第21話 崩落③ 推参!山田錬示
放課後、信ノ森が屋上に向かうよりも少し前。
生徒会室で作戦会議が開かれていた。
錬示はとりあえず、パーカースタイルでこれに参加した。
この時点ではまだ、どのタイミングでカリナに正体を明かすか決めかねていた。
そのカリナだが、紗夜との間に微妙な空気が流れているのは傍目にも明らかだった。
二人の間にはいつもより距離があり、お互いに目も逸らしつづけている。
「早めに仲直りしときなさいな」
律子がさらりと一言かけて、それ以上は踏み込まなかった。
余計な口出しは良くないということだろう。
錬示はいつものように黙っていた。
「さて、いよいよ最終局面だ。これから話すことは僕の推測が多分に含まれるが、十中八九は間違いないと、確信している。」
そう前置きして、信ノ森の口から〝魔法のカード〟に関する一連の騒動について語られ始めた。
要約すると――
まずV社が、七枚のカードを試作した。
これらは律子や荒木場のような特殊な能力者のデータから作られた、その能力を他人が手軽に使えるようにしたものである。
試作品の実験データが欲しいV社は、鬼道学園の教職員Xに依頼する。
Xは裏サイトのオークションに七枚のカードを出品することで、生徒たちにばら撒いた。
カードの多くは夜会の選手たちに落札された。
日々鬼道で戦う選手にとってカードは便利なチート・アイテムであり、Xにとって夜会はデータを集めるのにうってつけの場だった。
Xはそうして、ある程度泳がせてデータを集めてから、カードを回収する。
信ノ森の分析によれば、カードそのものにデータを記録する機能が備わっているらしい。
教職員という立場を利用すれば回収は当然の行為であり、まず怪しまれない。
ほとんどの生徒にとっては逆らいにくいので、回収はスムーズにいくはずだった。
だがそこに〝シンデレラ〟を落札して、計画を察知した信ノ森が立ち塞がる。
生徒を危険にさらす行いを、生徒会が見過ごすわけにはいかない。
信ノ森は忍者マンらの協力を得てカードを集めながら、学園長とも連携してXの正体を探ってきた。
結果、七枚中三枚のカードを手に入れることができ、Xの正体もおおよそ掴めた。
「そしてついに今日、追い詰められたXは僕に接触を求めてきたというわけさ」
信ノ森は今朝の手紙を見せた。
「僕はこれからXに会いに行く。場合によっては戦闘になるかもしれないが、まあ負けはしないだろう。負けはしないが、向こうも対策はしてくるだろうから、もしかしたら逃げられるかもしれない」
ここで忍者マンこと錬示を正面に見据える。
「その場合に備えて、忍者マンには魔素の泉を守ってほしい。正確には、その泉を封鎖している扉だね。あれを開放されると、魔素濃度が一気に上がって、結界の外に漏れ出す恐れがある。いくつかのパターンを想定したが、それをされるのが最も危険だ。やってくれるね?」
「…………」
錬示は即答しなかった。
信ノ森の話は理解できたが、その端々にお為ごかしというか、本音を隠した建前にすぎないという匂いを強く感じていた。
その上でその仕事は、はたして錬示がやらねばならないことだろうか?
そもそも錬示は、信ノ森に半ば脅されるようにして協力させられているにすぎない。
それに「正体をばらすぞ」というようなその脅し文句も、自分からその正体を明かす覚悟さえあれば意味が無くなる。
だから、これ以上身を危険にさらしてまで付き合う必要は無いのだ。
どう答えるべきか、錬示が考えていると――
「それ、あたしに行かせて!」
なんとカリナが立候補した。
錬示が驚いてその顔を見ると、そこには強い怒りと決意のようなものがあふれていた。
「君には、万が一に備えて律子さんや月城君と一緒に、ここで待機しておいてほしいんだけどな」
「でも、そのXってのが、そもそもの元凶なんでしょ? ひとこと文句言ってやんないと気が済まないよ!」
信ノ森の提案を拒否するカリナ。
絶対に譲らない、という気迫だ。
「そこまで言うなら、仕方ないな――」
信ノ森は錬示に視線を送る。
(くそっ、これも策のうちか……!)
