第20話 崩落② 激突!白と黒の式鬼決戦
「一人で来たのかい? 指定したつもりはないが」
篁はその顔に笑顔を貼り付けたまま言った。
別の誰かを連れてきた場合、あくまでも教師という立場を崩さずに交渉するつもりだったし、そのほうが立ち回りやすくもあったが、これはこれで想定内だ。
対する信ノ森もまた、笑顔で応じる。
「ええ、そのほうが何かとスムーズにいくと思いまして」
信ノ森としては一対一で交渉し、場合によっては実力行使も辞さないつもりだ。
負けるなどとは露ほども思っていない。
「そうか……。では回りくどいことは無しにして、単刀直入に言おう。君が持っている三枚のカード、こちらに渡してもらえないかな?」
「お断りします」
即答する信ノ森。
ここまでは篁の想定内。
「どうして? 君が持っていても、何のメリットも無いだろう?」
「そうでもありませんよ。なかなか面白いおもちゃです」
「なるほど。ただでおもちゃを取り上げられるのは嫌かい。ではこういうのはどうだい? それを渡してくれたら、君を私の同志たちに紹介しよう。みんな優秀な人たちだ。君の将来にとって、きっと役に立つ人脈になるよ」
「ほう、同志たちと来ましたか」
篁の提案を、信ノ森は鼻で笑った。
「中央官僚時代に知り合いましたか? 東京にはいくつか異能者の団体、秘密結社があると聞いたことがありますが……」
「生徒に経歴を話したことはないはずだが」
「そのぐらい、調べればすぐにわかることです。大学卒業してすぐに法務省、でしたか。キャリア官僚になったはずが、わずか三年で退職。噂に聞く中央の出世レースは、それほど過酷でしたか?」
「信ノ森君。口を慎みたまえよ」
篁は肩を震わせ、声に怒りを滲ませた。
「この国の中枢は、ゴマすりや世渡りの上手い者ばかりが上に立ち、真に優秀な者が報われない、くだらない世界だ。われわれ異能者を排除しようとなどという、愚かな連中ものさばっている。そんな世界は変えねばならん!」
「なるほど。われわれのような優秀な能力者こそが人々の上に立ち、導かねばならない、と?」
「そうだ。君ならわかるだろう。世界はわれわれ異能者を無視して動いている。異能の存在は徹底的に隠蔽され、無いものとして扱われている。それは我々にとっても、世界にとっても、不幸だ!」
「ふむ、なるほど。わかりました」
「おお、わかってくれたか」
「いえ、そういう意味ではなく。あなたの背後にいる同志とやら。幻嶺会ですね?」
「……知っていたか」
「ええ、東京の信ノ森家には、いろいろと情報が集まってきますので。後学のために読んでいたさまざまな団体からのお手紙の中に、幻嶺会のものもありました。先ほどのあなたの台詞と、そっくりのことが書いてありましたよ」
「君は、この思想が理解できないのか?」
「理解はできますが、共鳴はいたしかねます。政治など、やりたい者にやらせておけばいいのです。僕は面白おかしく生きていければいい」
「なんという志の低さ! 君ほどの才能も家柄も持ちながら、それを世のため人のために使う気は無いのか!」
「世のため人のため? 企業とつるんで生徒を実験台にすることがですか?」
「われわれがより力を得るための礎だ。多少の怪我はあったろうが、命に関わるほどのこともない。場合によっては〝ヒーリング〟のカードを使って癒やしもした。この程度ならば犠牲とも言えまい」
「残念ですね。仮にも教師ともあろう者が、教え子たちを傷つけておいてその言い草とは。そんな薄っぺらい理屈では、僕は動きませんよ」
「……君はもう少し、利口だと思っていたよ」
「あなたこそ、迂闊でしたね」
信ノ森は自分のスマートフォンを取り出して、篁にその画面を見せた。
通話中、スピーカーモード。通話相手は――
「篁先生、聞こえているかね。詳しい話は、あとでじっくり聞かせてもらうよ」
鬼道衆の重鎮、学園長だ。
「おのれ……!」
篁の顔から血の気が引いた。
(どこから聞かれていた……?)
