第23話 崩落⑤ 大団円!巨大な敵を撃て
闘技場の天井が崩れ落ちる。
瓦礫と化したコンクリート片や、その上に載っていたグラウンドの土が闘技場に降り注ぐ。
教職員たちは、能力を使って落ちてくる天井を支えたり、避難誘導をしたりと、手分けして生徒たちを地下闘技場から脱出させてゆく。
「危ない!」
巨大なコンクリートの塊が、逃げ遅れた生徒の上に落ちてきた。
そこへ黒岩が、その巨体からは信じられないようなスピードで駆けつけた。
「ふんっ!」
体の何倍もあるような塊を受け止め、支える。
「大丈夫か! お前たちも早く地上へ!」
「は、はい!」
「ありがとう先生!」
生徒たちは礼を言って階段へ向かった。
その進路を迷わないように、風を操って砂塵を吹き飛ばしているのは錬示だ。
カリナもそのすぐそばを離れずにいる。
「お前たちももういい! 地上へ出ろ!」
担いだコンクリート塊をゆっくり地面に下ろしながら、黒岩は錬示に指示を飛ばした。
「俺たちは生徒の安全確保で手一杯だ。お前が篁を止めてくれ!」
天井を突き破った大影獣は、すでに地上に這い出ていた。
篁もそれにしがみつくようにして行動を共にしている。
「了解!」
錬示は頷き、そして――
「行くぞ。しっかり掴まっていろ」
「うん!」
カリナをおんぶで背負い、避難者が列をなしている階段ではなく、天井に空いた大穴へと高くジャンプした。
* * *
「何、今の!?」
生徒会室で律子とともに待機していた紗夜は、突然の轟音と振動に驚いて窓の外を見た。
「何よ、あれ……」
校庭の校舎から最も遠い一角、地下闘技場の真上にあたる場所。
月明かりに照らされて、もうもうと立ち上る砂煙の中から、何か巨大なものが這い出てきた。
それは巨大な黒い猿のようなもの。
その大猿はグラウンドに立つと、両手を振り上げ、月に向かって吠えた。
その巨体は遠目に見ても、三階建てのビル程度はありそうに見えた。
「月夜に大猿……どこかの戦闘民族でも攻めてきたのかしら」
「何の話ですかそれ」
「古いアニメよ。知らないならいいわ」
あまりの現実感の無さゆえか、それとも極度の緊張感をほぐすためか、律子が珍しく呑気なことを言ったが、すぐに――
「ここも安全とは限らないわ。外へ出ましょう」
おそらく地下闘技場の天井を突き破って現れたそれは、校舎をも破壊できるだけの力がある――そう考えた。
ならば逃げ場の少ないここよりも、広い外に出たほうが安全だと判断したのだ。
「カリナとレンジは……?」
「それも、外に出て確認しましょう」
友人たちの身を案じる紗夜を連れて、律子は生徒会室を出た。
その二人のことも心配だが、信ノ森の身にも何かが起こったのだろう――そうでなければこんな事態にはなっていないはずだと、律子は考えていた。
* * *
「こらっ、言うことを聞け! この猿め!」
篁は大猿の体毛を握ってしがみつきながら罵っていたが、当の大猿はまったく聞く耳を持たないようで、ただ無茶苦茶に暴れているようだった。
篁の力の限界を超えた怪物に対して、コントロールがきかないのだ。
今は校庭の中央で腕を振り回したりしているだけだが、このままではそのうち、校舎やその他の建物にも被害が及びかねない。
「さあて、どうしたもんかのう。いくらなんでもデカすぎるわい」
少し離れたところから、夜会四天王と、錬示とカリナ、ついでに柴がその暴れる様子を見ていた。
しかしさすがの土佐も、腕を組んで見上げるばかり。
大猿こと大影獣の身長は、正確にはわからないが、十メートルぐらいはあるように見えた。
生身の人間にどうにかできるようには思えない。
いつも強気な荒木場やランでさえ、無策で突っ込むのは無謀だとわかる。
だが、紀野には考えがあった。
「依り代を破壊すべきだ」
その発言に、皆が耳を傾ける。
「大きいとはいえ、あれも式鬼だ。依り代のある式鬼は強力だが、逆に、それを破壊すれば崩壊する。あの巨体のどこかにある依り代を見つけ出して、破壊するしかない」
「詳しいですね、先輩」
「信ノ森対策で勉強したんじゃのう」
感心するランと土佐。
「でもなあ、依り代を見つけるったってよお。あのクソでけえ体から、どうやって見つけるんだよ」
うんざりしたように言う荒木場。
そこで錬示が閃いた。
「天道、お前の光で探せないか? やつの体全部を消し飛ばせなくてもいい。サーチライトみたいに、依り代のありそうなところを照らして探しくれ」
「うん、やってみる」
カリナは両手を大猿に向かって突き出した。
「はあーっ!」
しかし、光らない。
「なんで!?」
「まだ体力の回復が足りないか?」
錬示も困惑した。
