表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

第12話 鬼道夜会③ 悪夢!幼き日の傷痕

 その日の深夜、錬示は悪夢にうなされて目が覚めた。


「姉ちゃん……」


(久しぶりに見たな、この夢……)


 じっとりと汗ばんだ顔を手で拭いながら、昔のことを思い出す。


 錬示の祖父、山田烈風斎(れっぷうさい)。またの名を、ゲイル・ヤマダ。

 忍者俳優としてハリウッドで一世を風靡し、“現代のニンジャ・マスター”として名を馳せたアクション・スターだ。

 彼がスクリーンで披露した超人的な技の数々は、表向きには特撮やCGとされているが、その大半は実際に使われた忍法――異能系忍術だった。


 烈風斎は、異能の使い手だったのだ。


 富と名声を得て帰国した烈風斎は、自身の流派と道場を開いた。それが〝烈風流忍術〟と〝烈風館〟である。

 そこからのちに錬示の母となる朱雀ミナミをはじめ、数々のアクション俳優が世に送り出された。


 ところで烈風斎には一人息子がいたが、彼には鬼道の才能がなかった。

 しかし彼が朱雀ミナミとの間に設けた二人の子には、それがあった。

 それが山田錬示と、その3歳年上の姉、可南子(かなこ)である。


 烈風斎はこの二人の孫たちをおおいに可愛がり、手塩にかけて育てた。

 遊びの延長として忍術の基礎が教えられ、物心つく頃には二人とも進んで修行に励むようになっていた。

 仲の良い姉弟は、道場でも評判の存在だった。


 だが、それゆえに悲劇は起きた。


 錬示が十二歳の春。

 彼はすでにいくつかの忍法――鬼道を用いた忍術を習得していた。

 中でも得意としたのは「指礫ゆびつぶて」と呼ばれる技で、豆粒大の小石を指で弾き、目標へ命中させるシンプルなものだ。


 鬼道を使わずとも百発百中という腕前は道場随一で、「指礫の錬ちゃん」とあだ名されるほどだった。

 鬼道を使えばさらに射程距離と精度を上げることさえできたが、しかし、錬示は満足していなかった。


 いくら命中しても、小石では大したダメージにはならない。

 たとえば木に当てれば、カツンと軽い音が鳴るだけで終わる。


「こんなんじゃ、子供の遊びだ……」


 不満をこぼした錬示に、祖父は言った。


「ふむ。教えてやっても良いが、そろそろ自分で考える時期かもしれん。まずは自分で考えてみよ。それも修行じゃ」


 そこで錬示は、三日ほど自分で考えていろいろ試してみたが、射程が多少伸びたぐらいで、思うような威力は出せなかった。


 そこで姉の可南子に相談すると、彼女はふと思い出したように言った。


「そういえば……小さい頃、お祖父ちゃんがすごいのやってた気がする。指で石を飛ばして、石壁にめり込んだの。あれ、ヤバかったよ!」


「やっぱり祖父(じい)ちゃんは知ってるんだ……どうやればいいのかな」


「もしかしたら、秘伝書とかに書いてあるかも……?」


 そして二人はこっそりと、道場奥の書庫に忍び込んだ。

 そこには、古びた手書きの巻物やノートが並んでいた。


 その中の一冊――『烈風斎忍術覚書ぼりゅうむ四』の中に、それは記されていた。


 烈風螺旋弾れっぷうらせんだん


 指礫で放った小石を鬼道で加速し、同時に螺旋回転を与えることで銃弾に匹敵する貫通力を生む技。

 その一文を読んだ錬示の目は輝いた。


「これだ……!」


 二人はすぐに試すことにした。


 道場からほど近い、小高い山の中。

 すでに日は沈み、月明かりと可南子の持つスマホのライトが辺りを照らしている。

 錬示は小石を拾い、目標に定めた木の幹へ向けて構える。


「えーっと、なになに……。筒状の結界の中に、風が渦を巻いているようなイメージ。そこを通すように指礫を放つべし、と」


 持ち出したノートを読み上げる可南子。

 錬示は頷いて、言われたとおりにイメージを構築する。


 指礫の構え――コイントスを前に向けて放つように構えた右手――に、手印を結んだ左手を添える。

 すると右手の前に、長さ30センチほどの筒状に風の結界が現れた。


「さすが錬ちゃん! よーし、撃てえ!」


 嬉々として囃し立てる可南子。

 錬示は頷いて――


「忍法、烈風螺旋弾!」


 親指に弾かれて、小石が飛ぶ。

 結界によって回転し、加速する。


 だがその技は、やはり初めて使う子供が制御できるほど簡単なものではなかった。


