい、ね」


 苦笑いする信ノ森に、カリナは少しイラッとした。

 写し身との口喧嘩で苛立ちが溜まっていたこともあって、感情が(たかぶ)ってくる。


「とにかく! あたしはあたしの信じた道を生きるの! 邪魔しないで!」


 その時、カリナの全身がぼんやりと光りはじめた。

 当のカリナ本人はまだ気づいていないが、周りで見守っていた男たちは目をみはった。

 そんな中、写し身はさらに言葉をぶつけていく。


「邪魔なんかしてませんー。アドバイスしてあげてるんですー」


 その完全に煽るような口調に、カリナはとうとうキレた。


「それが邪魔だっつーのー!!」


 瞬間、カリナの全身から出た光が、爆発のような閃光となってあたりを包みこんだ。

 突然の強い光に、男たちはとっさに目を伏せた。


 そんなまばゆい光に照らされて、写し身は霧のように消えた。

 消える瞬間、それは笑顔になって「がんばれ、あたし」と言ったように、カリナには見えた。


 男たちが目を開けた時には、すでにそこには写し身の姿も、篁が出した黒い(とばり)さえもなくなっていた。

 ただの夜の、校舎内の廊下の景色だ。


「これは……彼女の本術が発現した……のか?」


 篁が戸惑いながら呟き、黒岩が「だろうな」と頷く。

 その時、当のカリナは――


「あれ……?」


 状況がよく飲み込めないまま、意識が遠のき、視界が暗転するのを感じた。

 その身体から力が抜けてゆく。


「……ッ!」


 カリナが床に倒れそうになるところを、錬示が風のような速さで駆けつけて抱きとめた。

 教師たちも心配そうに駆け寄る。

 そんな中――


「これは――素晴らしい」


 信ノ森が小声で呟いて、ニヤリと笑った。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