第13話 鬼道夜会④ 雑草!夜会デビュー戦
放課後、日没迫る夕暮れ時。
忍者マンの夜会デビュー戦が近づいていた。
そんな夜会の選手控室にて。
「――は?」
思わず声が裏返ったカリナ。
その視線の先、パイプ椅子に腰掛けた忍者マンは、黒い覆面をかぶっていた。
「何よそれー!」
頭部をすっぽりと覆い隠したその姿は、まるで覆面レスラーだ。
「今度こそ素顔が見れるかもって思ったのにー! なんで前より露出減ってんのよ!」
控室には忍者マンこと錬示と、その前に立つ信ノ森と律子。
そこへカリナと、付き添いの紗夜が入って来たところだ。
「てか、覆面アリなんだ……登録名も『忍者マン』だし」
紗夜が眉をひそめると、信ノ森いつものごとく手振りつきで解説を始める。
「異能力は繊細なプライバシー情報だからね。委員会に申請すればマスクと偽名が許されるのさ。そもそも――」
「そんなことより」
律子がぴしゃりと遮り、机の上に数枚の書類を置く。
「試合前の最終確認をしましょう」
「ああ、そうだったね」
信ノ森は向き直り、書類のうちの一枚を手に取った。
それには対戦相手のプロフィールが記されている。
「初戦の相手は、三年生の新辺倫亘選手。ランキング十一位、出身競技はボクシング。そして、カード所持の疑いあり、だ」
「あなたの任務は、新辺君がカードを持っているか確認すること。カードを使いたくなる状況に追い込む――つまり、優位に立って様子を見ることね」
「簡単に言ってくれる……」
「あら、君なら簡単でしょう?」
律子が少し挑発的に微笑む。
ここで信ノ森は別の書類を手に取って、錬示に見せた。
「ちょっと復習しておこうか」
それはあのオークション画面をプリントアウトしたものだった。
七枚のカードのうち、これまでに生徒会が確認したのは〝写し身の鏡〟〝シンデレラ〟〝人狼〟〝支配の魔眼〟の四枚だ。
残るは〝ブースター〟〝ヒーリング〟〝マインドリーダー〟の三枚。
「彼が持っているのはおそらく〝ブースター〟だろうけど、〝ヒーリング〟や〝マインドリーダー〟の可能性も捨てきれない。頭に入れておいてくれ」
あのオークションの後、急に強くなった選手が怪しい――そう睨んだ信ノ森が目をつけたのが、新辺というわけだ。
その裏付けを取るのが、忍者マンこと錬示に課せられた任務である。
その上で、持っているカードの種類まで特定できればなお良し、といったところだ。
「勝敗はこだわらないわ。ただ、任務が終わるまでは試合を終わらせないでくれる?」
「……了解」
(まあ、これも修行のうちか……やるからには、きっちりやってやるさ)
やや釈然としない思いはまだあるが、気合いを入れる。
「それにしても、うまく初戦で目的の相手に当たりましたね?」
話が終わったと判断した紗夜が、輪に入って来た。
「紀野君にお願いしたのよ」
「ほんと、紀野先輩はりっちゃんに甘いよね」
「りっちゃん……」
信ノ森のやけにくだけた呼び方に紗夜は引っかかるが、当の律子は涼しい顔で――
「彼は優しいのよ、誰かさんと違って」
「えー、僕だって優しいでしょう?」
このやりとりに、カリナがたまらず反応した。
ビッと右手を上げて――
「はいはい、質問! カイチョーと律子先輩って、やっぱり付き合ってるんですか!?」
「そうよ」
「きゃー! やっぱり!」
あっさり答える律子に、大はしゃぎのカリナ。
「去年の選挙で公開告白したって話、本当なんですか?」
「どういうふうに聞いてるかは知らないけど、公開告白と、その結果、付き合い始めたのは事実よ」
「きゃー!」
などと盛り上がる女子の会話。
錬示は軽くため息をついた。
(こっちはこれから試合だってのに……)
その横で信ノ森は苦笑しながら、時計を確認して、声を上げた。
「さあ、そろそろ時間だ。行こうか」
その声で錬示は立ち上がり、肩を回した。
(任務を、開始する……!)