錬示を動かすために、カードの当事者であるカリナの感情を誘導する。
信ノ森ははじめからそのつもりだったのだ。
錬示は大きくひとつ、ため息をついた。
「ならば、天道は俺が守る。それでいいだろう」
その返答を聞いて、信ノ森は満足そうに頷き、カリナは瞳を輝かせた。
錬示はまたも流されてしまう自分に自己嫌悪しながらも、最悪の場合、扉のことなど放っておいてでも、カリナだけは守ろうと考えていた。
「で、そのXって誰なの?」
カリナの質問に、信ノ森が答える。
「97パーセントの確率で、篁先生だろうね」
* * *
地下闘技場の、さらに地下。
冷たいコンクリートに固められ、古い蛍光灯に照らされた通路の突き当たりに、その扉はあった。
それは観音開きの、少し錆の浮いた重厚な鉄の扉で、閂に鎖に南京錠で封鎖されていた。
しかも複雑な文様や文字の書かれた、古い紙製のお札まで貼ってある。それはカリナには見覚えのある、生まれ育った神社の御札だ。
「すごいね、これ……」
カリナが漏らした声は、扉の厳重さや御札についてではない。
その扉の向こう側から漏れ出る魔素の濃さ、それを感じてのことだ。
かつて感じたことのない濃度から来るプレッシャー、肌が粟立ち、心がざわつくような感覚を、錬示も感じていた。
「ねえ、この扉を守ってればいいんだよね」
「そうらしいが……」
とはいえ、信ノ森の話によれば、仮にその推測が正しかったとしても、ここに篁が来る確率は低いはずだ。
「信ノ森が篁を逃がさなければ済む話だし、そもそもやつの考えが正しいとも限らん」
「まあね。でも、なんか来るような気がするんだよね。ただの勘だけど」
カリナはコンクリートの壁に背中を預けて、錬示を見つめた。
「ねえ。待ってる間さ、ちょっと話、聞いてくれない?」
「ああ……聞くだけなら」
「ありがと」
少し笑って、迷いながら言葉を選ぶように話し出した。
「サヤとケンカしちゃって……てゆーか、なんかあたしが怒らせちゃったみたいなんだよね」
「そうか……」
昼休み後の二人の様子がおかしいことは、錬示も気になっていた。
それもあって、カリナに自分のことをいつ、どのように話すのか決めあぐねていたのだ。
「あたし、忍者マンにはいっぱい助けてもらったし、大好きなんだけどさ……でも、サヤに言われたこと考えてみたら、たしかにあなたのこと、ちゃんと考えてなかったかも……」
「俺のこと……?」
「うん。あたしにとって忍者マンは、憧れだったんだと思う。ピンチに現れるヒーローだし、朱雀ミナミみたいな忍者だし」
「お、おう……」
「でも憧れるばっかりで、ちゃんと理解しようとしてなかったんだね。サヤはたぶん、あたしよりも忍者マンのこと、理解してたんだと思う。だから、そんなあたしに腹が立ったのかも……」
話の流れから、どうやら自分の正体のことが原因でカリナと紗夜の間に何か一悶着あったらしいと、錬示は察した。
「ほら、誰かが言ってたじゃん? 憧れって、理解からいちばん遠いとかなんとか」
それは錬示もどこかで聞いたことがある言葉だ。
「でもね、あたしはただの憧れじゃなくて、忍者マンのこと、ちゃんと理解したいって思うんだ。そうじゃないと、恩返しもできないし」
「恩返しなど……」
「いらないって言っても、するから。じゃないと、あたしの気が済まないし」
「勝手だな……」
「そう。あたし、自分勝手なんだよ。覚悟してよね」
カリナは錬示の目を覗き込んで、笑った。
それが妙に眩しくて、錬示は目を逸らした。
「フン、好きにしろ」
「はーい、好きにしまーす」
カリナに明るさが戻って来た。
錬示は少しほっとした。
「じゃあさっそく、理解するためにいろいろ――」
「シッ!」
勢いに乗ったカリナが質問を投げかけようとしたところで、錬示は人差し指を口の前に立てて、静かにするよう、鋭く指示を出した。
質問に答えたくないからではない。
