第15話 鬼道夜会⑥ 陰謀!カードにひそむ企業の思惑
土佐医院。鬼道学園の近くにある個人病院だ。
鬼道に対して理解があり、夜会で怪我をした選手はここで世話になることが多い。
それもそのはず、ここは鬼道衆の流れをくむ医院であり、夜会の横綱こと土佐三郎の生家でもあるのだ。
ブースターカードの過剰使用によって身体にダメージを負った新辺は、闘技場に併設された医務室で応急手当を受けたあと、この医院に運ばれていた。
「おい、よく見とけよ柴公。これが力に溺れたやつの末路ってやつだ」
「勉強になるッス」
「こらこら、ひどいじゃないか。先輩に対して、もう少し言葉を選びたまえよ」
病室のベッドに横たわる新辺を前に、無遠慮な荒木場を紀野がたしなめる。
新辺は三年生であり、荒木場は二年生だが、荒木場は強い者が偉いというシンプルな思考をしていた。
「いや、当然の報いさ……」
新辺は天井を見上げながら、暗い顔で呟いた。
白いLEDの光に照らされた病室には、新辺のほかに四人がいた。
三強の面々と、荒木場にくっついて来た柴が、見舞いに来ているのだ。
ベッドのそばのふたつのパイプ椅子に土佐と紀野が腰掛け、荒木場は近くの壁にもたれかかっていた。柴は荒木場の横に立っている。
「自分の力以上のものを求めてしまったんだ。むしろ、よくこの程度で済んだものだ……」
「ハッ、違うだろ! 自分の力以上のモンを求めるのは、男として当然だ。テメエの間違いは、金で買った力でそれを手に入れようとしたことだろうがよ」
壁にもたれたまま、荒木場が吐き捨てる。
「そうか……そうだな……」
「まあそう落ち込むな。わしらはまだ学生なんじゃ。失敗しても間違っても、そこから学べばええんじゃよ」
顔を曇らせたままの新辺に、土佐は穏やかな口調で諭すように言った。
「言うことがおっさん臭えな、土佐の旦那は。ホントに高校生かよ」
「正真正銘、当年とって十八じゃ。わっはっは」
土佐は豪快に笑う。
腹からの笑い声に満たされて、病室の空気が少し軽くなった。
「それに、あちこち肉離れしとるが、幸い大したことはないそうじゃ。今夜一晩は入院してもらうが、明日には寮に帰れるっちゅうことじゃ」
「やはり、篁先生のカードによる治療の効果だろうか」
「そうじゃのう。あれがなければ、もっと酷かったかもしれん」
「ついでに完治させてくれても良さそうなものだが、あるいは、あのカードにはそこまでの能力はないのか……」
「そんなものがあったら、病院としては商売上がったりじゃがのう」
そう言ってまた笑う土佐につられて紀野も微笑むが、荒木場は渋い顔を崩さなかった。
「気に入らねえな。例の魔法のカードってやつだろ。それを教師が持ってて、使ってるってのはどういうことだ?」
「たしかに」
紀野が真顔に戻って頷く。
「鬼道学園の教師ともあろうものが、あんな出どころ不明のものを……」
「おいおい。とぼけんなよ、紀野さんよ」
荒木場の声が一段と険しくなる。
「出どころならV社に決まってんだろうが」
「やはり、君もそう思うか」
「たりめーだ」
荒木場はポケットから一枚のカードを取り出した。
人狼のカードだ。
「こいつは間違いなく、俺の能力のコピーだ。こんなモンを作れるのは、俺の身体をさんざん調べやがったV社しかありえねえ」
信ノ森生徒会長は知っていたことだが、七枚のカードがV社による試作品であることは、学園でも異能に関わる一部の教職員にしか知られていない秘密だった。
紀野をはじめとする夜会運営委員会にも、夜会の選手たちにも、そのことは知らされていなかった。
だが、V社と因縁のある荒木場にとっては、教えられなくても察することのできる事実だった。
「やつらのことだ。俺たちを使って、大好きな実験ってやつをやってやがるんだろうぜ」
「荒木場君。君はたしか、一年生の時にV社の研究に協力していたという話だが……」
「ああ、その頃はまだ俺も力を使いこなせてなかったからな。暴走を抑えるための研究だっつーから、ホイホイついて行っちまったんだ」
荒木場は当時を思い出して苦い顔をする。
人狼への変身は、同時に理性を失い暴走するというリスクを伴っていた。
まだ能力に目覚めたばかりで上手く制御できなかった荒木場は、毎度の暴走に苦しんでいたのだ。
「いろんな測定やら実験やらをされて、最後にゃ、回復力を調べるってんで、体中あちこち刃物で切ったり刺されたりだ」
「ずいぶん非人道的だな。よく最後までつきあったね」
「抵抗したかったんだが……やつらの中に、魔眼を使うやつがいてな。その女に睨まれると、体が言うことを聞かねーんだ」