そこへ。
「カリナ!」
校舎から出て来た紗夜が、駆け寄って来た。
紗夜は二人の姿を確認すると、昼間の宣戦布告のことなど忘れてカリナに抱きついた。
「良かった! 無事だったんだ!」
そして錬示の方を見て、その素顔が晒されていることに気がついた。
「レンジ、正体バラしたんだね」
「ああ、頃合いかと思って」
「そっか」
紗夜は微笑んだ。
その二人のやりとりから、カリナは察した。
「紗夜は、知ってたんだね」
「アンタほど間抜けじゃないからね」
抱き合ったまま、紗夜はあえて憎まれ口を言った。
「ホント、紗夜の言ったとおりだね。あたしって、ホント馬鹿じゃん。こんなに近くにいたのに、全然気がつかなかった」
「そう言えるだけえらいよ。その素直なとこが、カリナのいいとこだね」
「ありがと。でも、あたしやっぱり……」
カリナは少し体を離して、紗夜の目を見た。
カリナのまっすぐな瞳を見返して、紗夜は微笑んだ。
「カリナも、レンジも、私の大切な友達だよ。だから、頑張りな」
「いいの?」
「あんまりもたもたしてたら、取っちゃうかもしれないけどね」
「やだ、負けないもん!」
「よし、頑張れ!」
二人は笑い合って、離れた。
「本当にそれで良かったの?」
紗夜の耳元で、律子が囁いた。
ちなみに律子は、紗夜がカリナと話している間に、紀野から手短で的確な状況報告を受けている。
「いいんです……。でも、あとで愚痴とか聞いてもらえます?」
「私で良ければ」
律子は柔らかく微笑んだ。
さてその間、大影獣はグラウンドの中央で吠えたり腕を振り回したりしていたが、突然、その動きをぴたりと止めた。
そしてゆっくりと旋回して、錬示たちの一団がいる方向へと体を向けた。
そして一歩、また一歩と近づいてくる。
篁がようやく大影獣のコントロールに成功したようだ。
「チッ、俺たちに気がつきやがったか!」
荒木場が戦闘態勢をとった。
「いいえ。おそらく狙いはこれね」
律子は落ち着いて、一団の背後にあるものを差し示した。
そこには小さな祠があった。
それは、あの入学式の日にカリナが一礼していた祠だ。
「その祠の土台になってる石――これこそが、この学園の結界を支える要石よ。これが破壊されれば、結界は崩壊するわ」
「なるほどのう。ここは、踏ん張りどころじゃな」
律子の説明を受けて、土佐はゆっくり近づいてくる大影獣に対して迎撃の構えをとった。
「氷高さんたちは離れてください。そのほうが戦いやすい。武速君は、彼女たちの護衛を」
「ラジャー!」
「柴公、テメエも行け。女を守るのは男の仕事だぜ」
「わかったッス! アニキも気をつけて!」
夜会メンバーが役割を決めて、いよいよ臨戦態勢になる。
そんな中、カリナが手を挙げた。
「もう一回、あたしにやらせて! 今度はできる、気がする!」
三強は少し困った顔をしたが――
「やらせてみてくれ。こいつは、やると言ったらやるやつだ」
錬示の言葉を、彼らは受け入れた。
大影獣がズシンズシンと足音を響かせて近づいて来る。
紗夜と律子は、ランと柴に守られながらその場を離れた。
残る五人は巨大な獣に正面から相対する。
「おい、そこをどけ! 死にたいのか!」
大猿の腰のあたりにしがみついている篁が、叫ぶ。
だが五人は逃げない。
カリナが少し前に出た。
「ねえ、山田くん。こんな時になんだけど……」
すぐそばに立つ錬示に話しかける。
「あたしも、レンジって呼んでいい?」
「……ああ、好きにしろ」
少し照れたようなぶっきらぼうな声に、カリナは満足した。
「ありがと。元気百倍!」
そして迫り来る大影獣に向けて両手を広げて突き出した。
「必殺! 拡散っ! 破魔ビーーームッ!」
カリナの両手のひらから放たれたまばゆい光の帯が、広角に広がって巨大な獣の全身を照らした。
大影獣の姿はみるみるうちに崩れてゆき、その体にしがみついていた篁は地面に転がり落ちた。
閃光がおさまった時にはすでに獣の姿は無く、先に地に落ちた篁の後を追うように、ブースターカードがひらひらと舞うように落ちていった。
「おお、すげえじゃねえか! あのデカブツを一発かよ!」
荒木場が興奮して叫ぶ。
だが――
「まだだ! まだ終わらんよ!」
落下ダメージを負いながらも、篁はブースターカードを拾い上げて、ふたたび大影獣を召喚しようとする。
ブースターカードの周りには濃い影が集まろうとしていた。
「まだやれるか?」
さすがに大技で体力を消費したと見えて、肩で息をするカリナに、錬示は尋ねた。
「だいじよーぶ、だよ」
健気に応えるカリナだが、その体力がもう限界に近いことは錬示の目にも明らかだった。
