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第五十四話 厳島の女神たち

 「さてと、全て終わったな。帰るか」


 はなは立ち上がって、衣に付いたほこりを軽くはたいた。ただそれだけの動作であるのに、その動きはこの上なく品があった。もはや小汚い服は着て折らず、どこから手に入れたのか真新しい絹の衣を着ている。

 何か吹っ切れたようなはなの横で、どうみても年長に見える妹は、あからさまに不満げな顔をしていた。


「全く、最後最後といいながら、姉様はずっと手を出すのですから。こんな事では、人の世に軽々しく手を出してはいけないという規則に反します」


 また小賢しいことを、というような目顔ではなは妹を見やった。なんだかんだで、自分もちゃっかり上等の絹の衣に着替えてある。

はなはうんざりした様子で言った。


「どこが」


「だって、剣であの者の封印を」


「剣は勝手に飛んで行ってここに帰ってきた」


姉のやる気のないとぼけぶりに、妹はますます意地になった。


「で、でも、なにより大事(おおごと)なのが、あの少年を黄泉から連れ出したことですわ。あれは明らかにやりすぎですわよ。黄泉津大神に睨まれたらどうしますの」


 はなはどうとぼけようと考えていたが、途中でなんだか馬鹿馬鹿しくなって腹を割って話すことにした。


「もう、いいではないか。別にあの時は死んではなかったのだし。それに私にとって勝隆は、我が子のようなものなのだから」


聞き捨てならない告白を聞いて、妹は耳を疑った。


「ちょっと、それはどういう」


「勝隆の亡くなった父は、とても男前でな。ある女と恋に落ちたのだが、その女は勝隆を産んで失踪した。亡くなったということになったのだが。その時期と、私が最初に里に辿り着いて去った時期と、同じような同じでないような」


「そ、そ、それはもしかして」


 蒼白となった妹をよそに、はなは想像に任せるとだけいった。


「まあ、いいではないか、彼らほど我らによくしてくれた一族はいないのだから。我らは壇ノ浦で平家を救えなかった。今、ここでその末裔の少年を救うことは、やはり運命なのではないだろうか」


 その言葉には妹も同意して、少しだけ落ち着きを取り戻した。あの日の風の音、潮騒、そして全てを失い入水する無数の水しぶき。すべてが彼女たちの脳裏に甦ってくる。

姉妹は悲しげな顔をして遠い海を見た。


「さあ、姉様。もう一人の可愛い妹が首を長くして待っていましてよ。身体を返して、早く厳島に帰りましょう」


 かつて、安芸守としての任に就いた平清盛は、交易で手にした莫大な財で厳島に壮麗優美な社殿を造営した。朱色の大鳥居が特徴のその社殿は、今でもこの日の本で最も美しい社の一つである。後に、平家一門の氏神となったその厳島神社に祀られるのは、三柱の比類無く美しい女神たちだった。

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