第11話 鬼道夜会② 超人!筋肉少女ラン
「紹介しよう。1年A組、武速嵐選手だ」
「よろしく!」
紀野に紹介された女子選手は、ハツラツと挨拶した。
見るからに全身これ筋肉という鍛え上げられた体格だが、まず目を引くのはその身長。
男子の平均値程度ある錬示が小さく見えるほどの高身長だ。
「180ぐらいあるんじゃない?」
「四月の身体測定だと179センチだったけど、もう超えてるかも。成長期だし!」
カリナの呟きにも元気に答える嵐。
よく日焼けした顔とベリーショートに切られた髪型からはボーイッシュな印象を受けるが、顔立ちそのものは意外と可愛い系の童顔だ。
「審判は、夜会顧問の黒岩先生にお願いします」
「危ないと判断したら、すぐ止めるからな」
次に紹介された黒岩は、腕組みして睨みをきかせる。
「続いて、立会人を紹介する。三年生の土佐三郎選手に、二年生の荒木場凱選手だ」
「ほう、これはこれは――」
紹介された二人を見て、信ノ森はわざとらしく感嘆の声を上げた。
「三強のそろい踏みとは、豪華ですね」
夜会ランキング一位、土佐三郎。
縦にも横にも大きく、重厚な巨漢だ。
夜会の横綱と呼ばれるとおり、相撲出身の重量級ファイターだが、単なるパワータイプではなく、心技体を兼ね備えたチャンピオンである。
夜会ランキング三位、荒木場凱。
短ランにボンタン、リーゼント頭という昭和ヤンキースタイル。
江蛭をワンパンKOで沈めた、人狼に変身する能力者だ。
「ケッ、なんで俺がこんなことに付き合わなきゃなんねえんだ」
「まあそう言うな。紀野がワシらに頼むんじゃし、非公式とはいえ、かわいい後輩の試合じゃ。見といて損はなかろう」
不機嫌そうな荒木場に、落ち着いた土佐。
この二人に、夜会ランキング二位の紀野を加えた三人が、夜会三強と呼ばれる実力者である。
夜会ランキングは毎週更新されるのだが、ここ一年間、この三人以外の者がトップスリーに名を連ねることができていない。
四位以下とはそれほどの実力差があるということだ。
「これより、忍者マンと武速選手によるエキシビション・マッチを行う。ただし安全のため、格闘ではなくこれを使う」
紀野が取り出したのは、細長い布。赤と白が一本ずつ。
「両者、この鉢巻を頭に巻いて、それを奪い合ってもらう。奪われた方の負けだ。
また、直接的な打撃攻撃は反則とする。武器の使用も禁止。
忍者マン、そのパーカーも脱ぎたまえ」
「くっ……」
錬示は渋々パーカーを脱ぎ、かわりに受け取った白い鉢巻きを深めの位置で縛った。
「ねえねえ、サヤ。前にも思ったんだけど、忍者マンってさ……」
パーカーを脱いで黒いタンクトップ姿になった錬示を見て、カリナは紗夜に話しかけた。
(さすがに気づいたか……)
さすがの天然カリナにも忍者マンの正体がわかったかと思った紗夜だったが――
「なんなのあの筋肉! あの体格であのバランスよ!? 細マッチョの大正解でしょ! しかもさ、タンクトップからチラって見える胸板、あれもう犯罪じゃない!? 推せる〜〜〜!」
「…………」
興奮するカリナを、紗夜は少し呆れたような目で見つめた。
* * *
ラン――武速嵐の猛攻。それを、忍者マン――山田錬示が技でいなし、躱す。
そんな展開が続いていた。
闘技場内にはランと錬示、そして審判の黒岩だけ。
あとのメンバーは観客席から試合の行方を見守っている。
「あの構え……空手か日本武術がベースのようだ。武速君の攻撃をよくしのいでいる」
「ケッ。無能力者にしちゃあ大したもんだが、こりゃ時間の問題だな」
「うむ。ランはスタミナも凄まじいからのう」
夜会三強たちの解説を聞きながら、カリナは焦っていた。
忍者マンの動きも凄いが、ランのスピードとパワーはそれを上回るインパクトがあったのだ。
「がんばれー! 忍者マーン!」
ただ力の限り、逆転勝利を信じて声援を送るのみである。
「紀野先輩、ちょっといいですか?」
冷静な紗夜は、紀野に話しかけた。
「何かな?」
「あのランって子、どういう選手なんですか? 同じ一年生でも、クラスが違うから接点が無くて」
