第17話 鬼道夜会⑧ 因縁!男の意地とプライド
火花が散る。
闘技場中央で忍者マンの特殊警棒と荒木場の爪が激突した。
人狼化した荒木場の体躯は二メートル近い。
正面からのパワー勝負では不利と見た忍者マンは、すぐに飛び退き距離を取る。
「忍法、分身の術!」
三人に増えた忍者マンが、正面と左右から同時に間合いを詰める。
「そこだ!」
野生の勘か、あるいは強化された嗅覚か。荒木場は左から来る黒い影に爪を振り下ろす。
ガキンッ!
果たして、右手の特殊警棒で爪を受け止めたそれが忍者マン本体で、ほかの二体は幻影に過ぎなかった。
だが忍者マンはひるむことなく、左手の警棒で人狼の頭部へ向けて鋭い一撃を振るう。
荒木場はそれを噛み止める。
スチール製の特殊警棒が人狼の牙でぐにゃりと曲がるのを見た忍者マンは、ためらうことなくその左手の一本を手放して、再びバックステップして距離を取った。
「へっ、今日は最初っから飛ばしてんじゃねえか」
すっかり変形した特殊警棒をペッと地面に吐き捨てて、荒木場はニヤリと笑った。
「今回は売られた喧嘩。買ったからには負ける気なし!」
錬示にしてみれば、今回の試合はシンプルだった。
数日前、生徒会に届いたこの試合の招待状。そこには新形式のテストプレイだなどと書かれていたが、実際それは果たし状であり、つまりこれは果たし合い、決闘である。
しかも相手は夜会三強と呼ばれる強者。
実際、錬示にとって人狼との戦いはこれで三度目だが、荒木場の強さは今までとは格が違った。先ほどの攻防でも、それははっきりと実感できた。
そんな相手から名指しで挑戦を受けた以上、全力をもって当たるのみである。
「一応タッグマッチとなっているが、紀野先輩は僕一人で対処できる。君は荒木場君を引きつけてくれればいい」
信ノ森の立てた作戦もシンプルだった。
ならばと錬示は遠慮なく荒木場の相手に集中する。
仮に信ノ森が紀野に苦戦しようとも、自分で言ったのだから知ったこっちゃない。
「いいねえ。ちったあ見直したぜ忍者野郎。だが……!」
荒木場は一直線に間合いを詰め、爪と牙で襲いかかる。
錬示は超スピードでそれを躱し、間合いを取る。
「逃げてばかりじゃ勝てねえぜ!」
「そうだな……ならば、これはどうだ」
一本残った特殊警棒を腰のホルスターに戻し、両手を胸の前で水平に向かい合わせる。
「忍法、烈風手裏剣!」
両手の間から白い手裏剣が現れ、それが四発ばかり次々に荒木場に向けて放たれた。
それは両手のひらの間で圧縮された空気を前方に投げ飛ばす技――しかもその空気の塊は高速回転して円盤状になり、目標を切り裂くのだ。
「飛び道具かよッ!」
荒木場はとっさに腕で顔面をガードする。
烈風手裏剣はその腕や脇腹、太ももにヒットして血飛沫を上げた。
「おい審判、今のはアリかよ!」
「術で作った攻撃じゃから、アリじゃ」
「チッ、しょーがねーな」
土佐に確認した荒木場は舌打ちしたが――
「ま、こんくらいじゃあどうってことねえけどな」
余裕の笑み。
先ほど受けた傷は、みるみる塞がっていく。
「なんだと……」
錬示も人狼の回復力を見るのは初めてだ。
(厄介だな。これは長期戦か……)
錬示は腰を低く落とし、集中力を高めた。
* * *
いっぽう、紀野はダッシュして信ノ森への接近を試みていた。
それに対して信ノ森は次々と式鬼を繰り出す。
「遠號!」
信ノ森が名を呼ぶと、白い猪が現れて紀野の真正面から突進する。
紀野はサイドステップでこれを躱し、すれ違いざまに横蹴りを入れた。
すると猪の姿は弾け、白い霧となって消える。
「呂號!」
続いて白い牡牛が頭を低くし、角を向けて突っ込んで来る。
紀野はその角を掴んで前転するように飛び上がり、牛の背に着地するようにして蹴りを入れた。
するとやはり牡牛は霧散する。
「奴號!」
次は背後の空中から白い鳥が飛んで来るが、紀野は振り向きざまに腕で薙ぎ払って霧散させる。
「波號!」
ここで信ノ森に背を向ける形になった紀野に、巨大な白い虎がおどりかかる。
しかし紀野は振り向きもせぬまま、バックステップで虎の懐に飛び込むと、背負投げで地面に叩きつけた。