「だったら、さっきみたいな大きいのじゃなくていい。あのカードを、見失わないように照らしててくれ」
「わかった!」
カリナは言われるままに両手を前に突き出し、光を放った。
先ほどのまばゆい閃光とは違い、懐中電灯のような細く、弱い光でカードを照らす。
「その程度の光では、止まらんぞ」
篁の言うとおり、カードにはどんどん黒い影が集まって、獣の姿を形っくった。
さらに獣の体は大きくなり、それにつれてカードの位置も高くなってゆく。
だがそれでもカリナは、それを追うように照らし続けた。
「いいぞ。よく見える」
カリナを労いながら、錬示は足元の小石を拾い上げた。
豆粒大の、丸い小石だ。
それを右手に握り込み、親指で挟んで、ぼんやり照らされたブースターカードに向けて構える。
ブースターカードの周囲には黒く濃い影が集まり、再び大影獣の巨体を形作っていた。
そして今、錬示が放とうとしているその技は、かつて姉を傷つけ、錬示が忍法から遠ざかるきっかけとなった技。
だが今この時、そんな過去は脳裏にも浮かばない。
ただひたすらに、技と、標的に集中する。
「忍法――烈風螺旋弾!」
親指で小石を弾き飛ばす。
放たれた小石は、風の結界によって加速と螺旋回転を与えられ、まっすぐに標的に向かって飛んでゆく。
まさに弾丸のように、まっすぐ――
「行けー!」
誰かが叫んだ。
それは錬示自身の心の声であり、カリナの声でもあり、土佐の、紀野の、荒木場の声でもあり、また、紗夜や律子らの声でもあった。
弾丸と化した小石は、浄化の光にさらされてもその物理的運動を止めることはない。
それは標的であるブースターカードの真ん中に命中し、そして、貫いた。
跡形もなく霧散する大影獣。
真ん中に穴の開いたブースターカードが、ひらひらと不規則な軌道を描きながら落ちてゆく。
篁は今度こそ、地面にくずおれた。
「よっしゃー!」
「お見事」
「ようやったのう」
そばで見守っていた三強の面々が称賛する中――
「やった、やったー! レンジ、サイコー!」
喜びを爆発させたカリナは、錬示に抱きついた。
そしてその勢いのまま、錬示の唇に熱烈なキスを浴びせたのである。
「!?」
突然のことに、錬示はどうしていいかわからず、固まってしまった。
「あーあ、誰がそこまでやれって言ったよ」
少し離れた場所から、その様子を見て苦笑いする紗夜。
その紗夜の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる律子。
ヒューヒューと囃し立てるランに、羨ましそうに眺める柴。
そんな彼女たちのもとへ、一人の男子生徒が歩いて来た。
その姿を見て律子は安堵し、声をかける。
「あら、ずいぶん遅いご到着ね」
「まあね。いろいろあって、大変だったんだ。ごめんね」
それは信ノ森正一郎だった。
信ノ森は律子に苦笑を返すと、篁の方へと歩いて行った。
「もう脱出したのか。ドッペルゲンガーも……」
「ええ、あなたの術では、依り代のコピーまではできなかったようです。残念でした」
うなだれる篁に、信ノ森は要求した。
「ヒーリングカードをお持ちでしょう。渡してください。負傷者の手当てに使います。あなたの番は最後ですが」
「好きにしたまえ、勝者の権利だ……」
篁は潔く従うことにしたが、最後にひとつ、負け惜しみを言いたくなった。
「だが、あまり奢らないことだ。私は、君よりも恐ろしい術者を知っている」
「それはもしかして、葛見葉子さんのことですか?」
「知っているのか……」
「ええ、少しだけですけど、ね」
信ノ森は意味深な笑みを浮かべながら、ヒーリングカードを受け取った。
「おや、少し魔素が薄くなって来たようですね。黒岩先生か学園長あたりが、扉を閉めたのかな」
それは篁の計画が完全に打ち砕かれたことを意味していた。
篁はすでに抵抗する意思も失い、地面に体を投げ出して夜空を見上げるばかりだった。
そして、信ノ森はまだ抱き合っている一年生カップルの方を振り返った。
「君たち、いい加減にして後始末を手伝ってくれないか?」
「もー、カイチョー! いいとこなんだから邪魔しないでよー!」
「君たちはまだ一年生の一学期なんだ。これからたっぷり時間はあるだろう? あとでゆっくり楽しみなさい」
「ちぇー」
カリナはようやく錬示を解放して、とびっきりの笑顔を見せた。
「じゃあレンジ、あとでいっぱいイチャイチャしよーね!」
「おまっ……そんなことを、デカい声で言うなよ……」
錬示は赤面して、そっぽを向いた。
お読みいただきありがとうございます。
ハッピーエンドですが、次回、エピローグとなります。
お楽しみに!