「ああ。彼女は元、陸上競技の選手だったんだ。走る、跳ぶ、投げる――すべてが一流で、将来を嘱望された選手だったと聞いている」
「いやあ、彼女の能力が発覚した時は大変だったんだよ」
信ノ森が話に割り込んできた。
「全国大会直前の時期でね。表向きは怪我ということにして引退してもらって、我が校へ進学することになったんだけど。当時の学校だけじゃなくて、競技団体からもクレームが来てね――金の卵を奪う気かって」
「なるほど……」
たしかに、あのビジュアルで国際大会で活躍でもすれば、マスコミが放っておかないだろう。
美女アスリートとして、テレビにグラビアにと引っ張りだこになる将来が容易に想像できた。
「夜会に参加してからも、連戦連勝。わずか一ヶ月あまりで、現在のランキングは六位。格闘技経験が浅くてまだ荒削りなところはあるが、期待のルーキーさ」
「身体強化つっても、やっぱり元が大事だからな。その点、あいつは文句無しだ」
「わしら三年生が引退したあとは、荒木場とトップを争うじゃろうな」
「三強の皆がそこまで評価してるだなんて、たいしたものね」
律子が感心する。
(これ、さすがにヤバいかも……)
紗夜は錬示の敗北を覚悟した。
その横で、カリナはひたすら忍者マンに声援を送っている。
「同じ一年生の、それも女子に敗れたのでは、君も文句は言うまい」
「はてさて。まだ負けると決まったわけではありませんよ」
紀野と信ノ森は、お互いにまだ余裕たっぷりといったふうに笑みを浮かべている。
* * *
(クソッ、こんな大雑把な動きの相手、躱すのが精一杯とは……!)
闘技場の錬示には余裕が無かった。
ランのスピードとパワーは、錬示の想像を超えていたのだ。
(これなら人狼相手のほうが、よっぽど楽だった……!)
距離を取ろうとする錬示に対して、ランは一直線に突っ込んで来る。
接触する直前、錬示はひらりと躱す。
試合開始からずっと、何度も何度もそれを繰り返していた。
まるで闘牛士にでもなったかのような気分だ。
「なかなかやるじゃん。もっと簡単に終わるかと思ってたよ」
ランは楽しそうに言った。
「でも、そろそろ疲れてきたんじゃない?」
度重なる突進を繰り返しながら、ランのほうはケロッとしている。
一方の錬示はランの言うように、少しずつ疲れが見えてきていた。
(なんというタフさ……こいつ、体力も無尽蔵か……!)
「がんばれー! 忍者マーン!」
客席から、カリナの声援が届いた。
「頑張れ、か……」
(そういえば、俺はなんでこんなに頑張ってるんだ……?)
錬示はふと、考えてしまった。
(俺が頑張る必要、あるのか?)
一週間ほど前、初めて信ノ森生徒会長に話しかけられた時のことを思い出す。
「君を烈風流の継承者と見込んで、お願いしたいことがあるんだけど――ちょっとついてきてくれるかな?」
言外に「君の素性をバラされたくなければ従え」という脅し。
錬示はひとまず信ノ森に言われるまま、誰もいない屋上へとついて行った。
「突然すまないね」
「さっさと用件を言え」
そこで錬示は例のオークションとカードのことを聞かされ、そしてクラスメイトのカリナを監視する任務を依頼されたのだった。
「ところで、家から遠いこの学園にわざわざ来たのは――君はいったい、何から逃げてきたんだい?」
「逃げてなど――」
「実は僕も東京から逃げてきたんだ。秘密を抱えた逃亡者どうし、仲良くやっていこうじゃないか」
「一緒にするな……」
しかし錬示は、信ノ森の要求を拒絶できなかった。
それ以来、信ノ森に言われるままに動いているにすぎない。
信ノ森が何のために錬示を動かしているのか――それは例の〝魔法のカード〟を集めるためらしいが、では何のためにそれを集めようとしているのか、錬示は知らない。
(じゃあ、俺は何のために……)
「もーらいっ♪」
気がついたら、目の前にランが迫っていた。
錬示が考え事をしていたのはほんの一秒にも満たなかったが、それはランにとってはじゅうぶんな時間だった。
(しまった……!)
