第2話 写し身② 参上!ギャルのピンチに黒い影
H県鬼道市。古くから怪談が絶えず、「鬼の通り道」の伝承で知られる地方都市だ。
その中心市街地の北の外れに、全寮制の高校、鬼道学園はある。
オニミチ市にあって、同じ漢字でなぜキドウ学園と読むのか――地元でも知る者は少ない。そのほうがかっこいいからなんじゃないの、と漠然と考えている人が大半だった。
そんな鬼道学園の生徒たちの間で、密かに共有されている裏サイトがあった。
噂話や他愛ない雑談に興じたりする匿名チャットや掲示板はもちろん、このサイトにはオークション機能が実装されていた。
日用品や家具家電から、授業ノート、真偽不明のテスト問題予想、あるいは女子寮の隠し撮り写真などなど、様々な品が日々取引されている。
そのオークションで、ある夜、ひとつの出品があった。
【全7種】【バラ売り】魔法のカード
最低入札金額:各100円。入札はお一人様一枚限り。
多くの生徒たちは、トレカ――TCG用のカードか何かだと思った。
そんな中、カリナは妙に興味を引かれて、軽い気持ちで入札に参加したのだった。
ほとんどのカードがすでに数千円の値が付く中、一枚だけ、まだ誰も入札していないカードがあった。
なんだか可哀想なような気がして、カリナはそれに入札した。入札金額は百円。最低金額だ。
どうせ誰かがもっと高い値をつけて落とすだろう、とカリナは考えていた。
しかしどういうわけか、それはそのまま、たったの百円で彼女のものになってしまったのだった。
スマホの二次元コードによる決済が完了すると、出品者から受け渡し方法がメッセージされてきた。
受け渡しに使われたのは、各教室前の廊下にある、生徒用のロッカーだった。
(2年F組の、45番……ここか)
人の少なくなった放課後に、カリナは普段足を踏み入れることのない二年生の教室前へと向かって、目的のロッカーを見つけた。
そしてメッセージに従って数字式の鍵を開け、中から一通の茶封筒を手に入れた。
その封筒の中に、例のカードが入っていたのだ。
それはまさしく、トレカのような見た目をしていた。
カード上部にはおどろおどろしい書体で「写し身の鏡」と書かれている。
その下には大きく、カード全体の半分以上の面積を使って、やはりおどろおどろしいタッチのイラストが描かれていた。大きな鏡に向かう人物と、その鏡から身を乗り出してくる、同じ顔をしたもう一人の人物という絵だ。
そしてその下には説明文。
「鏡から現れる、もう一人のあなた。敵か味方か、それはあなた次第」
「できるだけ大きな鏡の前に立ち、カードを下腹部にかざして念を込めてから、鏡の中の自分と目を合わせよう」
「なにこれ」
カードを裏返してみても、そこにはトランプの裏側のような、幾何学模様が印刷されているのみ。
紙質はけっこうしっかりしていて、百円ショップで売られているようなトランプよりも頑丈そうだった。
カリナはそれを寮に持ち帰り、共用トイレの洗面所の鏡で試してみた。
「まさかね」
半信半疑、というよりは疑い九割だった。
カリナは神社の娘で、人よりは多少信心深いほうではあったが、まさか本当に魔法なんてものがあるとは思っていない。
ただ、百円とはいえ対価を支払って手に入れた物だから、何も無いというのも少し腹が立つ。そんな気分だった。
ところが、それは現れた。
「ちょっとちょっとー、なんでトイレなわけぇー?」
腰高の鏡を、まるで窓であるかのようにその縁に足をかけて乗り越えて、鏡の中の自分が、こちら側へやって来たのである。
「え、マジで……?」
「マジもマジよ。超マ」
さすがに驚いたカリナに、鏡から出てきたもう一人のカリナは、親しげに話しかけてきた。
「で、何する? 何して遊んじゃう?」
「えーっと……」
本当にそんなものが出てくるとはまったく思っていなかったカリナは、その後のことなど何も考えていなかった。
「じゃあ、宿題手伝ってくんない?」
「え、やだ。つまんないし」
まさかの却下。
「こーゆーのって、言うこと聞いてくれるもんなんじゃないの?」
「こーゆーのって何よ。ランプの魔人的な? あたし、あんな太ったヒゲのおっさんじゃないし」
「えー……」
困った。
(てゆーかこれ、なんかヤバいやつなんじゃないの?)
カリナは昔、父親に注意されたことを思い出した。
「コックリさんとか何とかさんとか、そういう遊びはしちゃいけないよ。悪い霊が出てきて、取り憑かれでもしたら大変だからね」
その時、まだ小学生だったカリナにはよくわからなかったが、これが父の言う「悪い霊」なのかもしれない。
そう思うと、目の前の自分そっくりなモノがなんだか急に怖くなってきたのだが――
「はい、時間切れー。じゃあねー」
もう一人のカリナはそう言い残して、霧のように消えてしまった。
カリナは慌てて周囲を見渡し、あらためて鏡を覗き込んでみたが、そこにはただ自分の姿が映っているだけの、いつもと変わらない普通の鏡でしかなかった。
(夢? 幻? それにしてはハッキリしすぎ……。でも、こんなこと誰かに言っても信じてもらえないだろうし……)
「あれー、カリナじゃーん。どしたのー? 鏡の前で唸ってー」
そうこうしているうちに、友人がトイレに入って来た。
カリナは何でもないよと笑って、しばらく彼女と談笑した。
そうしているうちに、先ほどの不思議な体験のことは頭の片隅へと追いやられてしまったのだった。
それから三日たった。
その間に、身に覚えのない夜の街での目撃談が相次いだ。
これはアイツの仕業に違いない。そうとしか考えられなかった。
(呼び出してもいないのに、勝手に出て来てるの……?)