蜂巣クレアの顔と、妖しく光る瞳を思い出すと、荒木場の眉間のしわはますます深くなった。
「江蛭のヤローが持ってたカードは、あの女の能力のコピーだな」
「なるほど。魔法のカードの能力は、もともと誰かの能力のコピーというわけだな。となると……」
紀野は、財布から一枚のカードを取り出した。
それは数日前にとある夜会選手から没収した〝マインドリーダー〟のカードだった。
「これはやはり、彼女の能力か……」
* * *
「くしゅん!」
生徒会室で今後の方針について話し合っている最中、律子がくしゃみをした。
「風邪かい? あたためてあげようか」
会長席に座った信ノ森が、すぐに本気とも冗談ともつかないトーンで茶々を入れた。
「そういうのいいから」
その脇に立つ律子は軽くあしらう。
来客用のソファに腰掛けたカリナと紗夜は、会長&副会長カップルのやりとりを興味深そうに見ている。
黒パーカーのフードを被った錬示は、少し離れたところに立って興味なさそうにそっぽを向いていた。
律子が何事もなかったかのように本題に話を戻す。
「〝ブースター〟は篁先生に没収。そして〝ヒーリング〟も篁先生が持っていた。ということは、残るは〝マインドリーダー〟だけね」
「君のカードが最後になるとはね」
「君の? どーゆーことですか?」
信ノ森が律子に向かって言った言葉に、一年生たちは皆引っかかったが、口に出したのはカリナだった。
「私は〝マインドリーダー〟と呼ばれる能力を持っていたのよ」
律子は淡々と告白する。
「まわりの他人の考えていることが、見えたり聞こえたりするの。自分の意志に関係なくね。はじめの頃はただの幻覚か妄想だと思ってたわ。ちょうど中学生だったし、これが中二病か、なんて思ったりして」
「夜にしか発動しないとはいえ、生活に支障をきたすよね、それは」
信ノ森が補足を入れる。
律子がそれに軽く頷いて続ける。
「特に困ったのは塾ね。雑音が多すぎてまったく集中できなくて、成績も落ちていったわ。まわりの心の声も、憧れや嫉妬から、同情や侮蔑や嘲笑に変わっていったりして。それが全部聞こえるものだから、さすがにちょっと病みかけたわ」
「普通なら、間違いなく病むだろうね。病みかけたっていう程度で済む図太さが、さすがだよね」
「それ、褒めてるの?」
「最大級の賛辞だよ」
そんな律子と信ノ森のやりとりを聞いていた紗夜は――
(図太いっていうか、憧れや嫉妬とか自分で言っちゃうあたり、この人もけっこういい性格してるのは確かよね……)
「月城さん、何か?」
「あ、今の、聞こえてました?」
律子に見透かされたようで、驚く。
「いいえ。今はもう聞こえないわ。でも、なんとなくわかるわよ」
「今は、洞察力が鋭いっていう程度のレベルだね」
またも信ノ森の補足。
それを受けて紗夜が尋ねる。
「自然と能力が減退していったとか、制御できるようになったとか、そんな感じですか?」
「いや。ここで登場するのが、V社だ」
信ノ森が、例によって右手でVサインをつくる。
「鬼道学園に入学した彼女は、V社の研究所を紹介された。能力を解析して、抑制する方法を探るためにね。そしてしばらく研究所に通った結果、見事、能力の封印に成功したというわけさ」
「正確に言えば、研究所に通い始めたのは入学する前よ。中学の先生から鬼道学園を紹介されて、見学に来た時に――という流れだったわ。封印できたのは一年生の夏休み中ね」
「そんなわけで、V社は彼女の能力について詳細なデータを持っているのさ。そしてそのデータをもとに作られたのが〝マインドリーダー〟のカードだと、僕たちは考えている」
「勝手にそんなの作って、V社ひどくない?」
カリナが頬をふくらませる。
律子にとってその能力は、忌むべきものだったはずだ。そんなものを律子に無断で再現するなど、カリナには許せないことに思えた。
「私はいいのよ。研究データは自由にしていいかわりに、私の学費は全額V社が負担してくれてるし。何より、あの鬱陶しい能力とさよならできたことに感謝してるわ」
「そんな……」
「でも、ありがとう。あなたの思いやりにも、感謝ね」
珍しく律子が微笑んだ。
普段が堅い雰囲気なだけに、その柔らかい微笑みには破壊力があった。
(やば、ギャップで惚れそう……!)
「あげないよ」
信ノ森がいたずらっぽく笑う。
「カイチョー、心読んだ!?」
「読まなくても、君はすぐ顔に出るからね」
「わかるわー」
「わかる」
「紗夜も! 忍者マンまでー!」
生徒会室は穏やかな雰囲気に満たされていた。
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