第10話 鬼道夜会① 潜入!超人武闘会
新章、夜会編のスタートです。
「カリナっていい子だけど、ちょっと抜けてるとこあるよね」
放課後の教室で、紗夜が呟いた。
「それな」
「わかるー」
アキとミヤコが同意する。
ギャルのコミュ力ゆえか、この二人もあっという間に紗夜と打ち解けていた。
「えー、そんなことないでしょ。あたし、けっこうしっかり者のお姉ちゃんだよ」
カリナが口を尖らせるが――
「こないだ、自販機の釣り銭を、前の人の忘れ物だと勘違いして騒いでたよな。お前のだってーの」
「先生に『後ろのページを見て』って言われてー、振り返って後ろの席の子の教科書見てたことあったよねー」
アキとミヤコに次々に暴露されて、あえなく撃沈。
「そんなことあったの? 目に浮かぶわー」
「なんで覚えてるのよー!」
女子四人でキャッキャと騒いでいるうちに、話題は信ノ森生徒会長のことに移っていった。
「信ノ森会長といえばー、去年の伝説の生徒会長選挙って、知ってるー?」
「伝説?」
「そー。うちの学園って、九月に生徒会長選挙やるんだけどー」
「そうなんだ。まあ、入学してすぐに投票しろって言われても、何もわかんないもんね」
「そうそう。それでー、去年は氷高先輩ってゆう女子が本命だったんだってー」
「あー、律子先輩? いま副会長の」
「カリナちゃん、知ってるんだー?」
「うん、会ったことあるよ。ちょっと怖そうどけど、意外と優しい人だよ。美人だし」
「へえー。それでー、対立候補が信ノ森先輩だったんだけどー、その時は、氷高先輩が二年生でー、信ノ森先輩はまだ一年生だったのねー」
「今は三年生と二年生だから、去年はそうか」
「うんうん。それでー、公開討論会でー、信ノ森さんがぶちかましたのよー」
「ぶちかました?」
「うん。『氷高律子さん! 僕が勝ったら、付き合ってください!』ってー!」
「何それ熱っ! 公開告白じゃん! あの人、そんなタイプだっけ?」
「そー。意外でしょー? それで選挙が盛り上がっちゃってー」
「で、信ノ森先輩が勝っちゃったわけか」
「そうなのー。超見たかったよねー」
「えっ。てことは、あの二人、付き合ってんの? 気づかなかったわ。不覚ー!」
ちょうどその時。
ピンポンパンポーン。
「一年C組、月城紗夜さん、天道香李那さん。至急、生徒会室までお越しください」
校内放送で二人が呼び出された。
「お、噂をすればってやつ?」
「何かあったのー?」
「昨日ちょっと、いろいろあって……」
カリナが誤魔化している間に、紗夜は、少し離れた席にいた山田錬示がいち早く教室を抜け出すのを見た。紗夜が今朝、錬示に渡した紙袋を抱えて――
* * *
紗夜とカリナが生徒会室に入ると、そこで待っていたのは信ノ森、律子、そして忍者マンと呼ばれる黒づくめの格好をした錬示の三人が待っていた。
(私たちが着くまでの間に着替えたんだ……)
紗夜は錬示の早業に感心しつつ、
(それでこの人が、氷高律子先輩……)
ついさっき噂で聞いたばかりの律子とは、紗夜は初対面だった。
律子は紗夜の視線に気がつくと、冷たい表情を崩して軽く微笑んだ。
紗夜は反射的に「ども」という感じで軽く頭を下げた。
「さて、君たちを呼んだのはもちろん、昨日のことについてだ」
そんな空気をまったく読まないかのように、信ノ森が切り出した。
「月城さんは昨日のうちに先生方からある程度は説明されたと思うけど、改めて、僕のほうからも話しておきたくってね」
そうして信ノ森は、異能の存在と学園の成り立ちについて、そして生徒会やカリナが関わっているカード問題について、紗夜に語った。
普通は信じられないような話だが、紗夜自身が異常な体験をした以上、信じざるを得ないことだった。
「月城さんは本来、異能とは関係のない一般生徒だ。だけど、巻き込まれてしまったからには知る権利があるし、知ってしまったからには、できれば僕たちに協力してほしい。もちろん、無理にとは言わないけどね」
「協力って?」
