第12話 鬼道夜会③ 悪夢!幼き日の傷痕
その日の深夜、錬示は悪夢にうなされて目が覚めた。
「姉ちゃん……」
(久しぶりに見たな、この夢……)
じっとりと汗ばんだ顔を手で拭いながら、昔のことを思い出す。
錬示の祖父、山田烈風斎。またの名を、ゲイル・ヤマダ。
忍者俳優としてハリウッドで一世を風靡し、“現代のニンジャ・マスター”として名を馳せたアクション・スターだ。
彼がスクリーンで披露した超人的な技の数々は、表向きには特撮やCGとされているが、その大半は実際に使われた忍法――異能系忍術だった。
烈風斎は、異能の使い手だったのだ。
富と名声を得て帰国した烈風斎は、自身の流派と道場を開いた。それが〝烈風流忍術〟と〝烈風館〟である。
そこからのちに錬示の母となる朱雀ミナミをはじめ、数々のアクション俳優が世に送り出された。
ところで烈風斎には一人息子がいたが、彼には鬼道の才能がなかった。
しかし彼が朱雀ミナミとの間に設けた二人の子には、それがあった。
それが山田錬示と、その3歳年上の姉、可南子である。
烈風斎はこの二人の孫たちをおおいに可愛がり、手塩にかけて育てた。
遊びの延長として忍術の基礎が教えられ、物心つく頃には二人とも進んで修行に励むようになっていた。
仲の良い姉弟は、道場でも評判の存在だった。
だが、それゆえに悲劇は起きた。
錬示が十二歳の春。
彼はすでにいくつかの忍法――鬼道を用いた忍術を習得していた。
中でも得意としたのは「指礫」と呼ばれる技で、豆粒大の小石を指で弾き、目標へ命中させるシンプルなものだ。
鬼道を使わずとも百発百中という腕前は道場随一で、「指礫の錬ちゃん」とあだ名されるほどだった。
鬼道を使えばさらに射程距離と精度を上げることさえできたが、しかし、錬示は満足していなかった。
いくら命中しても、小石では大したダメージにはならない。
たとえば木に当てれば、カツンと軽い音が鳴るだけで終わる。
「こんなんじゃ、子供の遊びだ……」
不満をこぼした錬示に、祖父は言った。
「ふむ。教えてやっても良いが、そろそろ自分で考える時期かもしれん。まずは自分で考えてみよ。それも修行じゃ」
そこで錬示は、三日ほど自分で考えていろいろ試してみたが、射程が多少伸びたぐらいで、思うような威力は出せなかった。
そこで姉の可南子に相談すると、彼女はふと思い出したように言った。
「そういえば……小さい頃、お祖父ちゃんがすごいのやってた気がする。指で石を飛ばして、石壁にめり込んだの。あれ、ヤバかったよ!」
「やっぱり祖父ちゃんは知ってるんだ……どうやればいいのかな」
「もしかしたら、秘伝書とかに書いてあるかも……?」
そして二人はこっそりと、道場奥の書庫に忍び込んだ。
そこには、古びた手書きの巻物やノートが並んでいた。
その中の一冊――『烈風斎忍術覚書ぼりゅうむ四』の中に、それは記されていた。
烈風螺旋弾。
指礫で放った小石を鬼道で加速し、同時に螺旋回転を与えることで銃弾に匹敵する貫通力を生む技。
その一文を読んだ錬示の目は輝いた。
「これだ……!」
二人はすぐに試すことにした。
道場からほど近い、小高い山の中。
すでに日は沈み、月明かりと可南子の持つスマホのライトが辺りを照らしている。
錬示は小石を拾い、目標に定めた木の幹へ向けて構える。
「えーっと、なになに……。筒状の結界の中に、風が渦を巻いているようなイメージ。そこを通すように指礫を放つべし、と」
持ち出したノートを読み上げる可南子。
錬示は頷いて、言われたとおりにイメージを構築する。
指礫の構え――コイントスを前に向けて放つように構えた右手――に、手印を結んだ左手を添える。
すると右手の前に、長さ30センチほどの筒状に風の結界が現れた。
「さすが錬ちゃん! よーし、撃てえ!」
嬉々として囃し立てる可南子。
錬示は頷いて――
「忍法、烈風螺旋弾!」
親指に弾かれて、小石が飛ぶ。
結界によって回転し、加速する。
だがその技は、やはり初めて使う子供が制御できるほど簡単なものではなかった。