その真剣な雰囲気に、カリナは逆らわず口をつぐみ、耳を澄ませた。
コツコツと、階段を降りる足音が近づいてきていた。
カリナは壁にもたれていた背中を離し、階段から続く通路の方へと向き直った。
忍者マンはすでに警戒態勢に入っている。
やがて階段から通路へと人影が現れ、こちらへ近づいてきた。
篁だ。
「やっぱり来たね、篁先生。カイチョーの言ったとおりだ」
カリナにとって篁は、憧れの対象でこそなかったものの、優しい先生という印象だった。
それだけに信ノ森の言葉には信じられないものがあったが、だからこそ、本当ならば許せない、騙されたという気持ちだった。
「君たちは……一年生の天道さんに、山――いや、忍者マンだったか」
篁は少し驚いたものの、平静を保っていた。
山田と言いかけて、忍者マンと言い直すぐらいには落ち着いている。
鬼道担当の教職員として、マスクを着用した夜会選手の名前は秘匿事項なのだ。
しかし――
「いや。あらためて、名乗ろう。」
錬示は纏っている黒いフード付きのパーカーに手をかけ、一気に脱ぎ捨てた。同時に黒い不織布のマスクをも外して、素顔をさらす。
「烈風流忍術継承者、山田錬示だ!」
錬示はここでついに、忍者マンの正体を自ら明かした。
「えっ、や、山田くん!?」
驚いたのはカリナである。
口元を両手で覆い、目を大きく見開いて、錬示の横顔を見つめる。
「うそ……」
その可能性は、まったく考えていなかった。
教室の隅でおどおどしている山田錬示と、かっこいい忍者マンの印象がまったく噛み合わなかったのである。
しかし言われてみれば、背格好、髪色、そして紗夜と仲良くなったタイミングなど、たしかに一致する。
「そーゆーことだったの……?」
驚愕しているカリナを横目に、錬示は篁を牽制する。
「篁先生、信ノ森会長との話し合いはどうなりましたか?」
「はて、何のことだか。私は設備に異常がないか見に来ただけだが」
篁はとぼける。
「下校時刻はとっくに過ぎているよ。君たちは帰りなさい」
「俺たちは会長から、ここに来る者は排除するよう指示されています。特に、V社と共謀している教師のような、クソ野郎を!」
「……誰がクソ野郎だって?」
篁としては、ここであまり時間を食っている場合ではない。
その焦りは苛立ちを生み、普段なら笑って流せるような言葉でも、容易く怒りに火をつけることになった。
「どいつもこいつも、なぜ崇高な理想が理解できないんだ! この世界を変革することが、能力者の、そしてすべての人々の未来のためだというのに!」
「ふざけんな! なにが! 何がすべての人々の未来のためよ!」
今度はカリナの怒りが爆発した。
「あんたがバラまいたカードのせいで、あたしがどんだけ迷惑したか! いや、あたしはまだいいわ! 紗夜なんて、もうちょっとで一生ものの傷を負うとこだったんだから! いや、あんな目にあったんだから、もう心の傷は深いよ! それなのに、そんなことしといて、なに言ってんのよ!」
喧嘩中の友達のことを思って、真剣に涙を浮かべて怒っているカリナを、錬示は好ましく思った。
しかし篁は聞く耳を持たない。
「君たちとは視座が違うのだ! もはや議論など無駄! 力づくで通してもらう!」
篁はブースターカードを使った。
「出でよ、影獣ども!」
天井の蛍光灯によってつくり出された篁の影から、むくむくと人のような――というよりは、腕が長くて前傾姿勢の類人猿に近い、黒い獣のようなものが現れた。
それは一匹だけではない。
二匹、三匹、四匹……湧いて出るように次々と出てくる。
「ブースターを身体強化に使うと、肉体が負荷に耐えられん。だが外に放出する術式では、そのリスクは回避できるのだよ!」
十匹、十一匹、十二匹……影の獣たちは、まだ増えてゆく。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!




