第16話 鬼道夜会⑦ 対決!夜会と生徒会
「問題は、このカードをどうするかだ」
土佐医院にて。話題は今後の方針へと移っていた。
紀野が〝マインドリーダー〟のカードを翳して、意見を求める。
「黒岩先生にでも渡してしまうのが、一番無難なとこじゃろうが……」
「冗談じゃねえ。教師に渡すってことは、V社に協力するようなモンだ。俺は反対だぜ」
「では、生徒会はどうじゃ? やつらもそれを探しとるんじゃろうし、何より、それはもともと氷高女史のものなんじゃろう?」
「フン、生徒会だって教師と似たりよったりだ。気に入らねえ」
土佐と荒木場が議論を交わす。新辺や柴には、特に意見が無いようだ。
「氷高さんはともかく……」
紀野は自分の思考と感情を整理しながら、言葉を紡ぐ。
「信ノ森は、信用できない。彼にはこれを渡したくない。だが、これを持っている限り、生徒会は我々に干渉し続けるだろう」
「いっそ破り捨てちまおうぜ、こんなモン」
「待て待て。早まったことをすると、あとでV社にどんな難癖をつけられるかわからんぞ」
さっそく自分の持つ〝人狼〟のカードを破こうとする荒木場を、土佐が止める。
「相手は大人じゃ。冷静になれ」
「横綱ともあろうもんが、日和ってんじゃねえよ」
「いや、土佐の言うとおりだ。使いようによっては、我々を守る盾にも、敵を攻める矛にもなりうるカードだ。慎重に考えよう」
そう言って紀野は眼鏡のフレームに指先を当て、思考を巡らせるが、なかなか考えはまとまらなかった。
「めんどくせえな」
荒木場が舌打ちする。
「もう、カードを賭けて生徒会とバトルでもしたらどうだ?」
「それは、ええかもしれんのう」
荒木場の案に、意外にも土佐が乗った。
「カードを持っとるかぎり、いずれ生徒会とはぶつかるんじゃ。早めに決着をつけるのが得策かもしれん」
「なるほど……では、生徒会代表の忍者マンと、我々のうち誰かの……」
「いや、ここは紀野。おぬしと、信ノ森とでやるべきじゃと、わしは思う」
「いや、しかし……」
土佐の提案に、紀野は面食らった。
「信ノ森は夜会選手ではない。身体強化できない相手と戦うことは……」
「わかっとる、わかっとる。方法は今から考えればええことじゃ。とにかく一度、信ノ森とは直接戦っておかんと、お互い納得できんじゃろう」
「それは……そうかもしれんが」
「いいじゃねえか。あのスカしたキツネ野郎がぶっ飛ばされるところ、俺も見てみてえしよ」
荒木場が楽しそうにニヤリと笑う。
「ついでに、俺もあの忍者野郎をぶっ飛ばしてえんだが」
「ならばいっそ、タッグマッチにしてみるか」
「おう旦那、話がわかるじゃねえか」
「ちょっと君たち……」
妙に乗り気な土佐と荒木場に押し切られて、方針は決まった。
具体的な方法は、紀野が持ち帰って考えることとなった。
「ところで、気になっていたんだけど……」
ずっとベッドに横たわったまま黙っていた新辺が、口を開いた。
「あの忍者マンという選手、君たちの目から見て、どのぐらい強いんだ? 君たちなら勝てるのか?」
それは試合中から感じていた疑問だった。
ブースターを使ってもなお、勝てる気もしなかった対戦相手。
いつかはと目標にしていた三強よりも、もしかしたら強いのではないか――そうでなければ、自分と三強の実力差は絶望的なほどになってしまう。
「はあ!? たりめーだろーが、誰に向かって言ってんだコラ」
「こらこら落ち着けい。やつが相当な実力者なのは確かじゃ。まあ、負ける気はないがの」
「正直に言えば、五分五分だね。油断できない相手だ」
三者三様の回答。
しかしそれぞれに確固たる自信が感じられるものだった。
(かなわないな、これは……)
改めて感じた実力差。
絶望的とも言える。だがそれでもなお、新辺は自分自身がそれほど絶望していないのも感じていた。
(それでも、いつかは……)