虎も、やはり白い霧となって消えた。
* * *
「嘘でしょ……」
観客席で驚きの声を上げたのは紗夜だ。
カリナと柴はそれぞれ忍者マンと荒木場に声援を送るのに忙しいが、そちらは膠着状態と見た紗夜が信ノ森と紀野の戦いに目を移すと、そちらも信じられない攻防をしていたのだ。
「虎投げちゃうの? あの人ヤバすぎない?」
「ふふーん。なんせここで初めてアタシに勝った人だからね。紀野先輩はすごいんだよ」
なぜか自慢げに胸を張るラン。
「つか、猪とか牛とか出てきた時点でびっくりなんだけど……何なの? あれ」
「あれは、式鬼というものよ」
紗夜の疑問に、律子が答えた。
「昔、安倍晴明という有名な陰陽師がいてね。鬼神とか精霊とかを従えて、自在に使っていたと言われているわ。それこそ呪術から、家の雑用までね。そうやって使われる霊的な存在や、それを使う術のことを式鬼と言うの。」
ちなみに一般的には〝式神〟と漢字表記されることが多いが、信ノ森家においては〝式鬼〟と表記する。
「安倍晴明……聞いたことあるかも。映画とかありましたよね?」
「ええ。もっとも、現代の異能で言う式鬼が、当時のものと同じとは限らないのだけど。同じようなことができるから、同じ名前を使っているだけで……まあとにかく、会長は学園最強の式鬼使い、と呼ばれているわ」
「最強、ですか」
「彼は十二種類の式鬼を使えるのよ。十二鬼将といって、十二支の動物に対応してるらしいわ。私も全部は見たことないけど」
「へー、それって多いんですか?」
そう尋ねたのはランだ。
彼女も式鬼には詳しくない。
「普通は一体か二体だ。三つも四つもポンポン出すなんて、聞いたこともない。それを、十二体だって……?」
答えながら唖然とする新辺。三年生だけにある程度の知識は持っていた分、よけいに驚きが大きい。
律子が補足をする。
「うちの学園だと、彼の次に使える人で、たしか三体だったはずよ」
「桁が違うじゃん、文字通り……」
紗夜は信ノ森のことをやけに自己評価の高そうな人だと思っていたが、実際に能力もバカ高いのだと思い知らされた。
とはいえ繰り出した式鬼はすべて紀野に消され、その距離はもう二メートル程度まで近づいている。
しかしそこでなぜか紀野は立ち止まり、信ノ森に対して半身の体勢で構えを取った。
「紀野君はたしか、ベースは柔術よね? それ以外に異能の術も使うと聞いたけど、どういう術なの?」
律子がランに確認する。
「なんか幻術とかいうので、間合いを狂わされるんですよ。捕まえたと思ったらちょっと離れてたり、逆に離れたと思ったら近くにいたり。こっちの攻撃は当たらないし、気がついたら投げられてる感じ。何回かかっていっても、ポンポン投げられちゃうんです」
「なるほど、あなたのようなタイプには天敵みたいなものね」
律子は納得した。
その幻術とやらは、正面から接近戦を挑んでくるランのような相手には効果てきめんだが、信ノ森の式鬼相手にどこまで通用するかはわからない。
実際、ここまでの流れでそれを使っているようには見えなかった。
それよりも、あの背後から来る虎に対して、振り返りもせずに後ろ向きのまま懐に飛び込んだ動きが、不自然だ。
「自分本来の幻術ではなく、別の術を使っている……?」
「別の術というと、やっぱり〝マインドリーダー〟ですか?」
紗夜が律子の顔を覗き込んだ。
「ええ、おそらくね……」
そのとき律子が何を考えているのか、そのいつもと変わらぬ表情からは、紗夜にはわからなかった。
* * *
「どうした信ノ森君。依り代なしの簡易召喚で、僕に勝てると思ったのか?」
一間、およそ一・八メートルの間合いから紀野は信ノ森に話しかける。
ここまでの式鬼を一撃で仕留められたのは、依り代を持たない脆い式鬼だからだと、紀野は理解していた。
「その手には乗りませんよ。完全召喚の呪文を唱えている間に、間合いを詰めて投げられちゃあたまりません」
信ノ森は薄ら笑いを返す。
名を呼ぶだけで完了する簡易召喚だからこそ、間を詰めてくる相手に臨機応変の対応ができるというものだ。