昨夜はトイレの鏡の前に張り込んだ。メイクの練習をする振りをして鏡の前で数時間粘ったが、空振りに終わった。
そして昨夜も夜の街で目撃されている。
(まさか、別の鏡から出て来てる?)
ならばと今夜は、玄関の外に張り込んで、寮から出てくるところを押さえようという作戦だ。
五月の夜は涼しく、少し肌寒いぐらいだったが、カリナは粘り強く物陰に潜んで、寮に出入りする人影をすべてチェックし続けた。
そうして一時間あまりが過ぎた頃――
(来た!)
スキップするような軽い足取りで、それは出て来た。
自分でも驚くほどに、カリナにそっくりな姿。間違いない。
「待ちなさいっ!」
カリナは身を翻して、その目の前に躍り出た。
「げっ」
それは驚きの声を一瞬上げたが、すぐにカリナに飛びかかって体当りをした。
「あいたっ!」
カリナはよろけて尻もちをついたが、すぐに立ち上がった。
そして門の外へと駆けていくそれの後を追った。
「待てー!」
五分も走れば、駅前の繁華街に入った。
色とりどりの電灯が照らす街を、そっくり同じ姿の金髪少女が二人、息を切らせて駆け抜けてゆく。
「も、もう限界かも〜」
先に行くほうのギャルが、角を曲がって路地裏へと入っていった。続くほうも、すぐ後を追う。
「捕まえたっ!」
カリナは、逃げる偽物の腕を掴んだ。
しかしその腕は、霧のように霞んだかと思うと、あっという間に消えてしまった。
「えっ!?」
そして走っていたカリナは急には止まれない。
そのままの勢いで、ドン、と誰かにぶつかった。
「ごめんなさいっ!」
カリナはすぐに謝ったが――
「なんだコラァ!? ゴメンで済んだら警察いらねーんだよっ!」
見上げると、その相手はガラの悪そうな中年男だった。
しかも、似たような風貌の男たちが数人、連れ立っていた。
(や、やばいかも……?)
男たちは、相手が小娘一人と見るや、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、カリナを取り囲んできた。
「あー、痛てー痛てー」
「おうおう、ケガしちまったじゃねーか、どーしてくれるんだいお嬢ちゃんよー」
(やばっ、こいつらみんな飲んでるし、話通じない系?)
酒臭い息がかかって、カリナは顔を歪めた。
(こーゆー時は、助けてーじゃなくて、火事だーって言うといいんだっけ?)
男の一人の手が伸びてきて、カリナの手を掴もうとしてきた。
カリナはいよいよ大声を上げようと、手をギュッと握り、臭いのを我慢して息を大きく吸い込んだ。
その時。
カリナへ伸ばした男の手の甲に、何か小さなものが高速で飛んできて当たった。
「いてっ!」
男が反射的に手を引っ込める。
それは豆粒ぐらいの小さな石ころだった。
「あいたっ!」
「うっ!」
「ぎゃっ!」
ほかの男たちも声を上げて、頬や額を押さえた。
やはり小石が飛んできてぶつかったのだ。
それらはみな、同じ方向から飛んできたようだ。
全員の目が、その方向――路地の入り口の方へ向く。
そこにいたのは、黒い人影。
カリナよりも少し背の高い、どうやら男のようだった。
上半身は黒いパーカー。そのフードを深くかぶっている。下半身は黒いジャージで、スニーカーも黒。おまけに黒い指ぬきグローブまで着けていた。
大通りの灯りが逆光となって、その姿をより黒く見せる。
「だ、誰だァ、テメェ!」
「名乗る名は、無い」
低いが、若い声だ。
黒づくめの男は握った右手を少し動かした。
するとカリナの近くにいた男が、また「いてっ」と声を上げる。眉間に小石が当たったのだ。
どうやら握った右手から小石を指で弾いて飛ばしているらしい。
「野郎!」
男たちが襲いかかる。
黒づくめの男は高く飛び上がったかと思うと、近くの男の頭部に蹴りを入れ、反動で空中回転してさらに路地の壁を蹴り、別の一人の背後に回り込んで一撃。着地と同時に低い姿勢から残る男たちの足元に飛び込んで、あとは何がどうなったのか、カリナの目では追いきれなかった。
気がついた時には男たちは皆、地面に倒れるかうずくまるかしていた。
「ヤバ、忍者じゃん……」
思わず呟いたカリナの手を、その黒づくめの男が掴んだ。
「走るぞ、来い!」
その時あらためてカリナは男の顔を見たが、その下半分は黒い不織布のマスクに覆われていた。目深にかぶったフードから、鋭い眼光が覗いたのみである。
「う、うん!」
手を引かれて走りながら、カリナは胸の鼓動がドキドキと高鳴るのを感じていた。
(何これ……心臓が、やばい……ナニコレー!?)
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