自分とV社、そして幻嶺会の繋がり――どこまで話してしまったか。
決定的な自白はしていないような気もするが、ごまかし切るのは難しいだろう。
(ええい、かくなる上は、プランBに――)
「あなたでは僕には勝てませんよ。おとなしく裁きを受けてください」
余裕の笑みを浮かべ、沈みかけの夕日を背にして逆光の中に立つ信ノ森。
その立ち位置すらも計算づく、だろう。
篁の使う操影術は、篁自身の影を操るものだ。それを信ノ森は知っている。
だからこその立ち位置。数メートル離れて向かい合う二人の間にあるのは、信ノ森の影。篁の影は、篁の背後にある。
これでは操影術を発動したところで、信ノ森に届くまで時間がかかる。
その間に強力な式鬼を呼び出して篁を制圧することなど、信ノ森にとっては容易いことだろう。
だが、だからこそ。
「それが君の驕りだ、信ノ森正一郎!」
篁は一枚のカードを取り出して、目の前にある信ノ森の影に向かって投げつけた。
それはカリナから没収した〝写し身の鏡〟のカードだった。
そのカードを核として、信ノ森の影からむくむくと黒い塊が立ち上がる。
それはやがて人の形となり、色を帯び――信ノ森正一郎そっくりの姿となった。
「そう来ましたか」
信ノ森と篁の間に立つ、もう一人の信ノ森。
その姿を見てもなお、信ノ森は笑みを浮かべていた。
いやむしろ、先ほどよりも楽しそうな笑顔にも見えた。
「私の操影術と〝写し身の鏡〟とを組み合わせた新技だ。これはいわば、君のドッペルゲンガー。君はたしかに強いが、さて、自分自身に勝てるかな?」
「面白いですね。試してみましょう」
篁の挑発に対して、信ノ森はスマホをしまって、左手で手印を作った。
人差し指と中指を立てた、オーソドックスな刀印である。
その左手を顔の前にかざして――
「呂號!」
唱えると、信ノ森の前に白い牡牛が現れた。
「呂號!」
ドッペルゲンガーの偽信ノ森が同じように唱えると、こちらは黒い牡牛が現れた。
「行け!」
二人が同時に命じると、二頭の牡牛は同時にお互いに向かって突進した。
そして二人のちょうど真ん中でその角と頭をぶつけ合い、バーンという大きな音を残して、消滅した。
「ほう、これは。まさに互角、といったところですか」
信ノ森が感心したように言うと、偽信ノ森が続けた。
「ちなみに『互角』という言葉は、もともと牛の角という字だったそうですよ。牛の左右の角がまったく同じ大きさであるように、二者の実力が同等であることを表す言葉です。まさに、今の状況にぴったりですね」
「まったく。それを言いたくてわざわざ牛の呂號を選んだというのに。全部言っちゃうなんてひどいじゃないか」
「ふふふ。僕は君、君は僕だからね。そういうものさ」
「なるほど、興味深いね」
(信ノ森が二人になると、鬱陶しさも二倍だな……)
二人のやりとりに篁が半ば呆れていると、信ノ森が次の手を打った。
「波號! 保號! 奴號!」
呼びかけに応じて、三体の式鬼が現れた。
白い虎、白い龍、白い鳥。
「三体同時召喚、だと!?」
驚愕する篁。
篁の操影術も、実は式鬼術の一種だ。影そのものを操っているのではなく、自分の影を媒介として黒い影状の式鬼を召喚して操っている。
ロープのように伸ばして絡みついたり、空間を覆って仕切ったりと、用途によって数種類の式鬼を使い分けているのだ。
だがそれらを複数、同時に操るのは容易なことではない。
それを三体も同時に――しかも、虎や龍など、信ノ森の持つ式鬼の中でも相当強力なもののはずだ。
想像上の存在であるはずの龍も、恐ろしいまでの実在感と迫力を放って空中に浮かんでいる。
「波號! 保號! 奴號!」
しかし偽信ノ森も、さも当たり前のように三体の式鬼を呼び出した。
黒い虎、黒い龍、黒い鳥が現れる。
「行け!」
三体と三体、都合六体の式鬼による大乱闘が始まった。
白い虎に黒い龍が巻き付き、黒い虎が白い龍に襲いかかる。隙を見て空中から急降下攻撃を仕掛ける黒い鳥を、白い鳥が横合いから迎撃する。
そうしてしばらく組んず解れつの乱戦を繰り広げ、やがて、すべてがまた霧散してしまった。
(なんという……!)