「投げずとも、触れるだけで君は失格だが」
「勢い余って投げるぐらいのことはしてくるでしょう。それほどに嫌われている自覚はあります」
「僕はそこまで無法ではないが」
舌戦を繰り広げながら、二人はお互いの隙をうかがっている。
「こちらこそ、その手は食わないぞ。迂闊に間合いを詰めれば、そこの地面に潜ませている蛇で絡め取る気だろう」
紀野はそう言って、自分と信ノ森との間にある地面を指差した。
信ノ森はそこに罠を仕掛けていたのだ。
紀野がその範囲に足を踏み入れた瞬間、蛇の式鬼が絡みつき、地面に引きずり倒す。さらに追加で召喚した式鬼――それこそ完全召喚した牛などで上から押さえ込めば、紀野は行動不能で敗北となりかねない。
「へえ。思ったより〝マインドリーダー〟の力を使いこなしてるんですね。副作用もきついでしょうに」
信ノ森は挑発的に笑いながら言う。
紀野が〝マインドリーダー〟のカードを使っていることなど、最初からわかっているということだ。
だが紀野のほうもそれは想定内。
「副作用など……彼女と同じ苦しみなら、僕は喜んで受けよう。そしてこの力を使いこなして、君に勝つ。いかに君の式鬼が強力だろうと、〝マインドリーダー〟の先読みと僕の柔術をもって、捌き切ってみせる!」
紀野の決意は固い。
彼にとって、律子は特別な存在だったのだ。
一年生の頃から共に生徒会役員として近くで見てきた。
美しく凛として、仕事をテキパキとこなし、学業もきわめて優秀。まさに才色兼備とは彼女のことだ。
憧れはいつしか恋心となり、紀野は彼女にふさわしい男になろうと努力を重ねた。実際、仕事仲間としては信頼を得ていたという自覚がある。
しかし交際を申し込む勇気は持てぬまま時は過ぎ――
昨年の九月。
鬼道学園の生徒会長選挙は毎年九月に行われ、そこから一年間の任期となる。
当時二年生の律子が次期生徒会長候補として立候補し、紀野はその陣営の副会長候補を任された。
例年ならば生徒会役員として経験豊富な律子陣営は、問題なく当選する流れだった。
しかし、そこに現れたのが当時一年生の、信ノ森正一郎だった。
「氷高律子さん! 好きです、付き合ってください! そしてついでに、副会長として僕を支えてください!」
公開討論会で信ノ森が言い放ったその言葉が、選挙戦の流れを変えた。
「いいでしょう、受けて立つわ。私に勝ったら好きになさい」
その律子の返答はその場の雰囲気に呑まれたがゆえのリップサービスだったのか、それとも本気だったのか。
ともかく、学園の世論はあらぬ方向へ大いに盛り上がり、紀野がどれほど真面目に政策を訴えても、その空気を変えることはできなかった。
結果、僅差で信ノ森の得票が上回り、律子は公言したとおりに副会長兼、信ノ森の恋人となったのである。
紀野は失意のうちに生徒会を去り、夜会実行委員会に籍を移したのだった。
紀野が信ノ森を恨むのは私怨にすぎない。それは紀野本人もよくわかっている。
だが、負けたくない。負けられない。
これは男の意地でもある。
憎き恋敵を目の前に、紀野は全身に気をみなぎらせて罠を突破するタイミングを計る。
「なるほど。では……」
動いたのは信ノ森。上着のポケットから小さな白い石を取り出した。
それは白い碁石に朱色の筆文字で「以」と書かれたもの――これこそが、式鬼の核となる依り代だった。
それを掲げて、呪文を唱える。
「我、信ノ森正一郎の名において命ず! 第一鬼将、以號! 盟約によりて出で来たれ!」
「な、いかん……!」
マインドリーダーで信ノ森の意図を察知して、紀野は飛び込むように間を詰めた。
地面から飛び出した白蛇の攻撃を先読みで躱し、なおもしつこく絡んでくるのを振り払って、信ノ森に触れようと手を伸ばす。
「――急急如律令!」
あと三十センチほどで指先が届く――その紀野の指先に、信ノ森が碁石を放り投げた。
その瞬間、石が変身したかのように、小さな白い鼠が一匹、ピョコンと現れた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!