異能について知ったばかりの紗夜には、自分に何かできるとは思えなかった。それに正直、そんな危なそうなことには巻き込まれたくない気持ちもある。
実際、昨日はかなり危なかったのだ。生まれてこのかた最大のピンチと言ってもいい。
「とにかく僕らは人手不足でね。生徒会の書記や会計といった役員たちも、異能については何も知らない一般枠だ。現状、この件に関わっているのは、今この場にいるメンバーだけなのさ」
信ノ森は肩をすくめる。
「異能が関わる事務処理については、副会長に頼りっきりでね」
「異能が関わっていない事務処理も全部、ですけど」
律子がチクリと刺す。
「ははは、ごめんって。現場の危ないところには、僕が出向かないといけないんだから」
信ノ森は律子に手を合わせたあと、紗夜に向き直った。
「そこで、君には律子さんの補佐をお願いしたい。引き受けてくれるなら、生徒会役員の席を用意しよう。進学にも有利だよ。もちろん、君の身の安全は最大限守るよう、僕が保証しよう」
「うーん……私、放課後はダンスレッスンとかもあるんですけど……」
紗夜は小学生の頃から駅前のダンス教室に通っている。だが、そろそろスキル的にも物足りなくなってきて、正直言って惰性で続けている感もあった。
(いい機会かな……。なんか、放っとくのも気になるし……)
とはいえ、あまり安易に引き受けていいものかは、まだ迷うところでもあった。
「とりあえず、しばらく見学させてもらってもいいですか?」
「もちろん、もちろん」
紗夜の返答に、信ノ森は嬉しそうに頷いた。
「改めて、自己紹介しよう。僕は生徒会長の信ノ森正一郎。二年生だ。こちらは、副会長の氷高律子。三年生」
「よろしくね」
律子は右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
紗夜はその手を軽く握り返した。
「そしてこちらが、正体不明、謎の忍者。通称、忍者マンだ」
「…………」
ふざけた紹介が気に入らないのか、忍者マンこと錬示は押し黙ったまま。
「よろしくね、忍者マン」
紗夜が苦笑混じりに声をかけと、忍者マンは黙って微かに頷いた。
「カリナちゃんについては、説明するまでもないかな?」
「うん、よろしくね! サヤ!」
カリナは明るく言って手を握った。
「良かったー! 異能のこととか、クラスの誰にも言えなくて、ちょっとしんどかったんだよねー!」
(実はここにクラスメイトがもう一人いるんだけど……本人が言わないなら、私から言うことじゃないか)
紗夜は錬示の意思を尊重して、忍者マンの正体については黙っておくことにした。
「さて。じゃあ早速、残りのカードを回収する作戦について、話し合おうか」
信ノ森は両手をパン、と打ち合わせて話題を切り替えた。
「カードの多くは、夜会の選手たちが持っている可能性が高い」
夜会――鬼道夜会は、身体強化タイプの異能を使う生徒たちによる格闘競技会だ。
異能力者には大きく分けて二つのタイプがある。
信ノ森やカリナのように、外部に気を放出して魔素を変化させる術師タイプ。
それに対して、魔素を自分の体内に取り込んで肉体を強化するのが身体強化タイプである。
荒木場のような変身も、身体強化の延長線上にある。
身体強化タイプの異能は、スポーツに打ち込んでいる生徒に発現しやすい。
より速く、より高く、より強く――身体能力を追い求めているうちに、超人的なパワーに目覚めてしまうのだ。
しかしそれが発現してしまった以上、普通の人々と公平に競技をすることはできない。
そうして目覚めてしまった者は一般競技からの引退を強いられ、部活動も辞めざるを得なくなる。
そのままでは彼らの中に不満が溜まり、健全な能力者の育成に支障をきたすだろう――
そう考えた学園運営陣は、能力者同士で競い合う場を設けた。
学園の地下に競技場を作り、一定のルールのもと、格闘試合を行う。
いわば、超人武闘会――それが、鬼道夜会。通称、夜会である。