想像を超えた戦いに、篁は身動きさえできずに呆然と見ていた。
しかし、信ノ森はさらにそれを超えてくる。
「どこまでついて来られるかな――|以呂波仁保部止知利奴留遠、悉く集え十二鬼将! 急急如律令!」
十二体同時召喚。
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。十二支の勢揃いだ。
太陽はすでに沈み、空には月が輝いている。
その月明かりに照らされて、もはや屋上から溢れんばかりに白い獣たちが居並ぶ。
その姿は恐ろしさも神々しさも超えて、もはやどこか滑稽ですらあった。
やはり偽信ノ森もまた、黒い十二支を召喚する。
そしてみたび、互いにぶつけ合う。
屋上に響く衝撃と轟音の嵐。
完全に太陽が沈んで夜となった今、その威力は先ほどまでとは段違いだ。
(ふむ、やはり十二体同時となると、細かいコントロールは難しいな)
数が多いので見た目は派手だが、その内容は先ほどの三体同士の戦いほど複雑ではない。最初の牛同士のように、互いに直線的にぶつかり合うだけだ。
信ノ森自身は、そのことを冷静に受け止めていた。
(しかし、これにもついてくるか。なら次は、依り代ありの完全召喚を試してみようかな。コピーした依り代でそれが可能なのかどうか……ん?)
白黒あわせて二十四の式鬼たちがぶつかり合っている最中、次の一手を考えていた信ノ森は、足元にふと違和感をおぼえた。
(しまった!)
いつの間にか篁から伸びた影が、足に絡みついていた。
それはさらに伸びて、信ノ森の全身を雁字搦めに捕らえ、包み込んでゆく。
「ふふ、油断したね信ノ森君。ドッペルゲンガーとの戦いに夢中になって、私の存在を忘れてしまったかな?」
三体同時召喚の時には己との実力差に呆然としていた篁だったが、十二体同時召喚などというあまりに現実離れした光景を前にすると、かえって冷静になれた。
ブースターカードを取り出して丹田に当て、得意技を繰り出したのだ。
空の光源が太陽から月に交代したことで、影の方向が変わったのも幸いした。
「いかに君とて、この強化された影縛牢からは、そう簡単には逃れられまい」
信ノ森を包み込んだ影は直径二メートルほどの黒い球体となって、その中に信ノ森を閉じ込めていた。
「あーあ、せっかく盛り上がってきたところだったのに」
偽信ノ森は不満そうに口を尖らせた。
「まあそう言うな。信ノ森君のことだ。しばらくすれば影縛牢からも抜け出してくるだろう。その時に改めて決着をつけるといい」
篁はそう言うと、屋上の縁へと歩を進めた。
「私にはやるべきことがある。ここは君に任せた」
そう言い残すとフェンスを乗り越え、外に身を躍らせた。
手から伸ばした影を命綱のようにして、校庭へと降りてゆく。
屋上には静けさが戻ってきて、残された黒い球体と偽信ノ森が佇んでいた。
「ふふふ。早く出ておいでよ」
偽信ノ森は球体の前にしゃがみ込み、話しかけた。
「君を殺して、その身体をいただくんだ。明日からは、僕が信ノ森正一郎だよ。楽しみだなあ」
本当に楽しそうに無邪気に、信ノ森の影から生まれた化け物は笑った。
* * *
篁が向かったのは地下闘技場の、さらに地下。
そこにあるのは、次元の裂け目、魔素の泉。
(念のために、夜会が休みの日を選んでおいて正解だった)
篁は人影の無い閑散とした闘技場を通り抜けて、階段を降りる。
そして蛍光灯に照らされたコンクリートの地下通路を進み、やがて固く封鎖されたその扉の前に到達した。
しかし、そこには二つの人影があった。
「来たね、篁先生。カイチョーの言ったとおりだ」
金髪のギャルと、黒づくめの少年。
「君たちは……一年生の天道さんに、山――いや、忍者マンだったか」
立ち止まって相手を確認する篁。
「いや。あらためて、名乗ろう――」
忍者マンと呼ばれた少年は、黒いパーカーに手をかけ、それを脱ぎ捨てた。同時に黒いマスクも外して、素顔をさらす。
その隣で、カリナが目を丸くしている。
「烈風流忍術継承者、山田錬示だ!」
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!