* * *
「これより選手入場です!」
場内アナウンスを担当する放送部員が、高らかに告げる。
「東方より、ランキング十一位、新辺倫亘選手!」
新辺が歩いて闘技場に入って来る。
身長は錬示よりも少し高く、やや細身。体重は60キロ台後半、ボクシングの階級で言えばウエルター級あたりであろうか。
「三年生にしてついに才能が開花したか、ここへ来て破竹の三連勝! これに勝てば念願のトップ10入りが見えてきます!」
新辺はボクサーらしく、赤いグローブを着けた両手でシャドーボクシングを披露する。
(……負けられない)
ここは四角いリングではなく、丸い闘技場。
だが戦いの場に立てば、一年前のあの夜が脳裏に蘇る。
その試合では不思議と体が軽く、拳が走った。
そして掴んだ念願の初勝利――しかしそれが、ボクシング人生の最後の試合になってしまった。
望んでもいない異能力。
それが発覚し、リングから追放された。
憧れのチャンピオンベルトは、永遠に手に入らない。
だが、転校して来たこの学園には鬼道夜会があった。
ならばせめて、舞台が変わっても戦いつづけよう。
(卒業までそう時間は残されていない……少しでも、上へ!)
拳に力が入る。
「続きまして西方より、忍者マン選手!」
西のゲートから、全身黒づくめの男が現れる。
タンクトップ、ジャージズボン、スニーカー。覆面の下の目が鈍く光った。
「忍者マーン!」
観客席から黄色い声援が飛ぶ。
「この試合は、夜会ランキング戦、武器なし総合ルール、テン・カウント、スリー・ノックダウン、十分間一本勝負にて行われます」
アナウンサーによるルール説明が場内に響く。
「なおレフェリーは、黒岩先生が校務で不在のため、篁先生に務めていただきます」
アナウンスに合わせるように、篁が入場する。
「まずいな……」
観客席で、信ノ森が小さく呟いた。
* * *
「ちっ、なめやがって――」
観戦しながら、荒木場は苛立ちの声を上げた。
腕を組み、前に投げ出した脚を揺する。
「どうしたんスか、アニキ」
隣に座る柴がその顔を覗き込むように尋ねた。
荒木場は顔を歪めて――
「あの忍者野郎、異能を使わずに戦ってやがる」
「えっ、マジッスか? じゃあ生身であれやってんスか?」
闘技場では、忍者マンと新辺の試合が行われている。
新辺が繰り出すパンチを、忍者マンは避けたり手さばきで弾いたりしながら、蹴りで反撃――その攻防はここまで互角に見えた。
「新辺先輩も一応、超人なんスよね? そのパンチを、生身で受けられるもんスか?」
「普通は無理だね」
後ろの席に座っている紀野が、その疑問に答えた。
「身体強化されたボクサーのパンチは、ガードした手の骨を砕く威力がある。ならば全てを避けてしまいたいところだが、そう甘くはない。何発かは手を使って弾くしかないが……」
「気功の類いか」
紀野の横の席の土佐がぼそっと呟いた。
それを受けて、紀野が眼鏡をクイッと直しながら続ける。
「つまり体内に気を巡らせ、あるいは体表に気をまとって硬化する――中国拳法で言う硬功のようなものか」
それは相当の修練を必要とするものである。
「あの歳でそれを使えるとは」
「いやはや、とんだ達人じゃのう」
「理屈なんざどうだっていいんだよ」
感心する紀野と土佐に、荒木場は悪態をついた。
「ランとやった時のアイツの本気の動きは、こんなもんじゃなかった。要するに、舐めプだろうが」
全力で戦っていないことが不満なのだ。
(それはこっちからの指示ではあるけど――)
少し離れた場所から荒木場たちのやりとりを聞いていた信ノ森は、闘技場で戦う錬示を見つめる。
(やはり、異能はできるだけ使いたくない、ということか)
* * *
(くそっ、チョコマカと……!)
新辺は焦りはじめていた。
いつか当たるだろうと思っていたパンチが、いっこうに当たらない。
なのに、相手の蹴りは当たる。
大したダメージではないが、この試合には制限時間がある。
このままでは判定負けだ。
(しょうがない……使うか……!)
新辺は、右手でそっとトランクスに覆われた下腹部――丹田を押さえた。
トランクスの内側にある隠しポケット、その中に入っている一枚のカード。
意識をそこに集中させると、丹田から熱が湧き上がり、体に力がみなぎるのが感じられた。
(よし、いくぞ!)
ダッシュで間合いを詰め、渾身のアッパーカットを放つ。
それはこれまでとは比較にならないスピードだった。
「あっ」
観客たちが息をのむ中、忍者マンの体が宙に高く舞った。
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