卒業までには間に合わないかもしれないが、いつかその日が来るまで、何度でも立ち上がろう。
「俺は、あいつよりはランのほうが強いと思うぜ」
「その対戦は、もう一度見てみたいのう」
「条件次第で勝敗が分かれそうだな……」
強さ議論に夢中になっている三人を見て、いつか彼らと肩を並べ、仲間と呼び合える日が来ることを願ったのだった。
* * *
数日後。
新しいルールの試験運用として、その試合は開催された。
通常の夜会ランキング戦が終わった後のことである。
ちなみにこの日の試合ではランが勝って、ランキングを四位にまで上げていた。
名実ともに、三強に次ぐ実力者となったのである。
そんな熱戦が終わって、選手や観客たちが帰って閑散とした闘技場。二人と二人、合わせて四人が対峙する。
白い武道着に身を包んだ紀野と、すでに短ランと靴を脱いでランニングシャツにボンタンに裸足といういでたちの荒木場の、夜会チーム。
対するは、いつもどおりの制服姿の信ノ森と、新辺戦と同じく黒い覆面スタイルの忍者マンという生徒会チームだ。
そしてこの試合を裁く審判は、土佐が務めることになった。
観客席には生徒会側から律子、カリナ、紗夜。夜会側からはラン、柴、新辺。それぞれ三人ずつ、合わせて六人のみだ。
「ご招待ありがとうございます。超人タイプと術師タイプの混合戦とは、面白いことを考えますね――おや、紀野先輩。聞いてます?」
「あ、ああ……少々雑音が、ね」
信ノ森の呼びかけに、紀野はこめかみを押さえながら答えた。
その顔にはうっすらと汗が光っている。
「雑音? いつもより静かなように思いますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「体調不良で負けたなんて言い訳は、聞きたくありませんからね」
「その心配は無用だ。調子は絶好調だと言っていい」
「よし、ではもう一度、ルールの確認じゃ」
信ノ森と紀野の舌戦を終わらせて、土佐が試合前の最後の確認をする。
「二対二のチーム戦、制限時間は十分。前衛は中央、後衛は壁際の位置について――」
この試合では、忍者マンと荒木場が前衛、信ノ森と紀野が後衛となる。
直径約八メートルの円形闘技場の中央で前衛が対峙し、後衛は同チームの前衛の後方、壁際からスタートする。
特別ルールとして、術師である信ノ森にはダメージを与えるような攻撃は禁止。ただし、敵選手に触れられた時点で脱落となる。
ほかの三名はノックダウンからのテン・カウント、三度のノックダウン、ギブアップ、審判による続行不能判定のいずれかによって脱落。
先に二名が脱落したチームの敗北となる。
なお、今回は前衛のみ、事前に許可された武器の使用が可能。
これは人狼化した荒木場の爪や牙が武器と見なされるため、通常の夜会でも適用されるルールだ。
忍者マンは愛用の特殊警棒を二本、持ち込んでいる。
その他、危険防止のための細かいルールを確認して――
「勝者には、〝マインドリーダー〟のカードが与えられる。生徒会チームが勝てば紀野はそれを渡し、夜会チームが勝てば生徒会は今後このカードについて夜会に干渉しないと約束する。両者、それで良いか?」
「いいでしょう」
「問題ない」
土佐の問いかけに、信ノ森と紀野が頷く。
「では両者、位置について!」
忍者マンと荒木場を中央に残して、信ノ森と紀野が壁際まで後退する。
「よう忍者野郎。覚悟は決まったか?」
言いながら、荒木場は人狼に変身する。
対する忍者マンは、特殊警棒を伸ばして両手に構える。
「試してみるがいい」
「言われるまでもねえ」
前衛二人の間で空気が張り詰めてゆく。
観客席の六人も、固唾を飲んで見守っている。
「それでは――始めッ!」
土佐の掛け声とともに、両者がぶつかった。
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