「あのオークションでカードを落札した生徒たちは、ほとんどが夜会の参加者だと思われる」
調査の結果、信ノ森はそう確信したらしい。
「あの江蛭先輩だって、夜会メンバーだったしね。しょせん借り物の力だけど、夜会でのバトルには役立ちそうな能力が揃っていたからね」
写し身の鏡、シンデレラ、人狼、支配の魔眼の四枚を除いた、残り三枚のカードは以下のとおり。
傷を癒す〝ヒーリング〟に、能力を底上げする〝ブースター〟と、そして相手の思考を読む〝マインドリーダー〟だ。
「そこで忍者マンには夜会に新人選手として参加して、潜入調査をおこなってもらいたい」
「夜会運営委員会には、すでにこちらから連絡しているわ。これから行って、入会試験を受けてもらえるかしら」
律子が信ノ森の言葉を継いで、忍者マンに言った。
「何を勝手に……」
錬示は渋ったが――
「えっ、いいじゃん! 超人武闘会とかカッコイイし、忍者マンならぜったい大活躍できるって!」
カリナはなぜかノリノリだ。
「目立ちたくないんだが……」
「大丈夫だよ。基本的に一般生徒には秘密の夜会だからね」
信ノ森が笑顔で圧をかける。
結局、錬示は引き受けざるを得なくなった。
* * *
だが――
「断る」
鬼道夜会運営委員長にして夜会三強の一角、三年生の紀野州充は、地下闘技場を訪れた生徒会一行に対して冷淡に告げた。
地下闘技場は、部室棟の一番奥の空き部屋から、隠し階段で地下へ降りたところにあった。
紀野は長身で眼鏡をかけた、知性的な感じの男子生徒だ。
律子の紹介によると――
「去年までは生徒会にいたのよ。成績も学年上位クラスで、優秀な人です」
「文系トップの氷高さんに言われると、少々面映ゆいですね」
褒め合いになった。
それはともかくとして――
「なぜです?」
理由を問う信ノ森に、紀野は答えた。
「我々の調査によれば、忍者マン――だったか? 彼は異能が使えないそうじゃないか」
「なんだ、ばれたか」
「うそ――」
しれっと白状する信ノ森の横で、カリナは驚愕した。
これまでの戦いでの錬示の動きを思い出す。その素早さ、力強さ、いずれもとても人間業とは思えなかった。
「だって凄いんだよ、マジで! あれが身体強化ってやつじゃなかったの!?」
「鍛錬の賜物だ」
錬示はむすっと答える。
「逆に凄くない!?」
「そう、凄いんだよ。さすが忍者だよね」
信ノ森は続ける。
「彼の実力はそこらの能力者に引けを取りません。少なくとも江蛭先輩クラスには負けないと思いますが――あの人、たしかランキング八位とかでしょう」
「自己ベストでね。一桁と二桁を行ったり来たりというクラスだ。だが、問題はそこではない」
紀野は眼鏡をクイッと押し上げ――
「身体強化していない者と、我々は戦うことができない。強化された攻撃を未強化の身体で受ければ、命に関わることになる。
遠距離戦では学園最強と言われる君の参加を拒否しているのも、同じ理由だったはずだが――忘れたのかい?」
「いやあ、てっきり負けるのがいやで言い訳しているものだと思ってましたよ」
バチバチと火花が飛びそうな雰囲気だ。
「あの、律子先輩……」
カリナが律子にヒソヒソと小声で話しかける。
「あの二人、仲悪いんですか?」
「ええ、いろいろあってね」
律子はため息混じりに答えた。
その間にも舌戦は熱を帯びていく。
「とにかく認められない。これは安全上の問題だ!」
「接近戦で負けたんじゃあ、言い訳もできませんからね。いやあ、夜会三強の紀野先輩ともあろう人が、すっかり臆病なことで」
「ふん、安い挑発だ――だが、あえて乗ってやろう。まずはこちらの課すテストを受けてから、大口を叩きたまえ!」
信ノ森はニヤリと笑った。
その後ろで、錬示はぽつりと呟く。
「俺の意思は……」
「アンタも大変だね……」
同行していた紗夜が、同情したようにその肩をぽんと叩いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!




