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第二十八話 変わる世界

 康政は、遥か遠い記憶を思い出していた。

 革命とは、すなわち「天命を革める」という意味である。それは大陸にかつて存在した、殷と周の王朝交代が最も知られた例だった。この場合の大義、すなわち根拠は、天子の徳の喪失。殷周の例で言うならば、殷の第三十代にして最後の帝「帝辛」は政を疎かにし、佞臣を重用し女に溺れ、国を乱れさせて徳を失った。結果民は困窮し、各地で反乱が相次いで国は傾いた。本来、聖徳によって玉座に着いているはずの天子の根拠はここに失われる。

 徳を失った天子に代わり、新たに天命が下ったのが周の武王で、彼は紂王を討って新たな王朝を開いた。これが世に言う殷周革命である。

しかし、歴史の多くがそうであるように、今日伝え聞こえる事が、そのまま事実ではない。

 康政が知る限り、紂王は決して徳を失っていなかった。


(あの人は、天よりも民を愛した人だったのに)


 康政は自分の奥底にある古い傷の疼きを感じた。


「御方・・・心中お察ししますがそろそろ」


自分の頭の中に、康政の声が響いた。


「あ、ごめんね。私は大丈夫なんだけど、あんまり長いとあんたも大変よね」


 目を閉じて念じると、康政の身体の中からふわりと美しい毛並みの狐が出てきた。白はくるりと一回転して着地すると、そのまま前足で顔を掻いた。


「ふわー、さっぱりした!」


「あ、御方、それはいささかお行儀が」


身体から白が抜け、自分を取り戻した康政はその場に座り込みたいのを堪えると、傍らの泰山北斗を窘めた。


「うっさいわよ。私ってばまだ本調子じゃないから、術の後は疲れるのよね」


「それにしても、見事な術でありましたな」


康政は身体を震わせて感動していた。


「私も久しぶりだったんたけど、うまくいったわね」


 自分の魂を、相手の身体に送り込む秘術、借体形成の術だった。本来は身体を乗っ取るということがこの術の目的なのだが、今回は一時的に康政と身体を共有する事に使っていた。


「さて、これで状況がはっきりしてきたわね。あいつら、革命も辞さない覚悟よ。つまりはこれは本気も本気、あいつらは真剣に民のために考えて腹を決めてるのよ」


白が真顔に戻ると、康政は青ざめた。


「やはり・・・。しかし、何故なのでしょう。この空恐ろしさは。私はとにかく心配で」


白は康政の言わんとする事がすぐに分かった。


 革命。すなわち王朝の交代。それ自体はさほど珍しいことでない。大陸では殷から周、周から秦、漢と王朝は変わっているし、遙か西方ではさらに複雑な王朝の興亡がある。この世のどこででも、起こっている事なのだ。

 しかし、この国において言えば、王朝の交代など、かつて無いことだった。いや、それ以前になにかとてつもない禁忌であるように感じるのだ。


「なんなのかしら、この国は。王朝の交代なんて、大陸生まれの私からすれば全然不思議なことではないのに。平家も源氏も、どうして帝に変わってこの国の王にならなかったのかって、思ってた位なのよ?それでもここに来て、私も何か妙な違和感を覚えている」


「そうなのです。私も土佐で暮らしておりますし、人とも狐とも言えないような者でありますから、帝への忠誠と言っても決して強いものはありません。しかし、何故か帝に仇なす事は、絶対にしてはいけないような、そんな抵抗があるのです。これは一体、いかがしたことでしょうか。心配です」


「気持ちは分かるけど、あんた心配しすぎ。そんな心配性だと禿げちゃうわよ」


 ここ数日で、康政に対する印象は随分変わっていた。兼定といる時や衆目がある時は、聡明で時には老獪さもちらつかせる油断ならない貴公子だったのに、実は繊細で心配性な青年なのである。彼は自分のたちの場のために、必死で演じているらしい。


「わ、私は普段は貴公子然として体裁を整えておりますが、本来はとても心配性な性格なのであります」


「まあ、あんたの身の上を考えればそうもなるか・・・さて」


 白はしばらく思案したが、これといった答えを出すことは出来なかった。答えを出すには、情報が少なすぎるのだ。


「たぶんなんだけど、今の私たちの感覚がこの国の民の普通の感覚なんだと思う。なんでかはまだ分からないんだけど。むしろおかしいのは、あいつらね。どうして革命にためらいを感じないのかしら」


思い当たる節があるとすれば、それこそ地上の理が姿を変えて行っているかも知れないという事だった。康政の誕生がその兆しである。この世界には、絶対の法、天地安定のための決まりというものがある。それは善悪ではなくもっと、広く深い、遥か高いところで決まっている絶対のものだ。何人もこれを揺るがすことは出来ない。

 白の直感では、この国の帝という存在の神聖さは、それに似たようなところがあった。だからこそ、この国は開闢以来の王朝が続いているのではないだろうか。そしてその意識の、いやいわばその強制力の外にいる者たちが今、この国で多く生まれつつあるのでは。

それはつまり、今天地の法が大きく変化しつつあり、人々がその影響を受けつつあるということだった。

 人々の心、もの考え方、時の流れと伴に変化する価値観は、その『法』と密接な関係があるのだ。ただ、長い眠りから覚めたばかり白には、かつて熟知していた全ての詳細が思い出せずにいた。 


「御方、天地の法が変わるというのは、具体的にはどういう事なのでしょうか?」


康政は白の深刻な表情を見て、遠慮がちに尋ねた。この事は、彼の誕生とも関係している。


「おっほん・・・新たな世界が呼び出される、古い世界が去っていくということだ。これは時勢という言葉よりもさらに大きな、時の区切りの変化が起こるということなのだ」


「新たな世界と古い世界ですか」


「そうだ。こういう時、世の中は大きく変わる。人が死ぬ。いいか、我が同胞よ。覚えておくがいい。そもそもこの世界は、一つのみで成っているのではない。常に無数の世界が、重なって成り立っているのだ。そうだな、これは薄い紙がいくつも重なっているところを想像するがいい。世界はその薄い紙が重なった紙束なのだ。


 この世は人の界、神の界、仏の界、魔の界、幽の界、仙の界・・・数えきれない程の世界が重なっており、互いに影響をしあっている。その均衡がこの世界を形取っているのだ。そして新たな世界が呼び出されれば、どうなるか」


「世界が変わる・・・」


「そう、地上の理が変わる。多くの場合、大きな戦がいくつも起こり、多くの生命が消えていく。そしてその幾多の苦しみの果てに、新しい世界が産声を上げるのだ。世界はまさに、生まれつつあるのかもしれない。私たちは今、『時代』という時の変わり目に立っているのだ」


康政は言いようのない戦慄を覚えた。

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