ランの手が伸び、錬示の白い鉢巻に触れる。
「危ないっ!」
カリナの声が響く。
その声がするほうを見た。
泣きそうな顔のカリナと、目が合った。
(あいつが、見てる……!)
たしかに頑張る義理はない。しかし、カリナの目の前で負けるというのは、どうにも我慢ならない気がした。
瞬間、体が勝手に動いた。
「なにっ!?」
「消えたっ!?」
観客席から驚きの声が上がる。
勝負が決まるかと思われた瞬間、忍者マンの姿が消えた、ように見えた。
空振りしたランが、突進に急ブレーキをかけ、ターンしながら見回す。
相手は、すでに何メートルも離れた場所にいた。
「へー、まだスピード上がるんだ!」
嬉しそうに笑うラン。
一方の錬示は、鼻から下の黒マスクによって表情は見えないが、その眼光は鋭さを増した。
「やれやれ、俺としたことが……まだまだ未熟だな」
(いかなる理由があろうと無かろうと、ここは勝負の場……ならば)
錬示はここでついに、自らに課してきた縛りを解き放つことにした。
心を研ぎ澄まし、気を練り、空気中の魔素へと己の意思を伝える。
「ならば勝つよりほかになし!」
「いいね、面白くなってきた!」
ランは姿勢を低くし、両手をついて、クラウチングスタートの構えを取る。
それに対して錬示は両手を組み、指を絡ませて手印を作った。
「忍法――分身の術!」
* * *
「はあ!? 分身の術だあ!?」
観客席は驚愕に包まれていた。
忍者マンが三人にも増え、ランを翻弄している。
「すごい、忍者っぽい!」
はしゃぐカリナ。
「あれはどう見ても異能の術。それに先ほどの高速回避……」
「土壇場で覚醒した、という感じでもなさそうじゃのう」
「しかもあの術、一朝一夕でできるものではない。つまり、彼は異能を使えなかったんじゃない……使わなかったんだ!」
「ケッ、隠してやがったのか。ふざけやがって」
三強の面々は、忍者マンの変化について分析しあう。
「術と強化の両刀使い――紀野、お前さんと同じタイプじゃな」
「ああ、彼女には相性が悪いタイプだ。まさか負けはすまいが……」
「いや、それよりもあのバカ、かなり熱くなってやがるぜ」
荒木場の言うとおり、三人になった敵に業を煮やしたのが、そのうちの一体にパンチを浴びせた。
攻撃を受けた一体は霞のように消える。
「今のは分身だったみてえだが、本物だったら反則負けになるんじゃねえか?」
「い、いかん!」
紀野は立ち上がった。
その時、ランが次の相手に向かって拳を突き出した。
忍者マンもそれにカウンターを合わせるように、突きを繰り出した。
当たる――と思われた、が。
バシッ!
「肉体への攻撃は反則だと、言ったはずだぞ」
二人の拳は、黒岩審判の両手によってそれぞれ受け止められていた。
「両者、警告とする」
「いや、それまで! 試合終了とする!」
黒岩の裁定に続いて、紀野が大声で宣告した。
「おや、まだ決着はついていませんが?」
信ノ森は薄ら笑いで煽るように問いただす。
「彼が身体強化を使えると判明した以上、こちらが拒否する理由は無い。試験は合格とする」
紀野は堂々たる態度で宣言した。
「ようこそ、忍者マン。続きは夜会でやりたまえ」
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!