 小石は標的の幹をかすめ、その奥の岩に当たり――予期せぬ方向へ跳ねた。


「やばい! どこへ――」


 錬示が小さく叫んだ時、錬示とその先を照らしていたライトが、その方向を乱した。

 可南子が持っていたスマホを落としたのだ。


「姉ちゃん!」


 今度は大きな声で叫ぶ錬示。


 跳ねた小石は、可南子の脇腹に深く突き刺さっていた。

 白いシャツに赤い染みが広がってゆくのが、夜目にも見えた。


 * * *


 その後、すぐにスマホで救急車を呼んだこともあって、幸いにして可南子の命に別状は無かった。

 深刻な後遺症も残らず、ふさがった傷跡もやがてほとんど目立たなくなる。


 だが彼女はそれ以来、忍術修行から離れてしまった。


 可南子は錬示を責めなかった。

 しかし錬示は自分の意志で、自らに忍法――烈風流では、異能を伴う忍術のことをそう呼ぶ――の使用を禁じた。

 安易な道を選んだがゆえの因果。それを戒めに、基礎トレーニングに明け暮れるようになった。


 そんな日々を続けて三年余り。

 禁を破って、忍法を使ってしまった。

 錬示は己を恥じたが――


(あの武速嵐のような相手と、今後も相まみえるなら……使わざるを得ないのか……?)


 錬示は迷っていた。


「君はいったい、何から逃げてきたんだい?」


 ふと、信ノ森の言葉が脳裏によみがえった。


「逃げてなど……いや、俺は逃げてきたんだ……」


 布団をかぶって、目を閉じる。

 そうして考えても、なかなか答えは出そうにもなかった。


 * * *


 翌朝。

 いやになるくらい爽やかな五月の朝だった。

 錬示はいつも通りに黒縁眼鏡をかけて、うつむき加減で、背中を少し猫背にして登校した。

 始業までまだ少し時間があるので、教室の人影はまばらだ。


 しばらくすると、紗夜が教室に入って来た。

 錬示を見つけると、近寄って来る。


「おはよ。ねえ、ちょっといい?」


「いいけど……」


 錬示が答えると、紗夜は錬示に触れるほどに接近した。

 錬示の耳元に顔を寄せて、小声で囁く。


「ねえ山田はさ、なんで忍者マンのこと、カリナに黙ってるの?」


「あー、えーっと……」


 どこまで話したものか、錬示は少し考えて――


「目立ちたく、ないんだ……」


 それはそれで正直な気持ちである。


「あー、ちょっとわかるかも」


 紗夜は少し離れて、普通の会話の距離になる。


「私も、ダンスだと一番目立ってやるって思うけど、普段はそうでもないしね」


「そうなんだ……」


「うん。スイッチのオンオフで変わるみたいな感じっていうのかな……」


「ああ、なんかわかる気がする」


「じゃあおんなじだ」


 紗夜は少し嬉しそうに微笑んだ。


「ま、カリナといると、目立っちゃうもんね。もしかして、私に話しかけられるのも迷惑?」


 ふと教室を見回すと、何人かの男子生徒たちがこちらを見ている。「地味眼鏡が……」「なんで月城さんと……」というひそひそ声が聞こえてきた。

 確かに、前より目立ってしまっている。しかしそれも今さら、大した問題ではないように思えた。

 錬示は軽く肩をすくめて――


「いや、べつに……」


「よかった。じゃあさ、レンジって呼んでいい?」


「べ、べつにいいけど……」


 紗夜の笑顔をなんとなくまっすぐ見れなくて、錬示は少し目を逸らした。


 その視線の先で、カリナが教室に入って来た。

 金髪が朝の光に輝いて眩しい。


「おはよー、何話してんの?」


「んー、世間話的な?」


 カリナはまっすぐに近づいてきた。

 紗夜はさらりと流すが、カリナはにやにやと悪戯っぽい目で二人を見比べる。


「最近、サヤと山田くん、仲良くない? もしかして……」


 からかいながらも、カリナとしては二人の恋路を応援するぐらいのつもりでいるのだ。


「…………」


「アンタってほんと……」


 困り顔の錬示に、ため息まじりであきれ顔の紗夜。


「えっ、なによぅ」


 思いのほかのリアクションに戸惑うカリナ。

 頬を膨らませて、眉根を寄せる。


 だがその時、アキとミヤコが、さらに担任教師が入って来てホームルームの開始を告げたので、このやりとりはそこで流れたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