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第3話 写し身③ 登場!歴史を語る生徒会長/おまけつき

 錬示は、学園では正体を隠している。陰キャらしい姿も、どもり気味に小さな声で喋るのも、正体を隠すための演技だ。

 だからカリナが、この時点で黒づくめの男がクラスメイトの山田くんであることに気が付かないのは、錬示にしてみれば日頃の努力の成果とも言えた。


 二人は繁華街を抜けたあと、学園へ向けて歩いていた。

 すでにその手はほどかれている。

 この間、錬示が困ったのは、カリナがやたらと積極的に話しかけてくることだった。


「ねえ、助けてくれてありがとう! あたし、カリナ。天道香李那ってゆーの! あなたは?」


「名乗る名は、無い」


「えー、またそれー? あたしは敵じゃないんだし、いいじゃん。それに名前ないと、呼びかた困るし」


「……好きに呼べばいい」


「んー……じゃあ、忍者マン!」


(何だそのダサい名前は……)


「あっ、今ダサいって思ったでしょ! だったらちゃんと名前教えてよ!」


「…………」


「じゃあ忍者マンって呼ぶからね! 気が変わったらいつでも名前教えてね!」


 こんな調子で、錬示の呼び名は忍者マンになってしまった。


「忍者マンはさ、けっこう若いよね。あたしと同じぐらい? もしかして、オニガクの生徒?」


「正体を探ろうとするな」


「だって気になるじゃーん。それにしても、忍者ってホントにいるんだね。『くノ一忍風帖』みたい!」


(くっ……『くノ一忍風帖』だと!? なんでコイツがそれを知ってる……?)


 その作品名が出たことで、錬示は内心おおいに驚き、焦った。

 何とか表には出さないように努めたが――

 それはビデオ映画、いわゆるVシネマのシリーズだ。およそ二十年にわたって十三作を数える人気作である。


「うちのお母さんが大ファンでね。あたしもちっちゃい頃からよく見てたんだぁ。主演の朱雀(すざく)ミナミって女優さんが、すっごくカッコよくて! 知ってる? 朱雀ミナミ!」


(よりにもよって、朱雀ミナミの……母さんのファンか!)


 そう。知っているも何も、その朱雀ミナミこそ、錬示の実の母親なのだ。


(コイツの親は、子供になんてもん見せてんだ……)


 その『くノ一忍風帖』シリーズは、主演をはじめとする女優たちの大胆なヌードや濡れ場も売りとする、大人向けのシリーズだ。

 幼少から無邪気に忍術修行に励んでいた錬示だったが、思春期になるにつれてその素性を隠すようになった。そして進学にあたっては地元を離れ、この全寮制の鬼道学園を選んだ。それは、この母親の仕事の影響が大きい。

 いかに美しかろうと、母親の裸というのは男子にとってはキツいのである。


「憧れるよねー、朱雀ミナミ。あたしもあんなカッコいい大人の女になりたいなー」


(だったらなんで黒髪スポーツ系じゃなくて、金髪ギャルやってんだよ……)


 カリナの推し語りを錬示が無言で受け流しているうちに、二人は鬼道学園の校門に着いた。


 * * *


 校門はすでに閉ざされていたが、その脇には守衛の詰所と小さなゲートがある。


 二人が詰所の前に行くと、守衛が出てきて小さな機械を差し出した。

 忍者マンが懐から生徒手帳を取り出してそれにかざす。

 ピッと電子音が鳴り、守衛はモニターを確認した。生徒手帳に内蔵されているICチップによる認証手続きである。


(やっぱり、忍者マンもうちの生徒なんだ……)


