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第三話 少女はな

 明くる日の昼下がり、勝隆が農作業を終えて剣の鍛錬をしようと家に帰ると、なおから頼み事をされた。


「申し訳ないんですが、はなを迎えにいってきてはくれませんか。朝に鶏小屋から卵を取ってくるように頼んでいたんですけど、どうも帰りが遅いんですよ。私はこれから夕飯の用意をしなくてはならないですし。なんでも、急に集会があるとかで、重役の方々にもお出しする分まで作らなくてはいけなくて、大忙しなんです。三郎は、その知らせの役を受けて出ているし、申し訳ないのですが頼めますか」


 勝隆はすぐに承知したが、集会の話は何も聞いていなかったので少し驚いた。集会の日は予め決まっていて、今日はその日ではない。緊急ということだろうか。緊急の集会は、村の重役が死んだり、倉の食料を盗まれたか、外の者が入ってきたかという時に開かれるものだと聞いている。一体何が起きたというのだろう。

 鶏小屋に入ると、籠に集めたものとは別に、はなが卵に穴を開けてちゅるちゅると吸っていたところだった。はなは勝隆に気づくとぎくりとしたか、勝隆は特に責めたりはしなかった。ただ、卵の食べ方が蛇のようだったので、はなには似つかわしくないように思った。


 「もうちゃんと卵を集めているじゃないか。早く帰らないと、なおが心配していたぞ」


 勝隆が置いてあった籠を持つ、はなは寄って来て勝隆の腰に抱きついた。子どもの高い体温が、勝隆の腰を温める。


「勝隆様。私、勝隆様のことが大好き。三郎様よりもずっと」


「そうか。それはうれしいな。けど、三郎には黙っておけ。あいつ、お前のことを可愛がっているから、そんなことを言うと悔しがるか、さもなければ傷つくぞ」


 はなは、えへへとえくぼを作って笑った。

 その時だった。はなの体が硬直したかと思うと、びくっと揺れた。艶のある髪が乱れる。

 柔らかな笑顔は吹き飛び、視線は虚空に向かう。そしてすぐ再び視線を勝隆に向けると、子どもとは思えない落ち着いた声で言った。


 「うん。でも三郎様は心にもやもやと黒い物があるから苦手だな。ああいうものを持って育ってしまった人間は、残りの人生が苦しくなると思う。自分が幸せになることも、誰かを幸せにすることも難しいの。だから自分を偽って、回りには良くあろうとするの。人気があるのはそのおかげだね。三郎様が私に優しいのは、私で何かを埋めようとしているからなの。本当に私の事を見ているのとは違う。まあ、はなは子どもだから、大抵の人間ははなの性格とか、好みとかは知ろうとしてくれないけどね。とにかくああいう人間が統率を任されると危険だよ。勝隆様も確かに普通から離れてしまっている人間だけど、それでも黒いものが無い分私は好きだな」


 一瞬、勝隆ははなが何を言ったのか理解できなかった。はなはまだ七つくらいで、言葉も大人相手に上手く話せるような歳ではない。しかしそのはなの口から聞こえてきたのは、紛れもなく観察眼のある大人の言葉だった。


「勝隆様、良いことを教えてあげる。勝隆様はじきにこの村を出る事になるよ。今日、そのきっかけとなる話が、勝盛様の家であるんだ。でも恐れてはいけない。勝隆様は自分の運命から逃げてはいけない。それが出来て初めて、一族を救うことが出来るの」


「はな、一体何を言っているんだ。どうしてそんなことを」


 勝隆は咄嗟に、これは神懸かりだと思った。人の間には、こういう者もたまに生まれることがあると、彼らについて、村の年寄りたちから似たような話を聞いたことがあった。巫女の素質を持つものは、神懸かりといって突然何かに取り憑かれたようになり、性格が変わり、自分の知らないことをすらすらを口にしたりするのだ。それは遠い国の出来事だったり、予知だったりする。そしてそういう者は、大抵幼き頃からそうした兆候があるという事だった。

 もしやはなには、そうした巫女のような資質があるのかもしれない。

 突然の出来事だったが、勝隆はそういう理由を思いついて自分に言い聞かせた。


「ん・・、勝隆様、どうしたの?」


 勝隆がぎょっとしていると、はなは先ほど口にしたことなどすっかり忘れたように、笑顔を向けてきた。勝隆は思わずしゃがんではなを抱きしめた。一瞬、はながこの世から消えてしまったような錯覚を覚え、それを打ち消そうとしたのだ。

 そして、はなの口から出た言葉は、なんとんなく不吉のものだと本能的に感じた。その得体の知れない気持ち悪さも、消えればいいと勝隆は思った。勝隆ははなを一層強く抱きしめた。周りから虚しく鶏の声が聞こえてくる。

 そんな時、小屋の外から駆けてくる足跡が聞こえてきた。振り向くとそこには、息を切らし、肩を揺らす三郎がいた。


 「勝隆、ここにいたのか」


 「どうした、三郎。そんなに慌てて」


 勝隆は、この乳兄弟がどうもいつもとは様子が違うことに気がついた。呼吸が荒くなっていることを差し引いても、三郎は間違いなく興奮している。普段は冷静な彼には珍しいことだった。


「屋敷に戻れ。勝盛様が皆を集めている。何かを発表するらしいぞ」


「爺上が・・・。もしや」


「ああ。村の重役たちが呼ばれている。俺の予言があったんだ」


三郎はこみ上げてくる感情を抑えるので必死だったが、勝隆は先ほどのはなの言葉が気になっていた。

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