小石は標的の幹をかすめ、その奥の岩に当たり――予期せぬ方向へ跳ねた。
「やばい! どこへ――」
錬示が小さく叫んだ時、錬示とその先を照らしていたライトが、その方向を乱した。
可南子が持っていたスマホを落としたのだ。
「姉ちゃん!」
今度は大きな声で叫ぶ錬示。
跳ねた小石は、可南子の脇腹に深く突き刺さっていた。
白いシャツに赤い染みが広がってゆくのが、夜目にも見えた。
* * *
その後、すぐにスマホで救急車を呼んだこともあって、幸いにして可南子の命に別状は無かった。
深刻な後遺症も残らず、ふさがった傷跡もやがてほとんど目立たなくなる。
だが彼女はそれ以来、忍術修行から離れてしまった。
可南子は錬示を責めなかった。
しかし錬示は自分の意志で、自らに忍法――烈風流では、異能を伴う忍術のことをそう呼ぶ――の使用を禁じた。
安易な道を選んだがゆえの因果。それを戒めに、基礎トレーニングに明け暮れるようになった。
そんな日々を続けて三年余り。
禁を破って、忍法を使ってしまった。
錬示は己を恥じたが――
(あの武速嵐のような相手と、今後も相まみえるなら……使わざるを得ないのか……?)
錬示は迷っていた。
「君はいったい、何から逃げてきたんだい?」
ふと、信ノ森の言葉が脳裏によみがえった。
「逃げてなど……いや、俺は逃げてきたんだ……」
布団をかぶって、目を閉じる。
そうして考えても、なかなか答えは出そうにもなかった。
* * *
翌朝。
いやになるくらい爽やかな五月の朝だった。
錬示はいつも通りに黒縁眼鏡をかけて、うつむき加減で、背中を少し猫背にして登校した。
始業までまだ少し時間があるので、教室の人影はまばらだ。
しばらくすると、紗夜が教室に入って来た。
錬示を見つけると、近寄って来る。
「おはよ。ねえ、ちょっといい?」
「いいけど……」
錬示が答えると、紗夜は錬示に触れるほどに接近した。
錬示の耳元に顔を寄せて、小声で囁く。
「ねえ山田はさ、なんで忍者マンのこと、カリナに黙ってるの?」
「あー、えーっと……」
どこまで話したものか、錬示は少し考えて――
「目立ちたく、ないんだ……」
それはそれで正直な気持ちである。
「あー、ちょっとわかるかも」
紗夜は少し離れて、普通の会話の距離になる。
「私も、ダンスだと一番目立ってやるって思うけど、普段はそうでもないしね」
「そうなんだ……」
「うん。スイッチのオンオフで変わるみたいな感じっていうのかな……」
「ああ、なんかわかる気がする」
「じゃあおんなじだ」
紗夜は少し嬉しそうに微笑んだ。
「ま、カリナといると、目立っちゃうもんね。もしかして、私に話しかけられるのも迷惑?」
ふと教室を見回すと、何人かの男子生徒たちがこちらを見ている。「地味眼鏡が……」「なんで月城さんと……」というひそひそ声が聞こえてきた。
確かに、前より目立ってしまっている。しかしそれも今さら、大した問題ではないように思えた。
錬示は軽く肩をすくめて――
「いや、べつに……」
「よかった。じゃあさ、レンジって呼んでいい?」
「べ、べつにいいけど……」
紗夜の笑顔をなんとなくまっすぐ見れなくて、錬示は少し目を逸らした。
その視線の先で、カリナが教室に入って来た。
金髪が朝の光に輝いて眩しい。
「おはよー、何話してんの?」
「んー、世間話的な?」
カリナはまっすぐに近づいてきた。
紗夜はさらりと流すが、カリナはにやにやと悪戯っぽい目で二人を見比べる。
「最近、サヤと山田くん、仲良くない? もしかして……」
からかいながらも、カリナとしては二人の恋路を応援するぐらいのつもりでいるのだ。
「…………」
「アンタってほんと……」
困り顔の錬示に、ため息まじりであきれ顔の紗夜。
「えっ、なによぅ」
思いのほかのリアクションに戸惑うカリナ。
頬を膨らませて、眉根を寄せる。
だがその時、アキとミヤコが、さらに担任教師が入って来てホームルームの開始を告げたので、このやりとりはそこで流れたのだった。
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