 一つ納得したカリナは、その忍者マンから無言で促されて、同じように生徒手帳を取り出して認証した。

 守衛は表示を確認して頷くと、ゲートを開けて通してくれた。


 ゲートをくぐり、夜の学園内に入ると――


「何、これ……なんかヘンじゃない?」


 カリナは空気が変わったのを感じた。

 匂いでもなく、温度でもない。だが、何かが違う――


「この結界の中は、魔素(まそ)が濃いからな」


 しばらく黙っていた忍者マンが、口を開いた。


「結界……は、なんとなくわかるけど。マソ……?」


 聞き慣れない言葉に、カリナが問い返す。


「これから、詳しいやつに会いに行く。そいつから聞くといい」


 そう言って先を歩く忍者マンに、カリナは神妙な面持ちでついて行った。


 校舎に入り、白い電灯に照らされた廊下や階段を通って連れて行かれたのは、生徒会室だった。


「やあ、よく来てくれたね」


 2人を出迎えたのは、一人の男子生徒。

 信ノ森(しのもり)正一郎(しょういちろう)。二年生にして生徒会長を務める秀才だ。

 入学式で在校生代表として挨拶していたので、カリナもその顔は知っていた。


(目が細くて、キツネみたいな人だな)


 その印象は今も変わらない。


「早速だが、天道香李那君。君は、裏サイトのオークションで魔法のカードなるものを落札して、使ったね」


 あくまでも穏やかな口調。

 カリナは警戒心が無かったわけではないが――


(忍者マンもいることだし、大丈夫かな)


 件のカードをポケットから取り出して、これまでの経緯を正直に包み隠さず話すことにした。

 信ノ森生徒会長はにこやかに、時々相槌を打ちながら、その話を聞いていた。


「なるほど。なかなか面白い話だね」


「面白くないですー。あたしの知らないとこで勝手に現れて勝手に出歩いて、チョー迷惑してるんですケド」


 喋っている間にすっかり気安くなったカリナに、信ノ森は苦笑しつつ、姿勢を正した。


「では、君にはこのカードと、この学園にまつわる秘密について説明しようと思うんだけど――その前に。君は、この学園の〝裏の顔〟について、家の人から何か聞いているかい?」


「裏の、顔……?」


 カリナは首をかしげる。鬼道学園への進学にあたって、両親から何か特に変わったことを聞いた覚えは無かった。


「ふむ、聞かされていないか。君、天道神宮の娘さんだよね?」


「えっ、そうですけど?」


 実家である神社の名前が出てきたことに、少し戸惑うカリナ。

 対する信ノ森は「なるほど」と頷いて――


「では、何も知らないという前提で、順を追って話そうか。天道神宮については、後で出てくるから」


「うん、わかった」


「この世には、通常の科学では説明できない不思議な現象がある。それは、君の体験したとおりだ。今さら疑う余地もないだろう?」


 信ノ森は両手を大袈裟に動かしながら話す。まるで新商品をプレゼンするIT社長のようだ。そういう癖なのだろう。


「特にここ、鬼道市には昔から妖怪変化に関する言い伝えが多くてね」


「知ってる。鬼の通り道ってやつでしょ? たくさんの妖怪が一列に並んで歩いてたとか何とか。ちっちゃい頃から耳タコで聞かされたし」


「へえ、そこは知ってるんだね」


「てゆーか、地元の子はみんな知ってるんじゃない? 小学校で習うレベルだし」


「なるほど。じゃあ〝鬼道衆(きどうしゅう)〟というのは聞いたことがあるかい?」


「キドーシュー? それは初めて聞いたかも」


「なら〝退魔師(たいまし)〟とか〝(はら)い屋〟って、わかるかい?」


「えーっと、妖怪とか悪霊を退治する系の?」


「そうそう。鬼道衆は退魔師の集団でね。文献によれば、室町時代にはこの地で妖怪退治みたいなことをしていたらしい。一説には、その源流は平安時代にまでさかのぼるとか――」


「へー、けっこう由緒正しい感じ?」


「そうだね。ただ由緒で言えば、天道神宮は奈良時代にまでさかのぼるとか」


「そうそう、神社の案内板にも書いてあるし」


「天道家は、鬼道衆が現れる以前から、この地で妖魔を祓うことを生業にしていたと考えられる。君はその末裔というわけだね」


「えーっ、マジで? うちのパパとか、全然そんな感じじゃないけど」


「まあ今はともかく、昔は天道家と鬼道衆が時には対立したり、たまには協力したりしながら、この地の人々を妖怪や怪異から守ってきたんだよ」


「対立……仲悪かったの?」


「基本的に、天道家は怪異をとにかく浄化する立場だよね。それに対して鬼道衆は、怪異を取り込んで利用したりなんかしててね。そういった立場の違いや、あとは、縄張り争いみたいなのもあったらしいよ」


「へー、そんな感じだったんだ……」


「そして何を隠そう、この僕は鬼道衆の末裔なのさ」


「マジで!?」


「マジで。天道家の末裔である君と、鬼道衆の末裔である僕とが、ここでこうして出会ったのも何かの縁だろう」


 ここで信ノ森はひとつ間を入れて、次のテーマへと話を進めた。


「さて、時は流れて十九世紀だ。世界中でオカルトを科学的に解明しようという研究が進められた。そして発見されたのが、〝魔素(まそ)〟だ」


「出た、マソ! それって何なの?」


 校門で忍者マンに聞かされてから、気になっていた単語だ。

 カリナの積極的な反応に、信ノ森は嬉しそうに頷いて続けた。


「一言で言えば〝大気中の不思議パワー成分〟だね。魔力や霊力を出すための燃料、エネルギー源になるもの――と思えばいい。怪異の多い土地では、空気中の魔素が多いということがわかったんだ。そして、そこには魔素の発生源となる、いわば〝魔素の泉〟があるのだと」


「その魔素の泉が、ここにもあるってこと?」


「そう。この地の魔素の泉は、大正時代に発見されたんだ」


「大正時代ってゆーと、ひいお婆ちゃんが生まれた頃かな?」


「うん、およそ百年前だね。当時の政府は天道家や鬼道衆と協力して、魔素の泉を封印したんだ。そんなものがあったら、近代化の妨げになると考えたんだね」


「その時は協力したんだ」


「政府の頼みとあってはね。もっとも、魔素の泉を完全に封印できたわけじゃないんだ。地下に厳重に固めて、結界で囲っても、泉から湧き続ける魔素を百パーセント遮断するには至らなかった。それでも、結界の中と外ではずいぶん濃度が違う。おかげでそれ以来、鬼道市の怪異はずいぶん減って、天道家はすっかり普通の神社の宮司になったというわけだね」


「そーゆーことだったんだ……」


「その後、泉の封印は陸軍が管理していたんだけど、戦争が終わって軍隊が解散。そこで政府の支援のもと、鬼道衆によってある施設が建てられた。それがこの鬼道学園。オニミチ学園ではなくキドウ学園なのは、そういう経緯があるからなんだよ」


「ってことは、この学園の地下に、魔素の泉が封印されてるってこと?」


「そのとおり」


「ひえー、そんなとこに通ってたなんて、全然気づかなかったー」


「そしてもうひとつ、この学園が設立された目的がある。それは、魔素に順応しやすい、特殊な異能力を持った生徒を保護し、育成することだ。異能を持った子供たちが周囲から迫害されたり、道を踏み外したりしないようにね」


「そっか。ここって、そーゆートコだったんだ……」


 カリナは、ようやく話の背景が見えてきた気がした。

 けれどまだ、肝心なことが残っている。


「で、結局。このカードって、何なの?」


 カリナは〝写し身の鏡〟のカードを信ノ森の目の前に突き出した。

 信ノ森はそれを見て、続ける。


「それはね。政府や鬼道衆のほかに、魔素や異能について研究している民間企業というのもあるんだ。その一つが、(ブイ)パワーテック社――長いから、略してV社だ」


 右手でVサインを作って見せながら――


「本社は東京だけど、鬼道市内にも研究所がある。そのV社の研究所から、開発中の試作品が流出したらしいんだ。その試作品というのは、様々な術式を簡単に使えるという七枚のカードで――わかるね?」


「これ?」


 カリナは手に持ったカードをしげしげと見つめる。


「そう。実は僕も一枚、落札したんだ」


 信ノ森もカードを一枚、取り出して見せた。

 それはシンデレラという名がついていて、その名の通りシンデレラが魔女の魔法で変身する場面のイラストが描かれていた。


「これは衣装を自在にチェンジできる、便利なカードなんだけどね。忍者の任務に使えそうだろ? だから彼に勧めてみたんだけど――」


 信ノ森は黒装束の男子に視線を振る。


「いらん」


 彼は無愛想に一言答えた。


「えー、なんでよ忍者マン」


「忍者マン?」


 カリナの言葉に信ノ森は一瞬きょとんとしたが、それが正体を隠している彼に付けられた呼び名らしいと察して、クククと小声で笑った。


「いいから、説明を続けろ」


 忍者マンこと山田錬示は、不機嫌そうにそっぽを向く。


「いや、失敬」


 信ノ森は気を取り直し――


「天道君はそのカードを使って、分身を出すことに成功したんだね。実はそれは、凄いことなんだ。ある程度の才能が無ければ、カードを使っても術式を起動することができない。実は、そんな才能のある生徒は学園全体の一割程度なんだ」


「えっ、この学園って、そういう生徒ばっかりなんじゃないの?」


 異能力者の保護と育成を目的にしているというので、カリナはてっきり全校生徒の誰もがそうなのだと思っていた。


「そもそも、異能力者はそんなに多くないんだ。それに、そんな能力者が一般人の中で適応して暮らせるように訓練するのも、学園の大事な役割だからね」


「へー、そっかあ……」


「さて、君にはその才能があった。さすがは天道家の末裔と言うべきか。でも残念ながら、それを制御する(すべ)がまだ身についていない。だからカードの術式が暴走して、思いもよらない結果を引き起こしたわけだね」


「うーん、なるほど……?」


 カリナは決して地頭が悪いわけではないが、一度にたくさんの情報が入ってきたので、そろそろ限界だった。


「ともかく、これだけは憶えておいてほしい。カードには、暴走の危険がある。君の分身も、今は夜の街を徘徊しているだけだが――そのうち、誰かを傷つけないとも限らないからね」


「それって――」


 カリナの顔に緊張が走った。


「あたしのせいで、誰かが傷つくかもしれないってこと?」


「うん。その可能性は、否定できないね」


「それは、やだ! 絶対にやだ!」


 カリナは目が覚めたように声を上げ、拳を握りしめた。

 信ノ森は微笑んで頷く。


「それを防ぐために、僕たちはカードを集めているんだ。差し当たっては、そうだな――」


 信ノ森は立ち上がって、生徒会室の隅からキャスター付きの姿見を引っ張ってきた。

 式典などで登壇する前に身だしなみをチェックするための、全身が映る姿見だ。


「まずは君の分身を、調伏(ちょうぶく)してしまおう」


「チョーブク?」


「つまり、やっつけちゃおうってことさ」


 信ノ森は細い目をさらに細くして笑った。



---


###おまけ:読まなくても特に問題のない設定資料


【くノ一忍風帖】

 朱雀ミナミ主演のVシネマシリーズとして認知されているが、当初は別の女優が主演していた。

 第一作の主演は、当時売り出し中の若手女優。その姉役に脱ぎ要員のAV女優、妹役にまだ無名だった朱雀ミナミが抜擢され、「くノ一三姉妹」という布陣でそこそこのヒットを飛ばす。朱雀ミナミは派手なアクションと健康的なお色気担当で、まだ本格的なヌードは披露していなかった。

 第二作では長女役のAV女優が引退してしまったために交代したが、それ以外は特に変更なく前作を踏襲された。

 その後、主演女優が売れてギャラが高騰したため、続投を断念。

 第三作では妹役の朱雀ミナミを主演とし、殺された姉二人の復讐のために旅立つという筋立てにしたところ、これが大ヒット。朱雀ミナミの初ヌードも話題となり、再編集した劇場版も成功した。

 それ以降、現在に至るまで続く人気シリーズとなったのである。


【魔素】

 19世紀後半、ヴィクトリア時代のイギリス、ロンドン。

 産業革命の恩恵で世界の覇権を握った大英帝国の首都ではその頃、オカルトブームが巻き起こっていた。

 そのような近代科学とオカルトの交わりの中で、魔素は発見されたのである。

 現地で「ファントマ(Phantoma)」と呼ばれたそれは、日本では「幻素(げんそ)」と訳されたが、口頭では「元素」との区別がつきにくきため、かわりに「魔素」という別称が定着することとなった。

 発見されてからまだ百年余しか経過しておらず、あまり研究が進んでいない。

 それが物質と呼べるのかどうかもよくわからないので、「疑似物質」や「エネルギー体」などと、曖昧な認識のまま運用されているのが現状だ。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに!

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